9-36 名を封じられし霊峰樹海
―1―
――[アイスコフィン]――
氷の棺がリザードマンの死骸を小さく小さく閉じ込め消滅させる。後は一応、っと。
――[クリーン]――
クリーンの魔法が周囲を綺麗にしていく。さあ、この開けた場所で野営だな。
焚き火を作ろうと周囲の木の枝にサイドアーム・ナラカを伸ばしてみる。む、むむむ、折れない。堅いというか、何だ、これ?
木の枝を折ったりは出来ないのか。何だろう、生物ではなく迷宮の壁って扱いなのかな。うーむ、ますます人工物的だなぁ。
仕方ない。
――[サモントレント・ダブル]――
地面に絡みつくように螺旋を描いた、二つの小さな木が生まれる。
「主殿、薪か」
ミカンが腰に差していた小太刀を抜き、生まれた木を斬り裂く。木はぽんぽんと綺麗な薪木へと姿を変えていく。おー、魔法みたいだな。まぁ、魔法で作った木だから、普通と違うんだろう。乾かしたり、色々、手を加えなくてもすぐに燃えるしな。
シロネと14型は協力して料理の下ごしらえをしている。うーむ、14型の存在が不安だ。何でポンちゃんの弁当じゃないんだよ……。ま、まぁ、さっき手に入った新鮮な食材から使おうって気持ちは分かるけどさ、分かるけどさッ!
と、そこで俺のステータスプレート(螺旋)に通信が入った。おや、こんな時間に誰だろう?
えーっと、どうしようかな。今の俺の状態だと通話が出来ないからな。14型に頼んで代わりに喋って貰うか? いやいや、あいつに頼むと勝手な事を喋りそうだしなぁ。
仕方ない。
『すまない、ミカン、少し離れる。すぐに戻る』
「主殿、余り遠くへ行かれぬように」
あ、ああ。ちょっとこっそりするだけだからな。
森の白い霧に飲まれるか飲まれないかのギリギリへと踏み込む。
――《分身》――
《分身》スキルを使い分身体を呼び出す。まぁ、これで戦力が増えたと思うべきか。獲物はどうしよう。そうだなぁ、この子には、余っているし、ゴールデンアクスを持たせて戦わせるかな。俺には黄金妃があるから、金属性の魔法が使えるけどさ、分身体はそうじゃないもんな。これで金属性が無い場所でも、俺も分身体も魔法が使えるな。と、そうじゃない、そうじゃない。
「ランだ」
まずはフミコン通信機だよな。
「ああ、ラン様。ユエです。迷宮攻略中に申し訳ありません。今、お時間は大丈夫ですか?」
何だユエか。ユエが連絡してくるなんて珍しいな。
「どうしたんだ? 国の方で何か問題が?」
「いえ、急ぎの用件ですが、問題が起きたわけでありません」
急ぎの用件?
「分かった。聞こう」
「ありがとうございます。西の港の件です」
西の港? 何か問題があったかなぁ。
「西の港が漁港として発展した為、町の名前をつける必要が出てきました。ラン様にお名前をと思い、連絡しました。もし、ラン様にご希望がなく、ご許可があれば、こちらで名付けますが……」
へぇ。西の港って、確か、ファットの船を迎え入れる為に作った場所だよな。今、そんなことになっているのか。にしても、名前、名前かぁ。名前つけるの苦手なんだよなぁ。俺のセンス偏っているもん。
「ちなみに俺が付けなかった時の名前は?」
一応、聞いておくか。
「事務的に、西の港になると思います」
うーむ、それは寂しいなぁ。
「分かった。ツィーディア、にしよう」
「ツィーディアですか?」
ツィーディア港か、ツィーディアの港町だな。この世界って、名付けというか、名前をつけることを重要視している節があるよな。商会の時もそうだったしさ。
「にしても、いつの間にか、そんなに発展していたんだな」
「ご存じかと思っていました。当初は我が国の貿易の窓口として機能していた港だったんですが、寒い地域、冷たい海なのに、思っていたよりも魚介類の収穫が多く、今では、ホーシアからの輸入の必要が無いくらいです」
へぇ、そうなんだ。まぁ、本当に俺は知らなかったけどな!
ん?
「寒いと魚介類の収穫が減るのか?」
「違うのですか? 寒い場所は余り生き物が生きていくのに向いていないと思うのですが……」
いや、まぁ、確かにそうだけどさ。ん? これは雪国である、俺の国が生活に向いていないと暗に否定されている!?
「ま、まぁ、それで頼む」
「分かりました。ラン様、お忙しい中、ありがとうございました」
はいはい。これも王の務めだぜ。
さ、戻るか。
―2―
皆のところに戻ると晩ご飯が完成していた。
「主殿、もしゃ、先に、もぐもぐ、いただいて」
いや、ミカンちゃん、喋るか食べるかどちらかにしなさい。まぁ、ミカンは食べることと戦うことだけが生きがいだからな、仕方ない、仕方ない。
「むふー、の、ノアルジーさんが増えた!?」
シロネが飛び跳ねるように驚いている。あー、分身体な、うん、分身体だな。
『まぁ、気にするな』
「気にするな」
天啓と分身体で答えておく。
さあて、出来た料理は何かな。
スープと焼き物か。肉は……さっき倒したジャイアントリザードの肉みたいだな。
「マスター、どうぞ」
14型が器に入ったスープを持ってくる。こ、これ、お前が作ったんだよな。どう考えてもお前が作ったんだよな?
う、うーむ、14型の料理か……。
「どうぞ」
14型が俺の口部分に押しつけるように器を近づける。いや、お前、ぐいぐいくるな。
「ドウゾ」
だから、何で急に機械化したみたいなカタコトなんだよ。
『分かった、いただこう』
俺が天啓を飛ばした瞬間、14型が俺の口の中へスープを注ぎ込んだ。だから、お前、そんな、熱い、熱い、熱いだろうがッ!
……。
あれ? 熱い、熱いけど、味が……。
もっと、こう、沸騰したお湯の味だけがするような、そんなスープを想像していたんだが、普通に美味しいぞ。どうしたんだ、これ?
「ポンが用意していた物を使いました」
ん?
「むふー、あなたの国の料理長が作った固形のスープの素を使ったのですよ」
あ、そうなんだ。そうか、それで美味しいのか。ポンちゃんは偉大だなぁ。
もしゃもしゃ。
お、ジャイアントリザードの焼き物も美味しいな。屋台で出てくる焼きイカみたいな感じだ。香ばしいタレと風味にむっちりとした歯ごたえ、うむ、美味いぞ。
もしゃもしゃ。
このタレもポンちゃんが作ったタレだろうし、うむ、ポンちゃんは偉大だなぁ。