9-34 名を封じられし霊峰樹海
―1―
俺たちは雨に打たれながら結界にそって動く。シロネが雨に包まれながらも周囲を警戒し先頭を歩き、安全を確保してくれていた。
「むふー、この周辺は安全なようですねー」
なるほど。まぁ、この雨の中を動き回って、襲ってくるような奇特な魔獣もいないだろうからな。いないよな?
シロネは先頭を歩いて情報を伝えてくれるんだけどさ、その声は雨で聞こえないんだけどさ。
白い靄を漂わせている結界沿いに進む。
……ん?
『待て』
先頭を歩くシロネ、殿を務めていたミカンへと天啓を飛ばす。
「むふー、どうしたんです?」
いや、だから、雨で声が聞こえないってばさ。まぁ、俺は字幕で見えるけどさ。それでも雨で視界が悪くて、文字が……。
いや、な、あの白い靄の結界の向こう側に見覚えのあるモノが見えた気がしたんだよな。とりあえず試してみるか。
「むふー、ランさん、そちらは結界がありますよ」
まぁ、それは当然分かっているんだがな。
白い靄のような結界に足を踏み入れる。お? なんだかバチバチって感じで弾かれるのかと思ったら普通に入れるな。
そのまま進もうとすると周囲が真っ白な霧に覆われた。へー、こんな感じになるんだ。
『すぐに戻る、待っててくれ』
とりあえず天啓を飛ばしておく。まぁ、戻ろうと思えばすぐ戻れるだろうからな。
白いモヤモヤの中を、それでも気にせず、少し歩き続けると周囲の白い霧が一気に晴れた。そして、いつの間にか、先程までアレほど降り続けていた雨が降り止んでいる。へぇ、中はこんな感じなんだな。
で、だよ。
土がこびりついて分かりにくいが、木々の根元にあるのは、間違いなく台座だよなぁ。そうそう、さっきさ、白い靄の結界の向こうにさ、一瞬だけど見えたんだよなぁ。
台座に触れると、この場の映像が浮かび上がった。おー、いきなりだな。もしかして、ここって裏口か何かなのかなぁ
と、台座に描かれている絵は、と。うん? 2本の角が生えて刀を持った……これは鬼かな? オーガか何かだろうか。
で、ここは?
周囲が白い靄に囲まれているな。これは何だろう、自然の迷宮の小部屋の代わりって事だろうか。まぁ、適当に踏み入ってみるか。
白い靄に足を踏み入れ、そのまま歩き続けると、すぐに白い靄は晴れた。あれ? あそこに見えるのは台座だよな? って、元の場所か。
うーむ。これ、道以外に進むと元の場所に戻される的な感じかもしれないなぁ。あ、でも、俺が入ってきたトコロは白い霧の先にうっすらと向こう側が見えるから、あちらにはいけそうだな。よーく見れば、不安そうな顔のシロネと心配そうな顔のミカン、無表情な14型の姿が見えるな。うむ、とりあえず戻るか。
向こう側が見えている白い霧を抜ける。その瞬間、俺の体を打ち付ける雨と轟音に包まれた。いきなりだと驚くなぁ。中は雨が降ってないんだもんな。
「むふー、ランちゃん!」
シロネが怒ったように俺へと指を突きつける。
『すまぬ、先を急ごう』
まぁ、でも、これでさ、中でもう一つ台座が見つかれば、雨期以外でも中に入れそうだな。
―2―
豪雨の中、白い結界にそって数時間ほど歩き続け、ついに入り口を見つける。枝の伸びた木と木がまるで門のようだ。
「結界が途切れている。ここが入り口なのか」
ミカンが自然によって作られた木の門を見つめている。えーっと、入り口が炎で入れないようになっていて、雨期の間だけ炎が消えるんだよな? こんな木と木の間で炎が燃えているのか? うーむ、何か違う気がするなぁ。
まぁ、でもさ、進むしかないよな。
木と木の門を抜けると雨が止んだ。パタッと止まるからびっくりするな。ここからが八大迷宮『名を封じられし霊峰』か。
まるで壁のように生えている木と木の間を進んでいく。壁になっている木々の先は白い靄に包まれている。これ、道以外の場所に入ったら戻されるパターンだな。
にしてもさ、こうも道が決められているとさ、自然の迷宮なのに人工の迷宮って感じがするなぁ。ここも八大迷宮として作られた迷宮なんだな。
人工的な自然の迷宮を、森を進んでいると、俺たちから離れ、先行していたシロネが戻ってきた。
「むふー、分かれ道ですね。右と左、右側から魔獣の気配がします」
分かれ道かぁ。
「主殿、右を」
ミカンは右か。まぁ、脳筋で戦闘狂だからなぁ、戦える方に行きたがるよな。
「マスターの判断に任せます」
まぁ、14型さんはそうだよな。
「にゃ、にゃ!」
羽猫は雨除けのコートの中で鳴いていた。あー、そういや、もう迷宮の中で雨も降っていないんだから、このコートをかぶり続ける必要も無いか。脱いでおこう。
シロネは俺の判断に従うとでも言わんばかりにこちらを見ている。
うーむ。
まぁ、この八大迷宮『名を封じられし霊峰』の魔獣の強さがどの程度か知りたいし、右に行ってみるか。
『右に行ってみよう』
俺の天啓を受けたシロネは予想していたと言わんばかりの表情で大きなため息を吐いていた。
「先行しますね。むふー、不意打ち出来るようならやりますね」
はい、頼みます。
さあ、八大迷宮『名を封じられし霊峰』初の戦闘だな。