9-32 ゆっくりしようかな
―1―
『というわけだ』
さあ、さっさと八大迷宮『名を封じられし霊峰』の情報を寄こすんだ。
「はぁ、しゃーねーなー」
眼帯のおっさんが頭を掻く。ホント、面倒そうだなぁ。
「場所は、ここより東。やや北だな」
そう遠くないって話だったよな。
「八大迷宮『名を封じられし霊峰』は雨期にしか入れねぇ」
あ、はい。知ってます。だから、今、来たんじゃねえかよ。
「おいおい、焦るな、焦るな。説明はこれからだぜ」
はいはい、ドヤ顔してないで早く説明してくれよ。
「生息している魔獣だが、最初はジャイアントリザードなんかが多いらしいな」
最初はトカゲか。まぁ、苦戦することはないだろうな。
「ところどころにトリイってヤツがあって、そこを抜けて別の場所にいけるそうだ」
トリイ? 鳥居のことか? 別の場所? えーっと、だな。
『すまない、八大迷宮『名を封じられし霊峰』はその名の通り、山だな?』
そう、俺さ、ちょっと前から気になっていたんだけどさ。入り口に雨期にしか消えない炎があるとかさ、いやいや、他から登ればいいじゃん。何で、素直に入り口から入ろうとしているんだよって思ったんだよなぁ。
「山だが、それがどうした」
いや、だから、山なんだよな?
『入り口の炎もそうだが、無理にそこから進まなくても良いのでは?』
俺の天啓を受けた眼帯のおっさんが大きなため息を吐き首を横に振る。
「わかってねぇな。そこは迷宮なんだぞ?」
いや、だから何?
「他から入ることは出来ねぇ。道以外に進めば不思議な力で戻される」
不思議な力って何だよ! ホント、この世界、どうなっているんだよ。
「話を戻すぜ。そのトリイを抜けた先は火山の迷宮らしい。そこは恐ろしい竜の巣だとよ」
そうか。竜、竜かぁ。
「とまぁ、そんな感じだ」
それで終わりか。何というか微妙な情報だなぁ。
『分かった、かたじけない。それと、だな』
俺はカウンターの上に魔法のリュックから取り出した酒瓶を置く。
「こいつは」
『紫炎の魔女ソフィアからだ。世話になったお礼だと言っていた』
眼帯のおっさんが酒瓶を持ち上げ、確認するように、なめ回すように見つめる。
「こいつは神国の酒か。律儀な事だぜ」
眼帯のおっさんが嬉しそうにニヤニヤと笑っている。この眼帯のおっさんと紫炎の魔女の関係はわからないが、仲は悪くなかったのだろう。そういえば、あいつがこの地にいた理由、イマイチ分からないな。
「は。頑張りやがれ。それとな、あそこを中心に挑んでいる冒険者がいるから、注意しろよ」
なんだか、それ以前にも聞いた気がするなぁ。
ま、次に向かうか。
「ちょっと待て」
俺たちが冒険者ギルドの外に出ようとしたところで呼び止められる。
「お前、今回は何故か開けてろって命令だったがな、普通はな、雨期は冒険者ギルドは開いてねぇ、分かったな!」
あ、はい。そっかー、雨期は冒険者ギルドも休みになるのか。うん? なら、何で今回は開けているんだ? うーむ、謎だな。
―2―
次に向かったのは宿屋だ。
宿屋に入ると恰幅の良いおばさんが客用と思われる椅子に座り込み、大きなため息を吐いていた。
「悪いけど、今回の雨期は休みだよ」
大きなため息を吐いていたおばさんが、こちらも見ずに手を振る。へー、雨期だと宿屋も休みになるんだ。
『いや、少し違うのだがな』
俺の天啓を受け、おばさんがハッとしたように顔を上げ、こちらを見る。
「この頭に響く声、その姿、あんた!」
そうだぜ。
『久しいな、女将』
「ああ、そうだねぇ。でも、今は、この宿屋も休みだよ」
俺は女将の元へと歩いて行く。
『あなたの娘のステラからだ』
俺は女将の前に宝石を置く。
「あの子が?」
『ああ、今は帰ることが出来ないが、必ず顔を出すというコトだ』
「これは?」
『お世話になったお礼ということだが』
俺の天啓を受けた女将は大きなため息を吐いた。
「あの子は、気にしすぎだよ。私は本当の娘のように思っているんだがねぇ」
女将は置かれた宝石を眺め、そして、こちらへと向き直る。
「とにかく、ありがとうよ。今日は私のサービスだよ、泊まって行きな」
女将が笑う。
『かたじけない』
「明日からは、この宿も再開だねぇ。ま、この雨期ではお客さんも来ないだろうけどね」
女将が大きく豪快に笑いながら奥へと消える。
えーっと、アレ? 俺、置いてけぼり? 泊まっていいんだよな?
「マスター?」
あ、はい。14型さん、どうしましょ。
「ふにゃう」
頭の上の羽猫が眠そうな鳴き声を出す。はぁ、待つか。
その場でしばらく待っていると女将が戻ってきた。
「さあ、まずは体を温めなよ」
そして俺の前に何かの液体の入った器が置かれる。
『これは?』
「急いで作った物だがね、体が温まると思うよ」
懐かしのスープか!?
器の中を見る。
白いスープの中にはごろっとした芋のようなモノと大きな肉の塊が入っていた。
サイドアーム・ナラカでスプーンを取り、スープを掬う。
もしゃもしゃ。
これ、ミルクか? ミルクスープに風味のある芋、それに柔らかい肉。ネズミの肉じゃないぞ、これ。
『美味いな』
何だよ、ちゃんとした料理もあるじゃん。前に、ここの宿に泊まっていた時はゲテモノばかりだったような気が……。
「マスター、私の分もどうぞ」
14型が俺の前にスープを置く。ああ、14型は食事が必要ないもんな。
「それと、これは部屋の鍵だよ。上がって左側の部屋を使っておくれ」
やれやれ、明日はやっと迷宮への旅路か。
2021年5月16日修正
宿屋に中に入ると → 宿屋に入ると