9-31 冒険者ギルドですぜ
―1―
黒く佇む雨雲を突き抜け森の中へと降り立つ。周囲では俺の視界を奪うほどの雨が降り注ぎ踊り狂っていた。木々が屋根になっているってのに、凄い雨だな。
「主殿、凄い雨だ。早く里に入ろう」
「むふー、里に戻ってくることになるとは思わなかったのですよ」
シロネとミカンが体に刺さりそうなほど降り注ぐ大雨から避けるように木の下へ避難する。雨の音で何を喋っているのか聞こえないな。まぁ、俺の場合は字幕で見えるわけだけどさ。
「にゃ、にゃ、にゃー!」
羽猫が雨に打たれて泣き叫んでいる。俺の頭の上に居座っているお前が悪いんだぜ。
「マスター、雨に濡れて遊んでいるところ悪いのですが、用意した物を使うほうが先だと思うのです」
いやいや、遊んでないから。俺は遊んでいないから。
いやぁ、雨期って聞いていたから、フルールに頼んで作って貰っていたんだけどさ、こんな前も見えないほどの、体に突き刺さりそうなほどの豪雨だとは思わないじゃん。
魔法のリュックから、それを取り出し、頭上へと掲げる。
そう、それは傘だ。
しかし、木で作られた傘は雨の勢いに負け、すぐに折れてしまった。
そう、傘を作って貰っていたんだよな。シロネもミカンも、ナハン出身なんだから、教えてくれてもいいのにさ。俺、道化じゃん。
「むふー、急いで里の中へですよ」
シロネが駆けながら叫ぶ。だから、声が聞こえないってばさ。
『雨期がこれほどの雨とは……。いつもはどうしているのだ?』
シロネの後を追いながら天啓で確認してみる。天啓なら、この雨の中でも届くはずだからな。
「出掛けません」
ミカンが叫ぶ。
「食料などを貯めておいて、むふー、引き籠もるのですよ」
シロネも叫ぶ。
そうなのかー。確か、ナハン大森林の雨期って1から4週間ほど続くんだろ? その間引き籠もるって無茶苦茶だな。
雨期の間はお店が閉まるって聞いていたけどさ、この豪雨なら、それも納得だよ。ホント、地上なのに、水の中を泳いでいる気分だ。
―2―
スイロウの里に入る柵の前に、いつもならいるはずのハガーさんの姿が見えない。雨期は門番も休みか。
スイロウの里の中へ入ると雨が少しだけ和らいだ。うーむ、これもこの里を覆っている結界の力なのだろうか?
「むふー、では、私は一度実家に帰ります」
シロネが雨を弾き飛ばしながら里の奥へと駆けていく。
「では私はユウノウのところへ。主殿、また後で」
ミカンが雨をものともせず歩いて行く。
さて、俺はどうするかな。にしても、傘を使うなら、里に入ってからにすればよかったなぁ。外で壊していなければ……。いやいや、そんなことを考えている場合じゃないな。
まず行くべき場所は、そうだよな。
14型、羽猫と共に里の中を駆け、一つの建物の中に入る。足下には剣や盾が散らばり足の踏み場がないほどだ。こんな雨の日に置いてると錆びるぞ。
『頼もう』
「うるせぇよ! 今は、雨期だぞ。鍛冶仕事ならやってねえよ。って、うぉ!」
俺の天啓を受け、奥からぶっきらぼうな犬頭が現れる。
「その姿、ラン、ランじゃねえかよぉ」
『ホワイト殿、久しいな』
ホント、久しぶりなんだぜ。
「ラン、お前はよぉ! なんだか大きくなったように見えるぜ」
犬頭のホワイトさんが、その顔をくしゃりとゆがめる。
「で、お前に預けたよぉ、あいつは、あの馬鹿弟子は、どうなったんだよぉ」
あいつ……? ああ、フルールのことか。
『自分の国で専属の鍛冶士をしてもらっている。これがフルールの作だ』
俺は、サイドアーム・ナラカに持たせていたスターダストをホワイトさんに手渡す。
「こいつはよぉ、見たこともない金属に、技術……。あいつ、あいつはよぉ、あっさり俺を越えやがったぜ」
そうかな? 俺はホワイトさんの作った、この真紅妃、負けてないと思うぜ。真紅妃は俺の最高の相棒だからな。
「ランよぉ、さっき国って言ったか? お前……、まぁ、お前は今更か。にしてもよぉ、こんな雨期にどうしたんだ」
『八大迷宮『名を封じられし霊峰』の攻略に、な。そのついでに顔を見せに来たのだ』
「たく、お前はよぉ、いつもいつも驚かせてくれるぜ。俺が、俺がよぉ、今のお前にしてやれることは、もうないけどよぉ、攻略出来るように応援してるぜ」
おうさ。
応援ありがたいぜ。
―3―
次に俺が向かったのは冒険者ギルドだ。
冒険者ギルドの中に入ると、カウンターの奥で眼帯のおっさんが片肘をついてうとうととしていた。ホント、暇そうだなぁ。
俺たちが眼帯のおっさんの元へ歩いて行くと、その足音に反応したのか眼帯のおっさんが目を開ける。
「かぁ、誰だよ。いくら冒険者ギルドは休み無しだって言ってもよ、今は雨期だぜ、雨期。空気を読みやがれ」
たく、このおっさんは……。スカイといい、冒険者ギルドのギルドマスターは、こんな感じなのか?
『久しいな』
俺の天啓を受け、眼帯のおっさんが大きく片方の目を見開く。
「おま、おま、お前! ロンか!」
……。
『ランだ』
ロンじゃねえよ。ホント、適当なおっさんだな。
「ああ、ランか。懐かしい顔じゃねえか。こんな雨期にどうした、どうした。ランクは上がったのか?」
眼帯のおっさんが楽しそうにカウンターをバンバンと叩いている。
『八大迷宮『名を封じられし霊峰』に挑戦するのでな。その情報があれば、と』
俺の天啓を受けた眼帯のおっさんは何が楽しいのか腹を抱えて笑っていた。
「おいおい、おいおい、お前が? ジャイアントクロウラーのお前が? 知らねえのか、その情報はAランク以上にしか公開出来ないんだぜ?」
知ってるよ。
俺は無言で14型にステータスプレート(螺旋)を渡す。恭しい態度で、それを受け取った14型が、眼帯のおっさんの前まで歩き、ステータスプレート(螺旋)を突きつける。
「おい、変わった嬢ちゃん、なんの……、な、な、な、な、なんだとーーっ!」
『情報を頼む』
俺のステータスプレート(螺旋)を見た眼帯のおっさんの顔色が青くなっていく。
「ま、まさ、まそか、Aランク、Aランクだとぉぉぉぉぉ!」
おい、途中噛んでるぞ。にしても、この眼帯のおっさんもいいリアクションを返してくれるよなぁ。
『ああ、情報を頼む』
にこっり。