ランのくさやきう
―1―
「ラン、約束なのじゃ」
ああ、約束だぜ。
「わらわが勝ったら……」
『ああ、こちらが勝ったら……』
「分かっているのじゃ」
セシリア女王が腰に手を当て、胸を反らす。ああ、そうだな。真剣勝負だぜ。
皆が整列し、お互いに挨拶を交わす。
さあ、楽しいやきうの時間だ。
まずはこちらの攻撃からだな。
ふっふっふ、一番バッターは俺だぜ。
向こうの投手はセシリア女王か。女王自ら投げるとはな……。
「ラン、すまない」
捕手はジョアンか。まぁ、ジョアンは神国側の人間だもんな。仕方ない、仕方ない。
「ラン、行くのじゃー」
セシリアがへっぴり腰で球を投げる。ほう、セシリアはアンダースローか。
ひょろひょろと今にも風に飛ばされそうなボールが飛んでくる。はん、こんな球、この体型でバットが片手持ちしか出来ない俺でも余裕だぜ。
片手片足でバットを振る。黒曜木で作られたバットの芯にボールがヒットする。そのまま振り抜け、抜け、抜け、抜けない! 重い、重い。へろへろ球なのに無茶苦茶重い!
見ればセシリアはこちらを見てニヤリと笑っている。何かしやがったなッ!
それでも、それでも俺のパワーで無理矢理振り抜くぜッ!
――《パワーストライク》――
強力な力によって弾き返したボールが一塁を抜け、そのまま転がる。
「姉貴!」
一塁を守っていた赤騎士が叫ぶ。
「はいはい、お姉ちゃんにお任せだよー」
ちぃ、あっちにはゲルダがいたか。何故か重そうな鎧を着たままのゲルダが、その重さを感じさせない動きでボールをキャッチする。そして、一塁を守っている赤騎士へと送球する。まるでレーザーのような弾丸だ。
しかし、だ。俺の方が早いぜ!
赤騎士がボールをキャッチした時には、俺はすでに一塁ベースを踏んでいた。
「むぅ、なのじゃ」
セシリアは頬を膨らませている。ふん、世界の敵と化した俺を舐めるなよ。
「ちっ、俺の番か」
二番バッターは、何故か参加してきたバーン君だ。
「む。やはり敵に回るのじゃな! 最初に会った時から気にくわない冒険者だと思っていたのじゃ」
「ちっ、ここはお前の国じゃねえんだ。俺の自由にさせてもらうぜ」
と偉そうなバーン君だったが、普通に三振していた。お前、Aランク冒険者だろ……。そこを期待しての二番だったのに、ダメじゃん。
「ジジジ、次は任せて貰おう」
次はソード・アハトさんだぜ。元・帝国最強の守護者だぜ。
そして、現れたソード・アハトさんは何故か全ての手にバットを持っていた。いや、それ有りなのかよ。いやまぁ、ルールを提案したの俺だけどさ……。
それに全ての手にバットを持っても意味がないよね、無いよな!
「むぅ、なかなか強力な打線なのじゃ、しかし、なのじゃ!」
セシリアがボールを投げる。
ソード・アハトさんがバットを振るう。ナイスな軌道だ。ジャストミートだッ!
しかし、ボールは空中で軌道を変え、バットを避ける。
「ししし」
セシリアは上機嫌だ。こいつ、また何かやりやがったなッ!
「ジジジ、甘い」
しかし、ソード・アハトさんは残った手に持ったバットでボールを囲むように打ち返す。だから、それ、有りなのかよッ!
って、見ている場合か。俺も走らないとッ!
ボールは二塁と三塁の間を転がっていく。セシリアはどうして良いのかわからずキョロキョロと見回していた。
三塁を守っていた竜騎士が滑空するように飛びボールをキャッチする。そして、投げようとするが、その頃には、俺は二塁に、ソード・アハトさんは一塁へと進んでいた。
ふっふっふ、これは先制点もあり得そうだな。
そして、満を持しての4番バッター、我が国が誇る最終兵器、14型の登場だッ!
14型がバットを持ったままスカートの裾を掴み、優雅なお辞儀をする。そしてバットを構える。いや、何、その様になっている姿。まさか、14型はやきうを知っているのか!?
「強敵なのじゃ、しかし、負けるわけにはいかないのじゃ!」
セシリアが大きく足を上げ、ボールを投げる。それ正面からだとスカートの……あ、ジョアン君が照れて横を向いた。お前、それでボールが取れるのかよ。
「敗れたりなのです」
14型が、何故か様になっていたフォームを解きコマのように回転を始める。
「昔、侍が行ったという必殺の打法なのです」
いやいや、そんな打法ないからな。それに侍はやきうをしないからな。見れば、侍という単語に反応したのか、ベンチで座っていたミカンが、片眼を大きく見開き、納得したように大きくうんうんと頷いていた。いやいや、これ、ミカンも真似する流れだから、お前、なんなんだよ。
そして、何故か回転しているバットにボールがヒットする。バットとボールがぶつかり合い、周囲に衝撃波をまき散らす。いやいや、どれだけの力がかかっているんだよ!
折れるはずのない黒曜木のバットにヒビが入り、そして砕け飛ぶ。ボールはッ!?
ボールは14型の頭上高く、真上へと飛んでいた。ジョアンが背中の盾を取り外し、地面へと刺し、それを足場として高く空へと飛び上がる。いや、有りなの、それ!? というか、盾を持ち込んでいたのかッ!
ジョアンが空中でボールをキャッチする。あー、くそ、取られたか。
続いてのうちのバッターはキョウのおっちゃんだ。
「いやいや、あの嬢ちゃんでも無理な打球なんて俺には無理なんだぜ」
キョウのおっちゃん、情けないことを言うなぁ。
それでもキョウのおっちゃんがセシリアの球を打ち返す。ボールは一塁と二塁の間を抜け転が……あ、そっちはッ! そこに待ち構えていたゲルダがキャッチする。そしてレーザーのような弾丸を飛ばし、キョウのおっちゃんはアウトになった。ゲルダ、強肩過ぎる。あいつ、何で参加しているんだよッ!
「ランの攻撃、押さえたのじゃ!」
セシリアは得意気だ。ちっ、点が取れなかったか。こちらの打線って下位はダメダメだからなぁ。ホント、ここで点を取っておきたかったんだがなぁ。
―2―
そしてこちらの守備だ。
投手は14型、捕手は俺だ。本当は投手がやりたかったんだが、俺の体型だとまともにボールを投げられないからなッ!
「ふん、戦いでは遅れを取ったが、負けぬぞ」
バッターボックスに丸太を持った巨漢のおっさんが入る。あー、一番バッター、エンデミアのおっさんかよ。このおっさんもセシリアの側についているのか。いや、当然と言えば当然か。
エンデミアのおっさんが丸太を構える。そして14型が投げる。俺の《超知覚》スキルでも、やっと捉えることが出来るほどの高速の球がエンデミアのおっさんの横を抜けて行く。
激しい轟音と共に俺の手にはめられた特別製のミットの中にボールが収まる。
『ワンストライクだな』
エンデミアのおっさんは、その速度に呆然としていた。しかし、すぐに頭を振り払い、こちらを見る。
「ふ、ふん。なかなか早いようだが、しかし、こちらには奥の手がある!」
あ、そういえば、このおっさんって……。
そして、俺の目の前でエンデミアのおっさんの服が弾け飛んだ。
「はっはっはっはっ! この我が輩だけの特殊スキルの力を見よ」
全裸のおっさんが得意気に叫んでいる。
突然、全裸になったおっさんの姿を見て、ある者は叫び、ある者は悲鳴を上げ、外野は阿鼻叫喚だ。アウトー、アウトだよ! 色々とアウトだよッ!
全裸になったおっさんはセシリアの騎士団に取り押さえられ、そのまま連れて行かれる。
「お、おい、何をする。まだ勝負が」
全裸のおっさんの叫びだけが残された。
そして、セシリアが俺の方へとてこてこと歩いてきた。
「ラン、すまぬのじゃ。先程の者の代わりを入れてもよいのじゃろうか?」
ま、まぁ、あのおっさんが場所を弁えずにスキルを使うとか、想像も出来ないからな。仕方ない、仕方ない。
『構わぬよ』
さあて、まだまだ戦いは続くからな。
俺はこの戦いに負けるわけには――いかないからなッ!