9-30 やり残したことを終えて
―1―
『では、確かに治癒術士の石碑は渡したぞ』
俺は蜥蜴人の若者に治癒術士のクラスモノリスの欠片を渡す。
「ありがとうございまス。祖父も喜んでいると思いまス」
ああ、そうだな。
はぁ、これで頼まれごとも終了か。
「お礼は情報ですかナ?」
『いや、必要無い』
もう、それは貰ったからな。
「しかし、それでは……。おお、そうですナ、水を」
『いや、その気持ちだけで構わんよ』
確かに、ここだと水は貴重なのかもしれないけどさ、俺、水には困ってないんだよなぁ。
「感謝しまス、女神の騎士様」
蜥蜴人の若者が深く頭を下げる。いつの間に俺は女神の騎士になったのか? 前の芋虫騎士から進化したのかどうなのか。
にしても、迷宮都市に《転移》して、ファリンの様子を見て、そこからここまで飛んで……結構、手間だったよなぁ。それもこれも《転移チェック》が8個までなのが悪いんだ。今更さ、オアシスに、そうそう用事なんて無いから、そう、こんな時でも無いとな! オアシスのチェックなんて残しておかないからなぁ。
「女神の騎士様!」
蜥蜴人の若者が頭を上げる。何かね。
「せめて、私たちの感謝の気持ちヲ! 宴を行いますので、どうかご参加ヲ! そちらの従者の方もご一緒に、どうか、どうかですヨ」
宴、宴なぁ。ご馳走が出るのかね?
俺が14型の方を振り返ると、14型は作り物のような極上の笑顔を浮かべ優雅にお辞儀を返してきた。これは参加しましょうって意思表示か? 仕方ないなぁ。
もしゃもしゃするか!
―2―
コンパクトを開き、グレイシアの王城へと戻ってくる。戻ってくる時は一瞬だから楽なんだけどな。ホント、何処でもこんな感じで移動できたらなぁ。
今日の分の水を作ったら魔法学院に戻るか……。
14型と別れ、王城の地下へと向かう。
「ラン様、おはようございます」
「おはうー」
「おうたま、おはうー」
その途中でちびどもを連れたユエに出会う。あ、そうだ。
『ユエ、これは迷宮で見つけた物だが』
手に入れていた魔法の小リュックS(2)を渡す。
「これは?」
「なぁに?」
「なーにそれー」
俺はちびどもを見る。
『ちょうど良いと思ってな。一つしか無くてすまぬが』
あー、1個だと喧嘩になるかな。まずったかなぁ。
「ありがとうございます」
ユエが頭を下げる。
「あーがとーござます」
「あーとーございーす」
ちびどもも真似て頭を下げる。このちっこい毛玉ども、ホント、成長が早いなぁ。
後は……、あ、そうだ、そうだ。
『ユエ、ちょっとした相談だが、今、時間は?』
「大丈夫です」
ユエはユエで忙しいだろうからなぁ。
『魔法学院を見て思ったのだが、我が国にも知識を学ぶ学院を作ろうと思うのだが、どうだろう?』
学校を作ろうぜ。
「それは技術を教える徒弟制度を、ということですか?」
あー、普通だと、そういう方向になってしまうのか。
『いや、子ども達に文字や言葉、知識、常識などを教える場だ』
「そ、それは……」
問題があるかな?
「国としてみれば異質かと思います。その時間を使って技術を教え込むことに使った方がと思う者も多いでしょうし、貴重な知識を教えるとなれば、国の財産を切り崩してしまうことに……」
情報は貴重、聞きたがりは嫌われるって世界だもんなぁ。でもさ。
『知識を得た優秀な人材が生まれ、育つことになるだろう。それはこの国の新しい財産になると思うのだ』
俺の天啓を受け、ユエは足下で遊んでいるちびどもを見る。
「わかりました。ラン王のお言葉、形に出来るよう動きます」
そうそう。というわけで、頼んだのだ。学校が出来れば、その学校を目当てに優秀な人材が集まってくるかもしれないしな。識字率が上がるのはいいことだと思うんだぜ。
―3―
《転移》スキルを使い、魔法学院へと戻ってくる。さあて、試験の結果発表だな。と、その前に分身体を……。
俺はこちらに置いてきてしまうコトになった分身体に再接続する。
「ノアルジー様、素晴らしいダンスでした。本番でも、その姿を楽しみにしています!」
ん?
ここ、何処だ?
学院の中?
裏庭からだと結構、ギリギリな位置だな。いや、接続出来てよかったと思うべきか?
で、どういう状況だ?
分身体の周囲には魔法学院の生徒達が集まっていた。えーっと、ホント、どういう状況だ? わ、わからん。
とりあえず分身体を俺の元まで連れてくるか。
「では、すまないが、これで」
「はい、ノアルジー様」
「はい、また後で」
周囲の生徒達に見送られ、教室を出る。う、うーむ。オートモードで動いていたぽいが、ホント、何をやっていたのやら……。さっき、ダンスという言葉が聞こえたしさ、怖いなぁ。分身体に何をやっていたか答えろって言っても教えて貰えるわけじゃないし、うーむ。このオートモードってホント、どうなってるんだ?
分身体を裏庭へと連れてくる途中で合格者の張り出された板を見る。
……。
何だ、何だ。
「殆ど、合格している」
もちろん俺も合格だ。えーっと、この魔法学院の卒業って結構難しいって話じゃなかったか? こんなにも合格が出来るものなのか。
「もう! 何処かの誰かが迷宮の魔獣を一掃していたからですわ!」
分身体の背後から声がかけられる。そこにいたのは、今日は一段と豪華になっている髪型のエミリアだった。へ?
「学院始まって以来の事だと聞いていますわ。これだけの合格者、それも中級クラスで、ですもの」
そ、そっかー。
「ノアルジーさんも、魔法使いのクラス授与が終わった後のプロムに参加するのでしょう?」
あー、今日、なのか。魔法使いのクラス授与? 卒業式のことか? の後に、あるんだな。日を開けてとかじゃないんだ。
「プロム、か。やはり踊るのか?」
「もう! さきほど素晴ら……いえ、ダンスを披露していた人の言葉とは思えませんわ!」
は、はは。それ、分身体の勝手な行動なんすよー。いや、これ、ヤバくないか? 俺、踊るなんて出来ないぞ。踊り系のスキルが欲しい!
「私はお父様をパートナーに誘っていますわ。ノアルジーさんはどなたを?」
パートナー! そんな問題もあるのか……。そっかー、ダンスだもんな。
「他の皆はどうしているのだろうか?」
「卒業試験の時に護衛して貰った騎士候補生の方々に頼む人が多いと思いますわ」
そっかー、そっかー。俺の場合、シリアだもんなぁ。
俺はエミリアと別れ、分身体を裏庭へ急がせる。そして、すぐにフミコン通信機を起動させる。相手は……、
「セシリア女王、今、時間は大丈夫だろうか?」
「ラン、どうしたのじゃ」
大丈夫そうだな。
「何か社交場で浮かないような、そんな服を持っていないだろうか?」
そうなんだよなぁ。着る物の問題もあるんだよなぁ。正直、神国のドレスコードなんて分からないしさ。それならトップに聞いて用意してもらうのが正解じゃん。
「なるほどなのじゃ。今日の、このクリスタルパレスで行われるダンスパーティーの衣装なのじゃな。しかし、ランの姿となると……」
いやいや、さすがに俺もこの姿で参加しないからな。踊る芋虫とか考えたくねえよ。
「いや、さすがに人型で向かう」
「……分かったのじゃ。わらわに任せるのじゃ」
任せたのじゃ。セシリーなら任せて大丈夫だろう。
―4―
ただ順番に魔法使いのクラスモノリスの欠片に触るだけという卒業式を終え、プロムの会場である王城クリスタルパレスへの移動となる。
何だろう、俺のイメージだとさ、学院の全員が集まって、卒業生の言葉とか贈る言葉とか、皆で合唱とか、そんな一大イベントがあると思っていたからさ、ただ魔法使いのクラスを得て終わりみたいな、あっさりしたのだとは思わなかったよ。まぁ、だからこそのプロム、なのかもな。
皆が首都へと向かう飛竜に乗り込んでいく。
「ノアルジーさんは乗らないんですの?」
乗らないんですの。
「俺は、これで向かう」
俺は分身体を使い、俺自身を指差す。そうさー、俺は俺自身の力で向かうのさー。
「もう、そんなライドしたジャイアントクロウラーでどうやって……」
――《浮遊》――
「ひっ! 浮きましたわ!」
そう、浮くんです。
俺は浮くんです。
飛ぶんです。
「それでは会場で会おう」
――《飛翔》――
さあて、気の重いダンスパーティーだ。
俺はそのままクリスタルパレスへと向かい、セシリアから、何故か男物の衣装を受け取る。
そして!
俺自身は飛竜用の厩舎へと引っ込んだ。ここからだとパーティー会場は分身体の接続エリア外だが、逆にちょうどいいだろう。後はオートモードの分身体に任せる! もう、俺は知らない!
僕、ライド用のただの乗り物ですー。
ま、セシリアは俺用の部屋を用意すると言っていたけどさ、さすがに、この姿で参加するのはな。
これでいい。
そう、これでいいのだ。
完璧な作戦だぜ。
その後、何故か、この厩舎まで顔を見せに来た紫炎の魔女に転がりまわるほど笑われるなどの出来事は起こったが、大きな問題も無くプロムは終わった。
はぁ、これで魔法学院ともおさらばか。
なんだか、全然、学生らしいことをしなかったなぁ。
まぁ、でもさ、これで心置きなく八大迷宮『名を封じられし霊峰』に挑めるな!
2018年4月8日修正
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