9-28 初心の護符ゲットだ
―1―
『シリア、おい、シリア』
「シリア、シリアさーん」
寝転んでいるシリアの頬をぺちぺちと叩きながら天啓、分身体の言葉で呼びかけてみる。
「ん、ん」
何だろう、起きる気配がないな。
仕方ない、これは余りやりたくなかったんだが、仕方ない。フルールとかと違い、こう見えても、な、お嬢様にやるのは抵抗があるが、仕方ない。
――[サモンアクア]――
水の球を作りだしシリアの顔にぶつける。シリアは眠ったまま、バタバタと手足を動かし、そして、ゆっくりと動きを止めた。
あ……。
ヤバイ、ヤバイ。
――[キュアライト]――
癒やしの光が生まれ、シリアに降り注ぐ。癒やしの光の力によって、シリアから穏やかな呼吸音が聞こえ始め、そして、パッと目を見開いた。おー、ちゃんと効いているな。あの、シリアの偽物にはキュアライトの魔法が効果を発揮していなかったからなぁ、俺の魔法がおかしくなったのかと思ったぜ。あの偽物、回復魔法が効かない体質なんだろうか? それとも俺みたいに光属性が無効化されるとか何だろうか。うーむ。
「はっ! 敵襲ですか!」
シリアがコマのように体を回し起き上がる。そして、そのまま警戒態勢を取る。いや、そんな急に起きると立ちくらみで大変なことになると思いますよ。
『シリア、起きたか』
「ノアルジーお姉様、ここは?」
シリアは俺の姿を見て安心したのか警戒を解き、周囲を見回す。
『魔法学院の裏にある小迷宮だ。現在は、魔法学院の卒業試験の途中だな』
俺の天啓を受けたシリアは腕を組み考え込む。
『シリア、最後の記憶は?』
「記憶ですか? 騎士学校の宿舎で就寝についたところまでは……」
なるほど。そのまま攫われたのか?
「そうです! お姉様、起こすなら魔法で起こしてください」
シリアは、今更、水浸しの顔に気付き、ジト目でこちらを見る。あー、はいはい。
『すまない、未習得だ。ちなみに何という魔法だろうか?』
「申し訳ありません。お姉様なら習得済みだと――モーニングコールという風属性の魔法です」
ふむ。何というか、まんまな魔法だな。
『シリア、お前の偽物が、ここまで案内を、な。お前を攫ってなりすましていたようだ。残念ながら取り逃がしてしまったのだが』
「なるほど。なんとなく状況は把握しました。しかし、私になりすますとは……魔族でしょうか?」
『いや、その可能性は低いだろう』
もう魔族とは敵対していないからな。それに敵対している時の魔族なら、シリアを生かしておく必要がないからなぁ。何というか、今回のは、愉快犯って感じだよなぁ。
「ここは小迷宮の祠なのですね。お姉様、安全に戻る為にもパーティを組みませんか?」
『いや、必要無い』
そうなんだよなぁ。本物のシリアなら、こうやって、真っ先にパーティを組もうとしてくるはずなんだ。まぁ、組まないんだけどな。
『シリア、戻るぞ』
俺の天啓にシリアが頷き、体の埃をはたき落とす。
―2―
隠し部屋を出たところでシリアが駆け出した。
『どうした?』
「私の鎧と槍です」
あー、それ、シリアのだったんだ。
『偽物が着ていた物だ』
シリアは恐る恐るといった感じで鎧を手に取り、そして訝しみながら鎧や槍を調べる。
『どうした?』
「おかしいです。所有権が移った形跡がありません、自分のままです」
へ? あー、そういえば、なんだか、そんな仕組みがあったか。確か、冒険者ギルドで手続きしないと盗品扱いになって指名手配されるとか、何か、そんな感じのようなことがあったような……。なんだか、杜撰で適当な仕組みすぎて忘れていたよ。
『しかし、確かに、それは偽物が装備していた物だ』
シリアは訝しみながらも鎧を着込んでいく。
「自分の偽物はどれくらい似ていたのでしょうか?」
『姿形から、ある程度の知識と言動まで、ほぼ、そのままだった。ただ、オーク程度に苦戦していたのでな。シリアなら余裕だろう?』
俺の天啓を聞いたシリアは少し苦い顔をしていた。
「申し訳ありません。お姉様のお言葉は嬉しいのですが、自分でも個体によっては苦戦するかもしれません」
あ、そうなの。ま、まぁ、結果オーライということで。
そのままシリアと共に魔素の薄くなった祠を出口に向けて歩いて行く。魔獣が現れる気配はない。
そして、出口付近でエミリアと竜騎士に出会った。ありゃ、てっきり俺たちの次はジョアンとステラかと思ったんだが、何処で時間を潰しているのやら。
「ノアルジーさん、も、も、も、もしかして、もう攻略したんですの!」
とりあえず俺は、俺の背中に乗せている分身体の首を傾げさせてみた。
「それが困ったことになったんだよ」
分身体を使って魔法のリュックから英傑の護符を取り出し、エミリアと竜騎士に見せる。
「何故か初心の護符ではなく、これになってしまったのだ。これで試験の達成が認められると思うか?」
分身体の言葉を聞いた竜騎士は難しそうな顔で首を横に振った。
「認められないと思います」
だろうなぁ。
「というわけで、だ」
分身体の顔をエミリアに向ける。
「な、なんですの!」
「エミリア、すでに初心の護符を持っていたよな。これと交換してくれ」
そ、そ。
「でも、そちらの方が良い物のように見えますわ」
エミリアは少し萎縮しているかのような反応を示した。魔法が強くなるみたいだけどさ、俺にはそれよりも卒業試験の達成の方が重要なんだよ!
「俺にはエミリアが交換してくることの方が価値がある。エミリアのそれが欲しいんだよ」
「もう、仕方ないですわ」
エミリアはそっぽを向きながらも護符を交換してくれた。
「ちなみに、これはどうかな?」
俺は分身体を使い竜騎士に聞いてみる。
「見なかったことにします。問題無いでしょう」
竜騎士は大きな笑顔で応えてくれた。はぁ、よかったよかった。
「エミリアも試験頑張れよ」
「もう! 当然ですわ!」
はいはい。色々、謎と問題も残ったけどさ、これで魔法学院の卒業試験は無事終了か。
前回の試験から考えると、結構、長くかかってしまったなぁ。