2-69 白藍 蜜柑
―1―
「ラン殿、パーティを組んでおかないか?」
途中、ミカンさんからの申し出。イイネ。
【ミカンさんよりパーティ申請が来ています。パーティに参加しますか? Y/N】
もちろんイエスで。
【ミカンさんのパーティに加入しました】
うーん、右上のシステムメッセージが固いなぁ。前回と何が違うんだろうか。
ミカンさんからオーラのような蒸気が立ち上がっているのが見える。
「では、何かあれば、また」
そう言ってミカンさんは隊商の先頭に戻っていく。
日が落ちた後も歩き続け、当初から数えると南に10時間ほど駆けた、森の中の開けた位置で隊商が止まった。そこが予定の位置だったのだろう。今日は猫馬車の力か何も起きなかったな。
隊商が運んでいるのは殆どが食料らしく、その一部が俺にも振る舞われる。って、これ食料を用意する必要が無かったんじゃ……。
俺とミカンさんは交代で夜番をすることになった。ちなみに6時間交代である。10時間歩いて、2時間休憩で、睡眠は6時間交代……割とキツい仕事だなぁ。
ミカンさんと相談して、今夜は俺が最初に起きる番と決まった。俺は一人たき火を見ながら干し肉を囓って時間を潰す。
線が見えて、更に危険感知のスキルを持っている俺は周囲を見回すだけで危険かどうかを判断出来るからな――かなり余裕である。たまに魔獣と書かれた線が見えるが、すぐに消えてしまう。
うん、余裕じゃね?
6時間経ったのでミカンさんを起こしに行く。ミカンさんはナギナタのような槍に寄りかかるように座り込んで寝ていた。
『時間だ』
俺が念話で話しかけると、ミカンさんはびくっと体を震わせ、跳ね起きた。
「あ、ああ。す、すまない。念話スキルか。馴れないと驚くものですね」
驚かしてすまないな。
「交代だな。うん、わかった」
俺はミカンさんと交代し眠りにつくことにする。さすがに本日の魔法の訓練は無しである。
―2―
二日目。
今日も途中までは順調なように見えたが、すぐにホブゴブリンの線が俺の視界に入った。俺は慌てて先頭に居るミカンさんへ念話を飛ばす。
『前方にホブゴブリンだ』
俺の念話を受けたからか、ミカンさんの歩きが止まり、ナギナタ? を構えるのが見えた。それに併せて隊商も動きが止まる。
次々と増えていく森ゴブリンやホブゴブリンの線達。……数が多いな。ホブゴブリンは5かな、森ゴブリンの数は20位に見える。数が多いからか、それが理由で猫馬車を恐れずに向かってきたのか?
俺はコンポジットボウに鉄の矢を番える。
――《チャージアロー》――
鉄の矢に光が集まっていく。そしてっと。
――《集中》――
集中力が高まる。俺の遠視スキルが(線だけでは無く)実際のホブゴブリン達の姿を捉える。
俺はホブゴブリンの脳天目掛けて光り輝く矢を放つ。あっさりと脳天に突き刺さる輝く矢。脳天に輝く矢が刺さったホブゴブリンはその一撃で絶命したようだ。しかし、まだまだ数は居る。
俺は次の矢を番え次々と矢を放っていく。それに併せてミカンさんもホブゴブリン達へと駆けていく……早いッ! 一瞬消えたのかと錯覚するような早さだ。
――《一閃》――
ミカンさんのスキル。手に持ったナギナタ? が横一線に振るわれると空間が裂けたように横一文字の剣閃がきらめき、多くの森ゴブリンとホブゴブリンが切断されていた。……何、そのスキル。範囲攻撃なの!?
俺も負けじと矢を放つ。隊商には近寄らせないぜ!
ミカンさんがナギナタもどきを背中に戻し、腰に差した刀に手を乗せる。
――《月光》――
スキルの発動。しかし、何も動いたようには見えなかった。スキルの発動を終えたからか背中に戻したナギナタもどきに持ち直し、目の前に居た森ゴブリン数体を無視して奥へと駆けていく。
数体の森ゴブリンが時間差で血しぶきを上げて崩れ落ちた。み、見えなかったぞ!?
と、まだホブゴブリンが居るんだった。森ゴブリン程度なら蹴散らせるけどホブゴブリンは意外と強敵だからな。……最初の時のイメージが強すぎるだけかも知れないけどさ。
――《チャージアロー》――
矢が光り輝いていく。いっけぇぇー。
光り輝く矢がホブゴブリンの脳天に突き刺さる。よし、こいつも倒したっと。次は? しかし、その頃には戦いはすでに終わっていた。残りの森ゴブリンはミカンさんが全て斬り殺していた。恐ろしい殲滅力だ。なんというか素早さを活かした攻撃の回転力が凄いな。こりゃあ、侍に憧れちゃうはー。
良し、もう辺りに線は見えないな。すでにミカンさんは魔石の回収を始めている。とと、俺も急いで回収しないとな。隊商の足を長く止めさせるワケにいかないからな。
『ふむ、そのナギナタと刀、なかなかの業物だな』
「む。よく間違われるのだが、これは槍でも薙刀でも無く、『長巻』という種類の刀だ」
あ、そうなんだ。
「後、この腰の刀は月光牙と言う。私が先程使った月光という固有スキル技を持った刀だ」
固有スキル! そういうモノもあるのか! 俺の風槍レッドアイもそういう固有スキルとかを持たないのかなぁ。この武器、成長して居るみたいだし、将来に期待かな。と、俺は使える矢も回収しないとな。
―3―
三日目。
三日も歩き続けると非常に疲れるのです。俺も猫馬車に乗せて貰えないかなぁ。
その日もしばらくは何事も無く森の中を駆けるだけだった。が、急に木々の数が減ってきたのだ。俺は隊商の方に聞いてみる。
『木が少なくなってきたようだが、森を抜けるのだろうか?』
俺の言葉にはっと気付いたのか、隊商の方々が慌て出す。うん、もしかしてヤバイことが起きているのか?
「い、いえ……普段はこの辺りも多くの木々が茂っているのですが……もうすぐ地下洞窟です。これは、そこまで急いだ方が良いかも知れません」
『地下洞窟?』
俺の質問に隊商の一人が答えてくれる。
「ええ、フウキョウの里には地下洞窟を通って渡ります。フウキョウの里があるのは離れ小島……いえ、あの大きさだと離れ大島ですからね」
へぇー、陸続きじゃないのか。
木々が少なくまばらになっている森を進むと地下へと続くような下り坂が見えてきた。ここから地下洞窟へと入れるようだ。入り口は大きく、中も広いようで猫馬車も余裕で進むことが出来る。洞窟内には水晶のような魔法の外灯が取り付けられており明るかった。しかしまぁ、この広さなら向こうから猫馬車が来てもすれ違うことも出来そうだな。
洞窟を抜けると視界に複数の線が写った。その線の先はトレントとなっていた。数は10……20、くそッ! 多い。
「ラン殿……これは」
トレントか、俺は戦ったことが無いからなぁ。確かEランクの魔獣だよな。強さで言えばラージマイコニドや蜂、ジャイアントリザードと同じか。1対1なら、今の俺なら充分勝てるだろうよ、しかし、この数だとッ!
『隊商を下がらせよう』
俺とミカンさんは頷き合い、隊商の一団には洞窟の中へ戻って貰う。
はぁ……。やるしかない、か。
覚悟を決め、俺たちは地上に出る。
「ひっ」
そこでミカンさんが悲鳴を上げた。へ? ミカンさんは中央の魔獣を見ておびえているようだ。なんだ、アレ? 木が燃えている?
「ファイアトレント……」
魔獣の線がファイアトレントに変わる。
「す、すまない。わ、私は火が苦手なのだ……」
いやいやいや、俺はミカンさんの戦力をかなり当てにしていたんですけど! ファイアトレントを見たミカンさんは怯えて使い物になりそうになかった。
ま、マジか。この数を俺が一人でやるのか……?
とりあえず鑑定っと。
【名前:煉獄の使者】
【種族:インフェルノツリー(ファイアトレント亜種)】
しかも名前付きかよッ!
くそっ! やれるか!?
完全にミカンさんが役立たずモードだ。はぁ……。
『ミカン! ファイアトレントは俺が受け持つ。ファイアトレントを見ないようになんとか普通のトレントを引きつけて貰えないか? ファイアトレントを倒したらすぐに合流する』
「そ、それなら……」
俺の言葉に弱々しくだが頷いてくれる。くそ、こんなことなら水の矢でも買っておくべきだったか?
「ラ、ラン殿、トレントは魔法を使った遠距離攻撃をしてくる。懐に入った方が危険は少ない……」
マジかよ。遠くから矢でチマチマと攻撃しようと思っていたのに! 確かにあの数が一斉に攻撃魔法を撃ってきたら……うん、死ぬな。仕方ない、ここは風槍レッドアイの出番って訳か。
俺は風槍レッドアイと鉄の槍を構えファイアトレントへ突進する。俺の姿に気付いたのか、トレント達が一斉にこちらへ向く。
トレント達が一斉に木の杭のような物を浮かべる。ファイアトレントは4つの火の塊を浮かべていた。それらが一斉に俺目掛けて飛んでくる。……くそ、俺の敏捷補正を舐めるなよッ!
次々と視界に灯る赤い点……俺はそれを回避し駆けていく。俺に遅れてミカンも洞窟から出てくる。まだ少し怯えているようだがファイアトレントを見ないように中央を外れて駆けだしているのが見えた。
4つの火の塊もくぐり抜け、巨大な歩く燃えた木に到達する。喰らえッ!
――《Wスパイラルチャージ》――
二つの槍が唸りを上げ螺旋を描きファイアトレントへと突き進む。
鉄の槍がファイアトレントの体に触れた瞬間燃えて溶け出す。うぉ、ヤベッ! 俺はすぐさま鉄の槍を捨てる。風槍レッドアイは問題無し……良し、そのまま貫け!
ガリガリと木を削る音が響く。次の瞬間、視界が真っ赤に染まる。俺はとっさに槍を引き戻し後方へと跳ぶ。その瞬間、ファイアトレントが纏っていた炎が爆発するように広がった。あ、あぶね。
爆発した炎が収まると、今度は俺に近づき燃える木の枝を腕のように叩き付けてきた。
――《払い突き》――
風槍レッドアイが木の枝を打ち払い、そのまま一回転、槍を突き刺す。ファイアトレントに槍が刺さった瞬間、先程と同じように視界が真っ赤に染まる。俺はすぐに後方へ跳ぶ。その瞬間、またもファイアトレントが纏っていた炎が爆発する。
……もしかして反撃持ちか!?
遠距離は危険、しかし近距離も反撃持ちで危険――これって卑怯じゃね。
どうする? どうする?
……あ。
またもファイアトレントが燃える木の枝を叩き付けてくる。俺はそれを楽々と横に回避する。
――[ウォーターカッター]――
高出力で放出された水のレーザーが燃える木の枝を切断していた。宙を舞う燃えた枝。よし、効果有りッ! 木の属性よりも火の属性メインの魔獣なのか?
周りのトレントからの攻撃は無い。ミカンが、あの状態とはいえ上手く引きつけてくれているようだ。よし、今の間に決める!
大きな図体だったのが不運だったな。回避出来まい!
――[ウォーターカッター]――
高出力で放出された水のレーザーがファイアトレントを切り裂く。逃げようにも避けようにも大きな体が邪魔して上手くいかないようだ。
もう一丁ッ!
――[ウォーターカッター]――
水のレーザーが更にファイアトレントを切り刻む。まだ殺しきれないか、しかしMPがキツいな……。切り刻んだ事でファイアトレントの内部にあった魔石が露出した。良し、これならッ! これが最後だ!!
――《スパイラルチャージ》――
風槍レッドアイが高速回転をする。赤槍が螺旋を描き魔石を貫き打ち砕く。その瞬間、ファイアトレントが纏っていた炎が消え去り、真っ黒な塊となって崩れ落ちた。まぁ、魔石は惜しいけど、今はそんなことを言っている場合じゃないしな。
はやくミカンのフォローに回らないと……。さすがに20のトレントを一人で相手するのは無理がありすぎる。
まだ戦いは終わっていない。
4月22日修正
南に10時間ほど駆けていると、やがて日が落ちてきた。そこで予定の位置に到着したのか森の中の開けた場所で隊商が止まる。 → 日が落ちた後も歩き続け、当初から数えると南に10時間ほど駆けた、森の中の開けた位置で隊商が止まった。そこが予定の位置だったのだろう。