9-19 フミコンの贈り物を
―1―
「ラン王」
俺の元に少年の姿のフミコンがやってくる。
「かたじけない」
そのフミコンが頭を下げる。
『約束なのでな』
「ラン王、女神の作った、この世界の新しい人々は、わしら魔族と敵対する為の因子が埋め込まれておるはずじゃ。ラン王、それはそなたも変わらぬはず。それでもわしらの為に、わしらを救う為に動いてくれている、何故じゃ」
何故って言われてもなぁ。
『自分にはフミコンたち魔族が悪いモノには思えぬからだ』
確かにさ、魔族の本体を見ているとさ、何か、こう体の奥から、深い部分から嫌な感情が流れ込みそうになるな。でもさ、それは押さえ込むことが出来るし、それが間違っている――いや、それが間違った選択肢へ進むと俺の中の何かがささやくんだよなぁ。
「ラン王、失礼ながら、ラン王は、我ら異形の姿へと変じた者達から見ても、さらに醜悪な姿、しかも、あの女神の手先である星獣……しかし、じゃ! そのお心は深く、何よりも広い、このフミコン、感服致しましたぞ」
フミコンが片膝をつく。褒められているのかけなされているのか分からんなぁ。
『しかし、だ。人々の魔族への忌避感は困ったものだな。そのうち、騒動の元になるのではないだろうか?』
そうなんだよなぁ。俺ならさ、その程度、平気だけどさ、中にはただ、嫌だってだけで騒動を起こす輩がいるかもしれないからなぁ。
「ラン王、それなんじゃがのう。ラン王、今のわしのこの姿、幻影体では嫌な気分にならぬじゃろう?」
確かに、そうだな。そうか、4魔将などの魔族が持っていた人形を使えば、そうだよ、それだよ。でもさ。
『それは量産可能なのか?』
そうそう、それが重要だよな。だってさ、幻影体が量産可能なら、もっと色々な魔族がこちらに来て暮らしていてもおかしくないはずだからな。
「あの者らは永久凍土に閉じ込められておったからのう。材料が足りなかったのじゃ。しかしじゃ、しかしじゃよ。こちらなら、壁の向こうのこちらなら、大丈夫じゃよ」
そうなの? でも、それなら、こちらに来ていた魔族がガンガン作っても良さそうなモノだけどなぁ。
「ラン王にだけは秘密をお教えしようかのう。幻影体の作成には、わしら魔族の本体が必要なのじゃよ。つまり幻影体が作れるのはわしだけだったのじゃよ」
ふむ。
「当時、わしが作った幻影体は12体。それ以外は……ないはずじゃ」
本当に? こっそり作られているとかありそうな気もするけどなぁ。
フミコンが幻影体を作ったから、こちら側に来ることが出来た、人の世界に紛れ込むことが出来た、それが戦いの切っ掛けになったとも言えるよなぁ。いや、その当時のことは分からないから、なんとも言えないけどさ。フミコンだけがこちらに残されている理由も謎だしな。
『フミコン、作るのだな?』
俺の天啓を受け、フミコンが頷く。
「そうじゃ。この新しい世界で同胞が生きる為、救う為、わしは作り続けるぞい。どれだけの時間が、日数が、年数がかかろうとも皆を救うのじゃ」
そうだな。
『期待している』
俺の天啓を受けたフミコンが立ち上がる。
「ラン王から受けた恩義は計り知れぬ。わしは、それに対して、恩返しをしたいのじゃが」
恩返し? いやいや、気持ちだけで充分だってば。
「わしがラン王に返せるものと言えば、知識くらいじゃのう。というわけで、じゃ。こちらにも都合があるゆえ、全てを贈れぬのじゃが、今から伝える中から一つを選択して欲しいのじゃ。まぁ、女神の星獣をしているラン王ならば、すでにご存じのことかもしれぬ、女神に聞けば良いだけのことかもしれぬ。女神の敵対者から惑わすだけの戯れ言かもしれぬ。だが、有用な情報かもしれぬ」
何か一つを選べってこと? なんだろう。
「ラン王が戦った、魔族の4人、その者らに教えたこと、そう、その入り口なのじゃ。奥伝を伝える者はすでにおらぬゆえ、わしの知っていることのみじゃがのう」
4人? 4魔将か。水のブルーアイオーン、火のレッドカノン、風のホワイトディザスター、土のブラックプリズム……か。
「まずは、この新しい世界の創世の礎となった4色の竜、赤竜アニヒレイター、青竜ルゥラ、白竜ダイナスティア、黒竜君ズェラス、その竜の言葉を借りた魔法、竜言語魔法じゃ」
レッドカノンの魔法か。
「次は、この世界の根源を成す魔素、全ての魔法の元となった始まりの魔法、始原魔法じゃ」
ブラックプリズムの魔法。
「そして、かつて、この世界よりも、そう、この世界が作られる前に存在した世界で使われていた魔法を、この世界の法則で再現した魔法、古代語魔法じゃ」
ブルーアイオーンの魔法。
「最後に、深き者と交信し、その力を譲り受ける魔法、深淵魔法じゃ」
えーっと、これは、誰の魔法だ? まさかホワイトディザスターか?
「ラン王、魔族に伝わる――残された、この4つの魔法、そのうちの一つをラン王に贈りたいのじゃ」
竜言語魔法、始原魔法、古代語魔法、深淵魔法……その4つの入り口か。
むむむ、どれも魅力的だな。フミコンもさ、どれか一つなんて、ケチ臭いことを言わずに全部教えてくれたらいいのにな。って、まぁ、それが出来ない、何かの理由があるから、どれか一つなんだろうけどな。
……。
そうだなぁ。
『フミコン、良いか?』
俺の天啓にフミコンが頷く。
「ラン王、竜言語魔法、始原魔法、古代語魔法、深淵魔法、どれを選ばれるのじゃ?」
はぁ、こういう選択肢の時の言葉って決まっているよな。
『フミコン、自分はどれも選ばぬよ。フミコンの気持ちだけで充分だ。自分はフミコンがこれからも自分の力となってくれれば、それで良い』
魔族の秘伝なんだろ? ま、気持ちだけで充分さ。
「ら、ラン王、それは……!?」
『ただまぁ、欲を言えば、だが、もし出来るならで充分だが、その魔法を見せてくれればいい。それだけで自分は満足だ』
そうそう、見せてくれたらいいよ、うむ。
「ラン王、このフミコン、その命、ラン王の為に」
少年の姿のフミコンが膝をつく。なんというか、大げさだなぁ。
ま、フミコン、魔族も人もさ、仲良くやろうよ。
2021年5月16日修正
黒竜君 → 黒竜君