9-9 ユエの頼み事と色々
―1―
で、ファット船長、用件は何かね。
ファット船長が猫頭を掻きながらしゃべり出す。
「うちのあいつがよー、王様、お前に頼みたいことがあるようだ。ただ、お前に気を遣ってか、なかなか言い出せない用件らしいからよ、まぁ、そういうことだ」
ユエが? 俺に? 頼みにくい頼み事? うーむ、どんな用事だろう。まぁ、でもさ、ユエにはスゴイお世話になってるからな、簡単なことならホイホイ叶えちゃうぜ。
『ファット船長、了解だ』
ファット船長は俺の天啓受けると「用件はそれだけだ」と言い残し、去って行った。うーむ、ファット船長、アレだな、ホント、嫁さんが大事なんだなぁ。
「ら、ランの旦那ぁ、俺の用件が」
スカイ君は困ったようにオロオロとうろうろしている。いやいや、あのね。
『いや、スカイ、これ以上確認することもないだろう。後2本、この承認を受けてこよう』
そうそう、もうスカイ君に聞くことも確認することもないんだぜー。
「あ、そういえば、そうなような……了解っす」
犬頭のスカイ君は間抜けな顔のまま頷いていた。あ、うむ。
それじゃあ、まずはユエのところに顔を出してみるか。多分、玉座――というか、謁見の間の方だろうな。
俺は冒険者ギルドを後にし、城内、奥へ、謁見の間へと向かう。その途中でちびたちにまとわりつかれているゼンラ少年を見つけた。
「あ、おうたまー」
「おうだー」
まずはちびたちが、俺の姿に気付いたようだ。ホント、成長が早いなぁ。
「あ、ああ。ラン王」
ゼンラ少年が小さく頭を下げ会釈をする。いやいや、あなたお偉いさんじゃん、そういうことをされると俺が困るってばさ。
「にいたま、ずがたかい」
「ずがたかーい」
俺は俺で恐縮しているというのに、ちびたちが、そんなことを言い出す。いやいや、君らね。
「そうだな」
しかし、ゼンラ少年はそれに笑顔で応えていた。
そして、俺の方へと向き直り、膝を折り、頭を下げる。
「ラン王、ご機嫌麗しく存じます」
それは絵画を切り抜いたかのような流麗な姿だった。何だろう、ホント、絵になるというか、持っているオーラが違うというか、生まれも育ちも高貴だと、動作の1個1個の洗練さが違うなぁ。俺より、余程、王らしいよ!
「にいたま、のぼる」
「ぼくもー」
そんなゼンラ少年の背を競うようにちびたちが上り始める。この子ら、絶対に大物になるよ……。
と、そうだ。
『すまない、ユエを探しているのだが、この奥だろうか?』
「かあたま、おく」
「いそがしー」
ああ、奥で間違いないか。じゃ、向かいますか。
……。
あ、ちょうどゼンラ少年がいることだし、一つ試してみるか。
『すまない、ゼンラ卿、これを』
俺が赤い短剣を取り出すと、ゼンラ少年は、それを懐かしい物でも見るように眺めていた。
「なるほど。Aランクの承認です、ね。以前、有望と噂されていたクランのクランマスターを承認したことがあります」
へー、そうなんだ。って、それ、もしかして斧が大好きなクランじゃないですかねー。なんだか、そんな気がするよ。
ゼンラ少年が赤い短剣を握り念じると、それは黒い色に変わった。変わっちゃうかぁ。
『ゼンラ卿、あなたは今でも帝たる資質を持たれた方のようだ』
俺の天啓にゼンラ少年は首を振っていた。
「いえ、この身はすでに――ラン王の、その言葉が聞けただけで充分です」
ゼンラ少年、権力とか興味がなさそうだもんなぁ。帝国のトップにいるよりも、ここでちびたちと遊んでいる方がよほど楽しそうだ。
にしても、これで後1本か。まさか、自分の国だけで3つも承認が得られるとか……。うーむ、予想外です。
―2―
謁見の間に入ると、ユエが忙しそうに書簡をひろげ、何やら色々と指示を飛ばしていた。おー、大変そうだ。
こうしてみると、俺よりユエの方が王様みたいだなぁ。
「ああ、ラン王、どうされました?」
ユエがこちらに気付き、眼鏡を持ち上げながら喋る。
『ユエ、随分と忙しそうだが、何か手伝う必要は?』
俺の天啓を受けたユエは首を横に振る。
「いえ、今は、まだ。私一人では決裁が出来ない内容もありますので、その時はラン王にお願いします。もちろん、そうです、必要があれば手伝って貰います」
何だろう、ユエが薄暗い感じで微笑んでいる。あれれー、腹黒い感じだぞー。ユエってさ、出会った頃は大人しい引っ込み思案って感じの猫人族の少女だった気がするんだけどなぁ。すんごい、逞しくなってるよなぁ。
『ユエ、自分が出来ることなら助けるが……』
「いえ……あっ! そういうことですか、あいつは、もう」
ユエは照れたように口の中でぶつぶつと呟いている。
「ラン王、ラン王個人へのお願いになるのですが」
うむうむ。言いたまえ。
「何か、魔石をお持ちではないでしょうか?」
『魔石?』
「はい。この城の周辺に新しく建物を作り、領土をひろげているのですが、そこを守る結界を作る為に魔石を必要としているのです」
魔石で結界が作れるのか? あー、魔族の受け入れ先か。アレは城の外になるみたいだからなぁ。
「冒険者に依頼を出そうかと考えていたのですが、優れた冒険者でもあるラン王なら、もしや、と」
なるほど。そういうことか。
そっかー。
俺、優れた冒険者だもんな。
『ユエ、この魔石で良いだろうか?』
俺はコーデックスリングから、先日、クリスタルドラゴンから獲得したばかりの巨大な魔石を取り出す。いやー、俺、優れた冒険者だからなぁ、タイミングよく、こんな物を持っているんだけどなぁ。
「こ、これは……」
『クリスタルドラゴンの魔石だ』
「ラン王、よ、よろしいのですか?」
ん?
「これは、小国なら買うことが出来ると言われるくらいの秘宝です。それを……」
そ、そんなにスゴイ物なの?
……。
ま、まぁ、でもさ、俺の国のことだからな。
『構わぬ。自分たちの国のことだ、上手く使ってくれ』
「ありがとうございます。これでかなり捗るはずです」
よきかな、よきかな。
ホント、タイミングが良かったな。