8-84 二重螺旋実験施設
―1―
ホント、クロアさん、謎だな。
魔族が魔石を改造した人みたいな再生をしていたし、切れた腕から血も流れていなかったけどさ、俺が八大迷宮『名も無き王の墳墓』で出会った時は、穴の下で大怪我していたよな? その時は血も流れていたし、再生もしていなかった。
ホント、どういうことだ?
俺が出会った、その時から、何かがあったのか?
いや、待てよ、あの時はシトリが一緒に居たんだよな? もしかして、一人じゃなかったから? あー、そう考えた方が辻褄が合う気がしてきたぞ。
クロアさんは、自身の再生能力や、あの植物のつぼみのような剣を隠している。でも、何故だ?
一人で八大迷宮を巡るくらいだから、優れた実力者だってのは分かる。でもさ、何でだ? その能力を隠す理由も、八大迷宮を巡っている理由も、一人でいる理由も、全て分からない。
まぁ、本当のことを本人が教えてくれない限りは分かることでもないし、俺は、この迷宮『二重螺旋』の攻略に専念するか。他のことに気を取られてポカミスをしても洒落にならないしな。
とりあえず待機している14型を迎えに行くか。
螺旋を描く通路に戻ると、その途中で14型がぼーっと立っていた。ホント、こいつは、機械のくせに気が緩んでいるなぁ。
『14型』
「あ、ああ。マスター」
14型は、天啓を受けて、初めて俺の存在に気付いたようだった。
「にゃ、にゃにゃ!」
「お前に心配されるようなことは何もないのです」
14型とエミリオが会話をしている。そうだよ、14型は羽猫の言っていることがわかるみたいなんだよなぁ。でも、俺には分からないんだぜー。何で、羽猫の言葉には異能言語理解スキルが働かないのだろうか。これも謎だよなぁ。
『14型、行くぞ』
俺の天啓を受け、14型は優雅なお辞儀を返す。さっきは、心ここにあらずって、感じだったけどさ、今は、大丈夫そうだな。
―2―
何だ、コレは?
14型に大きな扉を開けて貰った先は、何かの実験施設のようだった。
何かの液体が詰まった大きな透明のカプセルが並び、そのカプセルの下側には謎の管が無数取り付けられていた。並んでいるカプセル、今、見える範囲では、中に何も無いな。
何だろう、何かをこのカプセルの中で培養していた? 何だか、一気にファンタジーの世界から抜け出した感じだな。そういえば、この八大迷宮って、その多くが、こういう実験施設というか、近代的な作りをしている箇所があるような……。うーむ、古代文明とか、そういう感じなんだろうか。
にしても、今回は状態がいいな。今までだと、どれもこれも壊れかけていたり、風化していたりするのにさ。この施設、まだ生きているんじゃないか?
透明なカプセルの並ぶ通路を歩いて行く。その中の一つに、脳? のような物が浮かんでいた。うわ、グロいなぁ。
先に進むと、最初の時のような、空っぽの透明なカプセルは無くなった。様々なモノが、その中に入れられ浮かんでいる。
頭が大きくぼこぼこに膨らみ、そこから触手の生えた犬のような生き物、角の生えた大きなネズミ、昆虫の甲殻を持った猿……色々な動物が、昆虫が、植物が、その中に納まっている。
何だ? 本当に何かの実験を行っていたのか? わからん、本当に分からないぞ。
そんな透明なカプセルが並ぶ通路の脇に、何やら机が置かれていた。そして、机の上にホログラムのような映像が浮かび上がっている。転送の台座の上に浮かび上がるのと同じ感じだな。
映像には透明なカプセルの一つと、そこから拡大するようにネズミの映像が添えられていた。さらに、そのネズミから線が伸び、拡大した二重の螺旋が描かれている。二重螺旋から横棒が伸び、その横棒の欠けた部分に何かをはめ込む図だ。え? 何だ、コレ?
その時だった。
俺の背後で大きな音が響いたかと思うと透明なカプセルの一つが割れていた。
そして、その透明なカプセルの中身が――ホーンドラットが中身の液体とともにこぼれ落ちる。
ホーンドラットは動かない。死んでいるのか?
しかし、少し待つと、死んだかのようにぐったりとしていたホーンドラットが二三度まばたきし、動き出した。いや、生きていたのか? 蘇生した?
動き出したホーンドラットは、その本能と呼べる行動で、角を前に、こちらへと飛びかかってくる。な、なんだと!
いつの間にか俺の前にいた14型が、ホーンドラットの角を掴み、そのまま地面に叩き潰した。そう、叩き付け、そのままぐちゃりと潰した。
いや、まぁ、ホーンドラットだからな。所詮、ホーンドラットだからな! 今更こんなクソ雑魚に、どうにかなるような俺じゃないぜ!
まぁ、透明なカプセルが割れてびっくりしたけどさ、何で割れたのかも分からないけどさ、モノともしないぜ!
と言うわけで、さっきの映像だ。
アレは何だろうな。
何というか、俺の知っている知識だと、アレはDNAじゃないか? 遺伝子だよな? それを何かと交換している? 遺伝子組み換えだろうか? そんな感じの図に見えたけどさ、うーむ。まぁ、でもさ、俺も専門知識があるわけでもなし、何か違うのかもしれないけどさ。
まぁ、もう一度見てみよう。
……。
は、へ、ほ?
投影されていた映像が消えている。ま、ま、まさか、さっきのホーンドラットの襲撃の間に消えた? そんな、そんな狙ったかのようなタイミングってあり得るのか? おかしいだろ。
『14型、先程の映像、お前は見ていないか?』
しかし、14型は首を傾げるばかりだ。14型は、見ていなかったのか?
『14型、この机の上に映像が映し出されていたのだ。何か、もう一度、写し出す方法を知らないだろうか?』
いつも、何か機械を操ったり、不思議操作をやっている14型だ。もしかしたら、分かるんじゃないか?
「マスター、マスターの言われていることの意味がわからないのです」
14型の困惑したかのような雰囲気を漂わせた言葉――普段の皮肉交じりよりもこたえるなぁ。俺がまるで幻覚でも見ていたかのようじゃないか。
ま、まぁ、アレだ。
多分、ここは魔獣を作るとか、改造するような研究施設だった。多分、そうだろう。うん、なんとなくそれっぽいもんな。まぁ、でもさ、そうだとしたら、今更、俺には関係ないな。
関係無い、関係無い。
とりあえず迷宮を進むか。
そうそう、知ったところで、俺に何かが出来るわけでも、俺の行動が変わるわけでもない。
さすがに、そろそろ最深部だろう。