8-83 二重螺旋実験室前
―1―
扉を抜けた先は待合室のような、そんな作りの小部屋だった。次の部屋に行く為の準備をする部屋なのかな?
にしても、だ。割と力業で攻略してしまったなぁ。いやいや、でもさ、初見で罠の本質を見抜いて攻略するなんて、無理に決まってるだろ。初見突破なんてさ、余程、運が良くないと、もしくは事前に知っているか、じゃないと無理無理、無理だって。うん、そうじゃないと、そんなこと、出来るわけがない。
いや、待てよ。
だから、か。
だから、クロアは一度、戻ってきていたのか。情報を調べたり、聞き込みをしたり、その為に戻っていたのか? 考えられるな。
命に関わることだもんな、慎重になりすぎて困ることはないはずだ。俺のようにさ、一気に攻略しようと考える方がおかしいのか。
うーむ。俺もさ、自分で言うのもなんだけど、この世界でかなり強くなったよな。それこそ、元の世界から考えたら化け物みたいな存在になってるよなぁ。それが油断に繋がっていたんだろうか。一気に攻略出来るって考えに繋がっていたんだろうか。
うん、慎重に行動しよう。
と、思うんだが、もう帰ることも出来なくなったしなぁ。
まぁ、進むか。
小部屋の扉を開け、次の部屋へと進む。次の部屋も同じくらいの広さがあり、その部屋の中央には見覚えのある台座があった。転送の台座か!
台座に近寄り、いつもの絵を観察する。台座に描かれているのは何個も連なった四角い塊だった。何だ、コレ? 今までの経験から、この絵が、この迷宮のボスだよな? また、よく分からない存在が出てきたなぁ。
ま、まぁ、とりあえず登録しておくか。
転送の台座に手をかざすと二つの場面が浮かび上がった。あれ? 一つはここだよな? もう1個は何処だ? 見たことのない場所だな。まぁ、行ってみれば分かるか。
表示された場所へ転送を試みる。台座を中心として光の円が広がり、周囲の風景が変わった。先程と同じくらいの広さしかない台座があるだけの小さな部屋だが、その周囲の壁から木の根が生えていた。うーむ、世界樹を思わせるな。長い年月で迷宮の壁が破壊されたのだろうか。
出口は一つ、か。
出口として作られた階段を上がると、外に出た。場所は分からないが、この島の何処かの密林の中のようだ。鬱陶しいほどの木々に囲まれている。なるほど、これで外に出ることだけは出来るようになったな。
うーむ、一度戻るか? いや、戻っても何かが変わるわけでもないだろう。それに《転移》が使えない状態で、ここが何処かも分からない密林を進めば、迷子になりかねないからな。
よし、戻ろう。
―2―
先程の部屋に戻り、先へと進むことにする。
扉を抜けると、そこは長い通路になっていた。通路の先は右へと折れ曲がっており、その先は見通せない。この通路にも両端に騎士鎧が置かれている。うーむ、謎だ。
まぁ、進むか。
この通路では、先程のような等間隔と違い騎士鎧がまばらに並んでいる。ところどころ、順番が欠けていた。こうも不規則に並んでいると不安になるな。
通路を曲がり、更に進むと大きな扉が見えてきた。おー、いかにもボス戦って感じだな。
14型に大きな扉を開けて貰い、中へと入る。中は大きな広間となっており、その中央に、すでに開けられた状態の宝箱があった。金色に輝く宝箱の中身は空っぽだ。
へ?
これで終わり?
いやいや、そんな訳がない。だってさ、今までの例なら、何かのアイテムとスキルを習得出来るモノリスがあったじゃん。ここだけ違うなんてことが、あるはずがないッ!
となると、何処かに隠し通路があるのか?
俺は周囲を見回す。
……。
何も無いな。俺が見ている範囲には、隠し通路と思わしきモノは無い。だってさ、線が見えないんだもん。線が伸びているのは、この宝箱くらいだし……。
うん? 見えている範囲……?
『14型、この宝箱を動かしてくれ』
14型さんに頼み、宝箱を動かして貰う。バキバキと酷い音が響き、14型によって、地面に張り付いていたと思われる宝箱が持ち上げられる。
そして、その宝箱があった場所には下へと降りる梯子があった。おー、正解。
って、もしかして、これ、14型に力尽くで持ち上げて貰ったけどさ、何か謎を解いて開く感じだったんだろうか。ははは、まさかな。
「マスターの器用な手先では、この先を降りるのは困難だと予想するのです」
『不要だ』
14型の手が俺へと伸びようとしていた。14型はすぐに俺を持ち上げようとする。ホント、油断も隙も無いな。
――《魔法糸》――
《魔法糸》を飛ばし、梯子にくっつけながら、下へと降りていく。
階段を降りた先は、薄暗く、足下だけが橙色の光で照らされていた。何だろう、停電した時の非常灯みたいな感じだな。
道は弧を描くようなゆるやかな下り坂。さて、この先に何があるのやら。
―3―
螺旋のようにクルクルと回り続ける、ゆるやかな下り坂を進み続けると、前方から大きな物音が聞こえてきた。何だ? 何かが戦っている?
『14型、ここで待て』
俺は14型に限定して天啓を飛ばす。
――《隠形》――
《隠形》スキルを使い、暗闇を進んでいく。しばらく進み続けると、大きな門がある少し広めの部屋が見えてきた。暗闇のなか、ランタンの灯りと思われる光が空中を舞っている。誰かが戦っている? もしかして、クロアさんか? これは手助けすべきか? いや、でも、余計なお節介は迷惑になりそうだしなぁ。
暗闇のなか、クロアさんが二つの短剣を持ち、大きな騎士鎧と戦っている。騎士鎧のサイズはクロアさんの3倍くらいはある。騎士鎧は手に持った大きな両手剣を振り回すが、クロアさんは騎士の篭手や体を蹴り、器用に飛び回り回避する。戦闘力、高いなぁ。
しかし、クロアさんの攻撃は余り効いていないのか、二つの短剣は鎧に跳ね返されていた。
「んんー、堅いですねー」
クロアさんが、それでも二つの短剣を振るい、騎士鎧の篭手に斬り付ける。しかし、篭手に弾かれる。さらに騎士鎧の篭手部分が液体金属のように形を変え、刃へと変わる。油断していたわけではないだろうが、クロアさんは、それに対応出来なかった。彼女の右腕が宙を舞う。
こ、これは、さすがに参戦すべきだ。回復魔法をッ!
クロアさんが、綺麗に切断され、先がなくなった右腕を押さえる。そこからは、何故か血が流れていなかった。
「んんー、これは本気を出すべきかもしれませんねー」
クロアさんの右腕から、筋繊維のような触手が伸び、飛ばされた腕と繋がる。へ? 何だ? まるで魔族の時のような……、ど、ど、どういうことだ?
腕がシュルシュルと元の形へと繋がっていく。さらにクロアさんは何処から取り出したのか、植物のつぼみが開いたかのような形状の剣を手にしている。いつの間に?
クロアさんがつぼみの剣を振るう度に騎士鎧が切断されていく。スパスパとまるで何も抵抗がないかのように騎士鎧はバラバラになっていく。な、なんだ、その剣。見た目は、剣というか、植物にしか見えないのに、何で、そんな綺麗に斬れるんだ?
大きなサイズの騎士鎧はバラバラになり、すぐに動かなくなった。
俺は頃合いを見計らい、クロアさんの元へと駆け寄る。その手には、もう先程の剣はない。
『クロア殿、これは、クロア殿が?』
俺が天啓を飛ばすとクロアさんは首を傾げていた。
「んんー、私が来た時に、すでに……おや、星獣様ですか?」
『ランだ』
「んんー、私の知っている星獣様と同じ名前、同じ姿ですねー」
『同じだ』
もうね、この人、何で、俺を別扱いしようとするんだ。こんなのが、沢山居てたまるか。
「んんー! もう、こんなところまで、星獣様は凄いですねー」
『いや、ここまで来ているクロア殿の方が』
クロアさんは、ちゃんと謎を解いてここまで来たんだろうからなぁ。
「いえ、もう限界ですねー。んんー、私は一度、戻ることにしますね」
そう言ってクロアさんは螺旋の道へと戻っていった。
……。
謎が増えた。クロアさん、何者なんだ? あの剣は? シロネの祖母で間違いないんだよな?
うーむ。