8-72 快適な空の旅です
―1―
羽猫が飛び、瞬く間に陸地が消え、周囲の風景が代わり映えのしない海だけとなる。これ、油断したら、迷子になりそうだな。海の上で迷子とか、絶望しかないな。
神獣と化した羽猫に恐れをなしているのか、空を飛ぶ魔獣などの姿は見えない。空の旅は平和で快適なものだ。しかし、代わり映えのしない風景と平和な状況は退屈を生み出す。
うーむ、飽きた。
よし、少し早いけどご飯にしよう。
『14型、弁当を』
「了解です」
14型が魔法のリュックからポンちゃん特製のお弁当を取り出し、羽猫の背中の上にひろげる。
「にゃ、にゃにゃ!」
羽猫が首だけ、こちらへと振り返り、非難の声を上げる。何だ、お前もご飯にしたいのか?
「マスター、こやつは背中を汚すなと言っているようなのです。私のマスターが、私が食事の手伝いをするというのに、そこらの地べたを這いずり回っている芋虫の魔獣のようにゴミをまき散らして食事をするわけがないのです」
あのー、14型さん、ちょっと、その言い方は酷いと思うのです。
「マスター、お水を」
ああ、まずはアクアポンドの魔法で、水を……って、羽猫の背中の上だから、水が作れないじゃん! サモンアクアを使うか? いや、でも、あんな水っていうカテゴリーなだけの代物を使いたくは無いぞ。どうする、どうする?
「マスターの記憶力が虫けら同然なのは知っていましたが、わざと分からないふりをするのは高度過ぎて常識を疑ってしまうのです」
14型は嬉しそうにそう言うと、俺の目の前に真銀製のコップを置いた。今日の14型さんは饒舌だなぁ。ん? ああ、そういえば、真銀製のコップとかあったか。
――[アクアポンド]――
真銀製のコップの中に水を作る。
「マスター、お水です」
14型が俺に水を差し出す。ああ、今、俺が作ったからな、分かってるよ。にしても、ホント、お前、俺に水を飲ませるの大好きだよな。
「今度はこぼさないで欲しいのです」
いやいや、俺、こぼしたこととか無いからな、無いからな!
―2―
夜が明け、次の日になっても飛び続ける。このペースなら、今日か明日には到着しそうだな。
と、そこで視界が傾いた。
ん?
先程まで勢いよく飛んでいた羽猫の速度がゆっくりとなり、ぐらぐらと揺れ始める。
『エミリオ、大丈夫か?』
「にゃ、にゃうー」
俺の天啓を受けたエミリオが弱々しく鳴き、光輝き始める。
へ?
お、おい、まさか!?
そして、エミリオは、その姿を元の小さな羽猫へと戻した。
あ!?
俺と14型が空中に投げ出される。
――《浮遊》――
《浮遊》スキルを使い空中に浮かぶ。
落下途中で空中を蹴り、体勢を整えた14型が俺の元へと飛んでくる。俺はとっさに14型を受け止める。いやいや、何で、俺の方に飛んできた。俺の体型だとお前を抱えて持つの大変なんだぞ。って、重ッ! 14型さん、金属の塊だからか凄く重いです。
小さくなった羽猫がふらふらと飛び、俺の頭の上に乗っかる。
「にゃうにゃう、にゃ、にゃ!」
羽猫は俺の頭の上で力なく鳴いている。
「私が重かったから、思ったほど速度が出なかったのが原因……? 何を言うのです。私は軽量素材で作られているので軽いのです! 単純にお前の力量不足なのです」
いや、14型さん、君、充分、重たいよ……。
にしても、どうする? このまま《浮遊》スキルで浮かび続けても埒があかないぞ。それにMPが切れたら海に真っ逆さまだし、うーむ。
「マスター、あちらに岩礁が見えるのです」
ナイス、14型さん、俺にはさっぱり見えないけど、《遠視》スキルで目が良くなっているはずの俺でもさっぱり見えないけど! 信じて、そちらに向かうぜ!
――《飛翔》――
14型の指し示す方向へと《飛翔》スキルを使い飛ぶ、途中、《浮遊》スキルで休憩を入れ、そしてまた《飛翔》スキルで飛んで行く。
――[ウォーターリップル]――
途中、ウォーターリップルの魔法で海面に立ち、休憩しながら魔素を集め、また《飛翔》スキルで飛ぶ。
30分か一時間ほどか、何度も繰り返し、飛び続け、岩礁が見えてきた。遠い、遠いよ、14型さん。もうちょっと近いものかと思ったぜ。
ん? 何だか、竪琴を持った人魚みたいな姿が見え……いや、気のせいか。まだ結構な距離があるからな、見間違えたか。
更に飛び続け岩礁へと降り立つ。結構、大きな塊だな。この周辺は海も穏やかで波も少ないし、ゆっくりと休憩が出来そうだ。
「にゃう」
休憩出来る場所に着いて安心したのか、羽猫が俺の頭の上で寝息を立て始めた。そういえば寝ずに飛び続けて貰ったんだもんな。うん、これは、休憩する場所を考えなかった俺が悪いな。
『14型、ここで一度休憩を取る。出発は明日の朝だ』
「了解です。私は、ここで付近の魔獣が近寄らないように見張りをします」
14型が優雅にお辞儀をする。はいはい、任せた、任せた。14型のことだから、途中で寝ているだろうけど、任せた。
―3―
夜中に14型が暴れているであろう水が弾ける音が響いていたくらいで特に何事も無く、夜が明けた。
俺が起きると14型は立ったまま眠っていた。いや、だからさ、機械だから寝る必要無いんじゃないのか?
「にゃうぅ」
ほら、エミリオも呆れたって声を出しているじゃん。
いやあ、でもさ、潮の満ち引きとかで岩礁が海の中に、なんてならなくて良かったよ。エミリオも回復したみたいだし、ここで朝食を食べて、後は一気に八大迷宮『二重螺旋』のある島まで飛びますか!
天候が崩れることもなく、晴れ渡った空の下、神獣と化したエミリオが飛び続ける。速度は昨日よりも速いくらいだ。
そして、次の日。
俺たちの前方に島が見えてきた。
おー、ついに到着か。
神獣化したエミリオでもなんとかなったな。