8-62 つぎへの為の準備
―1―
「ラン様、フルール様がお待ちです」
何やらメモ帳を持った犬人族の少女がアイスパレスに作られた俺の部屋へとやってきた。えーっと、誰?
『誰だ?』
俺が天啓を飛ばすと犬人族の少女は少し恥ずかしそうに首を傾げていた。
「帝都でラン様に助けていただいたユエです。今は同じ名前と言うことでユエ様に気に入って貰い色々仕事を教えて貰っています」
えーっと、もしかして、あの帝都のクソ餓鬼たちか! あ、まぁ、この優秀そうな少女にクソ餓鬼はかわいそうか。あー、うん、そういえば、フルールに預けて放置していたなぁ。
「マスター、迷宮都市を管理するため、離れているファリンの穴を埋めるために、ユエが育てているようです」
14型がフォローした、だと。どうした、何か有能な感じだぞ!? 何が起こっているんだ! って、迷宮都市を管理って、管理するのかよ……。
「はい、ユエ様の下で頑張っています。どうぞ、私のことは小ユエとお呼びください」
小ユエかぁ。何というか、随分と礼儀正しいなぁ。会った時は、もう少し、もじもじとした大人しそうな少女に思えたんだけどさ、もしかして、怖い奥様のユエに鍛えられたのかな。
「あの……、それで、フルール様が呼んでいます」
「犬頭がマスターを呼びつけるとは、立場を教えるべきです」
14型さん……。目の前の少女も犬頭なんだがなぁ。
「あの、あの」
ほら、犬頭の少女が困っているじゃないか。
『小ユエ、フルールに様は要らない』
「はい!」
俺が天啓を飛ばすと、犬頭の少女は嬉しそうな顔で大きく返事をした。そして、持っているメモ帳に何かを書き足している。えーっと、何々、フルールに様は要らない、か。この子、真面目だなぁ。
「ラン様、フルールが待ってます」
何だか、ホント、懐いている子犬みたいだ。
『分かった』
じゃ、フルールの元に向かうか。
たく、俺は忙しいのにな。
魔族の受け入れに……って、それはフミコンとステラが上手く調整していたか。
アレだ、新しい国として国境や国防などの取り決めが……って、それはキョウのおっちゃんとソード・アハトさんたち蟻人族の方々が上手く調整していたか。
そうだよ、交易もあるじゃん……って、それはユエとファリンが頑張ってくれているところだよな。
えーっと、アレだ。
そうだよ、アレだよ。
……。
アレだ!
そうそう、八大迷宮の一つ『二重螺旋』の攻略準備が忙しいんだよ! 何だか、魔族の王と戦うとか脇道にそれてたけどさ、それが元々の目的じゃん!
すっかり忘れていたけどさ、俺は、その準備で忙しいのだった。
―2―
『フルール、どうした?』
面倒臭くなりそうな14型を置いて、俺がフルールの鍛冶工房に入ると、フルールは何かのインゴットにハンマーを叩き付けているところだった。どうやら鍛冶作業の途中のようだ。
「ラン様、もうすぐ終わるので待って欲しいですわぁ」
犬頭のフルールは汗をぬぐっている。これは14型を連れてこなくて正解だったな。14型がいたら、マスターを呼び寄せながらとか言いながら面倒なコトになるところだったぜ。
作業が終わったのかフルールのハンマーが止まる。そして、それを待っていたかのように控えていた少年がフルールに布? タオル? を手渡していた。
「後で打ち直しておくんですわぁ」
フルールが少年に命令している。少年は頷き、フルールが打った金属の塊を何か大きな特製の篭手で掴み奥へと運んでいく。にしても、フルールさん、随分と偉そうだな。
「ラン様、お待たせですわぁ」
ああ、ちょっと待ったぜ。で、何の用件なんだ?
フルールが奥から武器を持ってくる。薙刀と短刀? に短剣かな? 何だ、何だ?
「頼まれていた武器が完成しましたわぁ」
へ? 俺、何か武器の作成って頼んだか?
「まずは折れていた刀を打ち直した小太刀ですわぁ」
あー、そういえば、レッドカノンとの戦いで折れたミカンの刀を打ち直して何かに造り替えてって、こっそり頼んでいたな。すっかり忘れていたよ。
【月光の小太刀】
【月の属性を持った侍専用の補助武器。固有技裏奥義月光が発動出来る】
何だよ、裏奥義って……。武器を持ったら技が使えるようになるとか、ホント、何というか、ゲーム的というか。持ってみると脳内に技の使い方が刻まれるとか、そんな感じなんだろうか。怖いな。
それに月の属性かよ。月の属性って何だ? 前もあったけどさ、これ、隠し属性とか、そういう感じなのか?
「もう1個はミカンさん用の長巻ですわぁ。主武器が無くなって困っているミカンさんに相談を受けて作った一品ですわぁ」
薙刀のような武器だな。長い刃先には謎の文字が刻まれている。俺でも読めないから、もしかすると、ただの模様かもしれないな。
【ナインライブズ】
【精霊銀を使って作られた長巻。9つまで全ての魔法をストックすることが出来る】
長巻なのに和名じゃないのかよ! って、精霊銀? もしかして精霊の宴を使ったのか? あれ? 俺、精霊の宴ってフルールに渡したか? 覚えがないぞ。魔法をストック出来る、しかも全てと来たか! これ、ミカン用じゃなくて、俺用でもいいんじゃないかなぁ。
「魔法をストックすれば、サポートもばっちりな一品ですわぁ」
フルールの得意気な解説が小憎たらしい。
で、最後の短剣は何でしょう。ちょっと造りは荒っぽいけど、秘められた力を感じるな。
「フルールが今、教え込んでいる弟子に作らせた短剣ですわぁ。余った精霊の宴を使ったんですわぁ」
ちょっと待て、お前、貴重な精霊銀を弟子に使わせたのか? なんて、ヤツだ……。ま、まぁ、そりゃさ、フルールの好きにすればいいって言ったような覚えもあるけどさ、もったいなくないか?
【劣性の精霊の短剣】
【精霊銀を使って作られた荒々しい造りの短剣。3つまで全ての魔法をストックすることが出来る。短剣としての性能は落ちているがストック数は増えている】
あー、うん。武器として使わないなら、こっちの方がいいのか? もしかしてフルールより有能なんじゃないか?
まぁ、何だな。これでミカンが超パワーアップだな、うん。でもさ、これ、魔王や4魔将との戦いの前に欲しかったよ。
ホント、タイミングが悪いなぁ。