8-58 魔王との戦い・前
―1―
ミカンが腰の刀に手を乗せたまま駆け抜ける。目に見えぬほどの速度で剣閃が走り、刀が鞘に収まるカチリという音ともに漆黒の鎧が真っ二つになる。
更に追い打ちと、紫の炎に包まれた隕石が降り注ぐ。紫炎の魔女の魔法か! いきなり容赦ないなぁ。
隕石が鎧に当たる度にべこんべこんと小気味良い音が響く。おいおい、ミカンに当たるんじゃないか? いや、そうか、ミカンには炎の陣羽織があるから、当たっても大丈夫なのか。でもさ、紫炎の魔女は、それを見越して使ったわけじゃないよな? ホント、酷いなぁ。
そして、上下に分かれた鎧は動かなくなった。えーっと、中は空っぽか? まさか、これで終わり? 勝ったのか?
「対話を、対話が分からぬ愚か者どもよ。やはり、人形は人形。悪魔に作られ、意志を持たず、何も考えず、ただ悪魔の命令通りに演じるのみ」
転がっている漆黒の鎧がカタカタと動き出す。
……!
意志を持たず、何も考えず、だと?
お前はミカンが、どんな気持ちでレッドカノンと戦ったか知っているのか?
いつも俺に対して小憎たらしい態度を取っている紫炎の魔女が意志を持たない?
知識自慢で、そつなく仕事をこなしそうなのに、毎回毎回、落とし穴にはまっているようなドジっ子のシロネが、その行動が演技だとでも言うのか?
俺の、この世界での初めての友達になってくれたセシリアが、
いつだって俺に美味しい料理を作ってくれるポンちゃんが、
子どもも生まれ、俺の商会を、国を支えてくれているユエが、
海賊を辞めて俺の国で働いてくれているファットが、
お馬鹿で調子に乗りすぎて腹も立つことがあるけど最高な装備を作ってくれるフルールが、
脳天気なスカイが、
クニエさんが、
いろんなところで俺を助けてくれたキョウのおっちゃんが、
ソード・アハトさんが、
ウーラさん、イーラさん、エクシディオン少年が、
この俺の真紅妃を作ってくれたホワイトさんだってそうだ、
俺が死にかけていた時、護衛をしてくれたグルコンとクワトロだって、
その時に悲しんでくれたファリンの思いが、
俺が旅を続けて出会った色々な人々……、
そして、今、お前の前に立っているジョアンとステラ!
それが全部、まやかしだって言うのか!
何も知らず、そんな風に思い込んで!
「まずは、お前たち人形を壊し、そして、あの悪魔を駆逐する!」
鎧から爆発的な光が溢れ、その形を再生していく。ああ、これで終わりじゃないよな。
――《変身》――
これが最後の戦いだろうからな。今が《変身》スキルを使うべき時だろう。
無数の魔法糸に包まれ、姿を変え、光る羽を持った人の姿へと《変身》する。
――《換装》――
――《スイッチ》――
《換装》スキルと《スイッチ》スキルを使い装備を調える。
外周部で《隠形》スキルで隠れたままだった俺は《変身》し、《飛翔》スキルを使い、分身体の横に降り立つ。
「ジョアン、行くぞ!」
「ああ、ラン……え、あれ? 君は?」
ジョアンはいつものように返事をし、そして、その相手が《変身》した俺だと気付いて、戸惑っていた。アレ? ジョアンに俺の《変身》のコトは話して無いんだったか? いや、でも、《分身》スキルで作った分身体は普通に受け入れて話していたよな?
えーっと、アレは、これで、あー、どうしよう。てっきり知っているものだと思っていたからなぁ。なんて説明しよう。
「ジョアン、この姿の時はノアルジで頼む」
説明、面倒い。ジョアンなら、これで通じるだろう。
「分かった、ノアルジー!」
ジョアンが頷く。よし、通じたな!
「むふー、ランさん」
「虫」
なぜか、シロネとソフィアが俺を白い目で見ていた。いやいや、大丈夫だって。というかだね、今は、そういう場合じゃないよな?
―2―
――[エルアイスランス]――
俺の手から放たれた無数の氷の槍が漆黒の鎧を襲う。鎧を砕き、貫き、破壊する。
「無駄だ」
漆黒の鎧が光輝き、すぐに元の姿に再生する。どういうことだ?
――[エルアイスランス]――
もう一度、氷の槍を放つが、砕けた漆黒の鎧が光と共に再生していく。これは、アレか。再生する前に叩き潰せとか、そんな感じなのか? いやいや、ミカンちゃんみたいな脳筋じゃああるまいし、何か倒す方法があるはずだ。
「風の力よ」
漆黒の鎧から無数の白い風の刃が生まれる。
「むふー、ジョアン!」
シロネの呪文とともにジョアンの盾が橙色の光に覆われる。
「反発する力を!」
ジョアンが地面に盾を叩き付けると、あわせるように橙色の壁が広がり、放たれた白い風の刃を防ぐ。おー、属性付与か? 反対の属性を防ぐとか、そんな感じなんだろうか。魔族の風魔法は赤ではなく白なのに、ちゃんと防ぐんだな。
「光の力よ」
今度は漆黒の鎧から光の波が生まれる。
「闇の力を……!」
ステラの言葉とともにジョアンの盾が黒色に覆われる。
「反発する力を!」
再度、ジョアンが地面に盾を叩き付ける。今度は黒い壁が広がり、放たれた光の波を防ぐ。連携が手慣れているな。さすがは、一緒に旅を続けていないなって感じだ。
「御劔を我が手に」
漆黒の鎧の眼前に巨大な両手剣が現れる。そして、それを握り、こちらへと振り下ろす!
「僕が! 守る!」
ジョアンの盾が光り、振り下ろされた剣を受け止める。
「馬鹿な、防ぐことの出来ぬ剣が、馬鹿な」
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
ジョアンが巨大な剣を押し返す。
「馬鹿な、何故だ。力が、力を持って、次元が違う、階層が、何故だ、防ぐだと」
「僕の意志が、みんなを守る力が!」
ジョアンの言葉にあわせるように盾がさらに光り輝いていく。
漆黒の鎧は、その勢いに押され、よろよろと後退する。
「しかし! しかし、だ。お前たちが私を傷つけることは、出来ぬ!」
そうなんだよな。再生するような生命体をどうやって倒すんだ? 魔石を壊したら、って感じでもないしなぁ。
考えろ、考えろ。
2018年2月22日修正
《変身》のコトは話て無いん → 《変身》のコトは話して
あわせるように盾がさらに光輝いて → あわせるように盾が光り輝いて
2021年5月7日修正
海賊を止めて → 海賊を辞めて
《スイッチ》スキルと使い → 《スイッチ》スキルを使い