8-57 魔を導く者の偽王
―1―
「さて、俺の役目は終わりだな」
男は服の汚れを払い、くるりと振り返る。
「背を向けるのか!」
ジョアンが叫ぶ。男はそれに返事をするように手を挙げ振る。その指には目立つように2つの指輪がはまっていた。
「やるべきコトはやったからな、後は魔族の王様が頑張ってくれる」
そのまま振り返ろうともせず歩き出す。
「主殿……」
ミカンは再度、刀に手を乗せる。俺は、それに、分身体の首を横に振らせて答える。
【反射の指輪】
【自身が受けたダメージと同じだけのダメージを相手に反射する呪いの指輪】
【魔法反射の指輪】
【受けた魔法をそのまま相手に反射する呪いの指輪】
なかなかに凶悪な指輪だな。殺してでも奪い取りたいくらいの効果だが、それを行えば、確実に反撃を喰らうという訳か。自分の命を賭けてまで欲しいとは思わないな。分身体なら、ワンチャンスあるかも、だけどさ、そのために命を賭け金にするのはなぁ。
わざと手を振って指輪を見せたのは、こちらに鑑定持ちがいると分かっていての行動だろうな。確かに、命を賭けて時間稼ぎを行っていたという言葉に偽りはなかった訳だ。まぁ、今回の目的は、この目の前の男を倒すことではないから無視だ、無視。
上の階の振動が更に大きくなる。上で何が起きているんだ?
「おっと、急いで逃げないと巻き込まれそうだな」
男は慌てたように駆け出し、そのまま消えた。仲間を回収して、この城から脱出するのだろう。
にしても魔人族か。魔人族も女神が作った種族だったんだな。何というか、憎まれ役として、敵としての種族も作るとか、この女神ってのは心底性格が悪そうだ。でもさ、そうなってくると、女神が関わっていない種族って魔族だけか? もしかすると鑑定が失敗する理由の1つに、そういったこともあるのかもな。
―2―
さて、と上の階に上がる方法は……?
……。
わかんねぇ!
「虫! ジョアン!」
紫炎の魔女が叫ぶ。紫炎の魔女とシロネが、この闘技場の外周部で何かを見つけたようだ。にしても、ジョアンはしっかりと名前で呼ぶのに、俺は今でも虫扱いかよ。ひどくね?
「むふー。スイッチですよ。これは何かを昇降させるもののようです」
アタリだな。これで……、
俺たちがスイッチに駆け寄り、それを押そうとした瞬間だった。天井が更に振動し、ついに崩れた。そして、その天井だったものと共に上から黒く光輝く巨大な剣を持った全身鎧が落ちてくる。
手に持っているのは巨大化しているがブルーアイオーンの持っていた御劔と同じものだな。そして、その漆黒の全身鎧は、以前、ホワイトディザスターの危機に駆けつけたヤツと同じものか。
こいつが、魔族の王!
魔王が――漆黒の鎧が立ち上がり、バイザーの奥から光る赤い瞳でこちらを見る。
「ヤツは、存外上手く時間稼ぎをしてくれたようだ」
漆黒の鎧が巨大な剣を縦に構える。
「その姿、幻影体か?」
分身体の言葉に漆黒の鎧が反応する。一度構えた剣を降ろす。
「幻影体を知っているのか」
【鑑定に失敗しました】
失敗するか。念の為に鑑定してみたけどさ、魔族の王で間違いなさそうだな。
「そうか、私が本体かどうか、確実に殺すために、か」
漆黒の鎧が体を、その鎧をなでるように触る。
「間違いなく、本体だよ。安心して戦うといい」
魔族の本体はグロテスクなものになっているんじゃなかったのか? コイツだけ、人型なのか?
「何故、こんな事をする?」
分身体の問いに鎧は首を傾げていた。
「お前は対話を望むのか? ああ、そうだ。人として対話は必要だ、忘れていたよ」
何だ、コイツ? 何だか様子がおかしいな。
「私たちの目的は悪魔を倒し、人として生きることだ」
また、それか。魔族の言う悪魔が=女神ってコトは分かるけどさ。その女神って何処に居るんだよ。それに魔族ってさ、その女神に負け続けて、今は、この永久凍土に封印されているんだろ? そこから、どうやって逆転するんだ、って話だよな。
「あなたは……、その目的のために、仲間を、同胞を犠牲にするんですか!」
ステラが叫ぶ。そして、その言葉を聞いた漆黒の鎧が禍々しい気を放ち始める。
「お前は、お前は、そうか青が匿っていたのはお前か! お前が、狂って、使命を忘れ、変わって、お前の、殺しても殺したりない、お前がぁぁッ!」
何だ? こいつステラを見た瞬間、おかしくなったぞ?
「が、がぁ、ぐ、ぐぐぐ、落ち着け、はぁ、ぐ」
漆黒の鎧が自分の体を抱きかかえ、震える。
「すまない。対話だ、そう対話だったな。人として、それは必要だ。力を抑えきれなくてね、感情が溢れてしまうのだよ」
漆黒の鎧は肩で息をしている。
「仲間を、数少ない人としての同胞を犠牲にすることは、いや、使命のためならば、しかし、それは戦うことの出来る者だけが、そう対話だ」
「核を使用するつもりなのだろう? この地を核の炎で汚染して何がしたいんだ? 自爆攻撃か?」
分身体の言葉を聞いた漆黒の鎧が笑う、狂ったように笑う。
「お前たちが、お前が、核を知っているのか? いや、誰かの入れ知恵か。まさか、そう、まさかだよ! この力、取り込み、そう取り込んだ。そして戦うために」
核兵器を使うつもりじゃなかった? 取り込んで自分の力にするために発動させたってことか?
「そう、青はお前に執着していたが、お前の力は必要無い。私の力で、この力で、あの悪魔の結界を破壊、破壊し、倒す。これが、お前たちの崇拝する悪魔を殺すための力、用意していた力、これが力」
なるほど、女神を倒す算段がついていたから動いていた、と。そういうわけなんだな。
でもさ、その力、制御できていないじゃん。どう考えても、壊れてるじゃん。
「力、力、力を取り込んだから、私の体はなくなり、この鎧にエネルギーとして、塊として、エネルギー体として、存在するのだ。力が暴れ、これなら勝てる。抑えき……同胞のために、勝つ、人として生きる。あの人に、認めても……違う、勝つ。何故、人形との間に子どもなど、おかしい、勝つ」
制御できない力を意志の力で、か。
でもさ、見るからに無理そうじゃん。
「ラン、もういい。終わらせよう!」
ジョアンが盾を構え、鎧の前に立つ。
そうだな。
「対話が、対話を。いや、人形を壊す。私の希望を壊した人形を壊す。勝つ、悪魔を、私が使命を引き継ぎ、殺す!」
終わらせよう。
これ以上は対話する必要を感じない。
ただ、眠らせてやるだけだ。