8-55 最終決戦の舞台へ
―1―
ファット船長が操舵するネウシス号が氷雪地帯を抜け、さらに進む。
『すでにキョウ殿が城に到達しているのに、もどかしいものだな』
俺の天啓を受けたファット船長は大きなため息を吐いていた。
「こんな、猛吹雪の中をよー、空という慣れない場所でよー、殆ど休憩無く、それでもしっかり動かしている俺様は凄いと思うんだがよー、俺の国の王様はいたわりの気持ちが足りないよなぁ?」
船内に写し出された光景は先も見通せぬほどの吹雪だった。吹雪が太陽の光を覆い隠さんとするかのように渦巻いている。
『すまぬ』
いや、別にファット船長の腕を疑っているわけじゃないよ! ま、まぁ、それでも素直に謝っておく。
「まぁよー、俺様もランが焦る気持ちは分かるぜ」
しかし、こんなさ、常に吹雪いているような土地で、よくもまぁ、魔族は生きていけるもんだよ。寒さに強くて凄い頑丈な体なのかな?
「にゃ!」
俺がそんなことを考えているとエミリオが飛んできた。おー、お前も奥で休憩していたのか。
エミリオは、そのまま俺の頭の上に乗り、何が不満なのか、俺の頭をぺちぺちと叩いていた。王の頭を叩くとは、なんて不遜なヤツだ! 処罰してくれるぞー。
微かな陽光を頼りに吹雪の中を飛び続けるが、そんな光は、やがて、無慈悲にも陰りを見せていく。ああ、もう夜になろうとしているのか。
吹雪と暗闇の中、それでもネウシス号は、しばらく進み続け、背の高い木々に囲まれた、そんな少し開けた場所で動きを止めた。
「ラン、何か言いたいだろうが、これ以上は無理だぜ」
ファットが呟く。
「これ以上は俺様の船が持たねえよ」
ああ。ファット船長の判断を信じているから、何も言うことはないぜ。
「暖房のある、このネウシス号が壊れたら、こんな吹雪の舞う寒空に投げ出されたら、それこそ待っているのは凍死だけだぜ」
そう言ってファットが肩を竦めている。
「飯にしようぜ」
ああ、そうだな。みんなを呼んでくるか。ポンちゃんとタクワン特製の、このいくさに勝つためのお弁当だからな。
もしゃもしゃして勝って帰るんだぜー。
―2―
吹雪の中を飛び続けると、何かおかしなモノが見えてきた。
雪の中にぽっこりと穴が空いており、その上に半透明なドーム状の小さなカバーが乗っている。それが、色々な所に、ぽつぽつとまばらに作られている。何だ? シェルターか何かか?
『フミコン、アレは何だ?』
とりあえず分からなければ知っていそうな人に聞いてみよう。
「あれは、のう……。わしら魔族のかつての住み処だったものじゃよ。そして、今は――墓じゃな……」
墓? 墓って、あの墓か?
「あの1個1個にわしらの同胞が眠っておるのじゃよ」
フミコンは寂しそうに、そして自嘲気味に笑う。
「誰も好き好んで、このような過酷な環境に住もうとは思わぬよ。わしらは、この環境と戦い、そして、数を減らしていった。その名残じゃよ」
おいおい、これ、結構な数があるぞ? しかも進めば進むほど、その数は増えていく。そして、そんな墓の周りには金属の体を剥き出しにした人型の機械が、壊れかけの姿をさらしながら動いていた。
「わしらの本体は、単体では動くことが出来ぬ者も多いのじゃよ。だから、ああやって機械人形に世話をさせていたのじゃが、主がいなくなっても、機械にはそれが分からぬようじゃのう」
すでに死んでいるのに、その主のために働き続ける機械、か。何だか、俺が想像していたのと違って魔族側が悲惨すぎないか?
ネウシス号が吹雪と無数の墓の中を飛び続ける。やがて、前方に禍々しく黄色の光を放つ巨大な城が見えてきた。
『あれが、魔族の居城パンデモニウムか』
魔を導く者達の王――そう魔王の待つ城か。最終決戦だな。
と、その時だった。
吹雪の中を、それらを蒸発させながら光が走る。
「ちぃっ!」
ファットが叫び、ネウシス号を急旋回させる。船が傾き、俺たちは船の中を転がりまわる。ああ、キョウのおっちゃんが、こっちチームじゃなくて良かったぜ。船の中が大変なことになっているところだった。
パンデモニウムから、更に光の柱が立ち上る。次々と放たれる光線。
「ち! 手荒い歓迎だぜ」
ファット船長がネウシス号を操り、次々と放たれる光線を回避するが、その光によって前に進むことが出来ない。
「こいつは無理だぜ! この距離でも、下手したら撃ち落とされかねねえよ!」
おいおい、ここまでか? ここからは歩いて向かうしかないのか?
「ファット船長、待って欲しいのじゃ!」
「おいおい、フミコン老、こいつは無理だぜ」
ファット船長が悲鳴を上げる。
「いや、先行しているキョウ殿からの連絡じゃ。何とか攻撃を止めさせるとのことじゃ!」
フミコンの言葉を聞いたファット船長がニヤリと笑う。
「なるほど。それなら耐えないとダメだよなぁ」
さすがはキョウのおっちゃんたちだな! 頼りになるぜ!
飛び交う光線の中をギリギリの軌道で回避していく。曲芸のような、その軌道は奇跡としか言えないものだった。
そして光が途切れる。
「チャンスだな。ところでよー」
うん?
「敵の親玉が、偉そうなヤツがいそうなところって何処だと思う?」
そのファットの言葉に、俺は巨大な城を、その天守を見る。
「そうだよな! 高いところしかねえよなぁ!」
ファット船長の叫びが乗り移ったようにネウシス号が飛ぶ。天守を目掛けて、1つの弾丸となって飛んで行く。
『お、おい、ファット船長』
「みんな衝撃に備えろ、よっと!」
皆が壁に、床に掴まる。
ネウシス号はパンデモニウムの天守へ――ファット船長の何も考えない突撃によって、天守に風穴を開け、そのまま突き破る。
「さ、さ、さすがは、俺様の……ネウシス号だぜ、丈夫……だ……ぜ」
衝撃によってしたたかに体を打ち付けられたファット船長がそれだけ言うと満足そうな顔で気絶する。
ホント、こいつは! この豹頭の船長は! お馬鹿で最高なヤツだぜ!
「ラン!」
最初にジョアンが立ち上がる。ああ、最終決戦だな。
「主殿!」
壁を蹴ったり飛び跳ねたりして突撃の衝撃を殺していたミカンが刀を持ち上げる。
「ここまで来たのじゃ! 手ぶらでは帰れないのじゃ!」
よろよろとしながらもセシリア女王が胸を張っている。
「……」
紫炎の魔女ソフィアは無言でこちらを見ている。
「絶対に、止めます……!」
ステラは自分に言い聞かせるように、
「終わりにするのでス」
シトリは使命に満ちた瞳を輝かせ、
「むふー」
シロネはとりあえず、いつものようにむふーと言っていた。いや、そういえば、何でシロネは、この戦いについてきているんだろうな。紫炎の魔女あたりに無理矢理連れ回されている気がする。
「マスター、あそこで寝転がっている考え無しに致命の一撃を加えることを具申するのです」
いや、しなくていいからな。
「にゃ!」
エミリオも気合充分って感じだな。
「わしは、ファット船長の様子を見ながら、船の修理でもしていようかのう」
ああ、帰る船がないと大変だもんな。フミコン、頼むぜ。
……。
フミコン、でもさ、それ口実だよな? ま、あれだよな、魔族の本拠地だもんな。フミコンは色々考えるよな。
俺は皆を見る。
全員が頷く。
さあ、パンデモニウム攻略だ。
今年最後になります。一年間ありがとうございました。
来年度も『むいむいたん』をよろしくお願いします。
連載の再開は1月4日を予定しています。