8-51 酷い突破方法です
―1―
「調子に乗るなよ、雑魚どもがぁぁ!」
風の壁の向こうからの叫び声と共に周囲に力が走る。
そして、俺の体に負荷がかかる。お、重い。何だ? 何が起こっている? 足下の氷にヒビが入る。お、俺の体が沈む。今、ヤツらの攻撃が来たら……ッ!
急に重力が何倍にも増えたかと思われる世界の中、ミカンが動いた。
「なあぁぁぁ!」
ミカンが叫び声と共に手に持った刀――猫之上蜜柑式を地面へと、氷の上に叩き付ける。その瞬間、世界が、空間が氷でも割るかのようにひび割れ、砕けた。
重さが消えた?
「な、なんだと! あたいの始原魔法を打ち破ったのかい」
さっきのもブラックプリズムの魔法の力だったのか。
「しかし、クヒヒヒ、こちらに攻撃出来ない状況は変わらないよ」
物理無効に魔法反射か。
「それに、だ。お前らは魔法が使えないことに気付いたか?」
魔法が使えない?
「ふふ。この地は、魔素の濃い地域。生半可な力では世界を造り替えることは――魔法を使うことは出来ないでしょう。そう、それこそ、紫炎の魔女のような規格外でも無い限りはっ!」
そうか? その割には紫炎の魔女以外も、シロネやステラ――まぁ、この辺は紫炎の魔女と関わりが強いから分からないこともないけど――セシリアやシトリですら、魔法を使ってような気もするんだがな? 俺も《変身》して上級魔法なら発動出来るんだろうか? まぁ、これで戦いが終わるかどうか分からないような状況だしさ、今は《変身》スキルを使うつもりはないけどな。
にしても、魔素が濃いから魔法が発動出来ない、か。魔法は、魔素を使って世界の理に干渉して、世界を造り替え、発動させる現象――だから、弱い力では、その思いが塗りつぶされて魔法が発動しない、か。
そんな地域で生活しているんだもんな、それってさ、魔族が魔法を得意な理由の1つかもしれないな。もしかして、《転移》スキルとかが封じられる理由ってこういった魔素の濃さとかが利用されているのかな? 《転移》もMPを使うスキルだからなぁ。天啓は上位扱いだから使える、とか? いや、それだと、今まで普通の魔法でも使えたことの説明が出来ないか。
うーむ、考えても分からない。
まぁ、今は戦いに集中しよう。
――《分身》――
《分身》スキルを使い分身体を呼び出す。そして、分身体に槍形態のスターダストを持たせる。
「なんだと!?」
風の壁の向こうから驚きの声が聞こえる。
「どうやって仲間を呼びやがった。まさか転送、いや、しかし……」
「炎、考える必要はありません。あわせて殺すだけです」
「ああ、クヒヒヒ、あのヒトモドキも壊すだけだよ」
分身体が俺を踏み台として高く舞い上がる。からのッ!
――《飛翔撃》――
分身体が、さらに飛翔し、ヤツらの無防備な上空から突撃する。上空からの攻撃が弱点だってバレてるんだよッ!
「何のために、俺様がいると思ってやがる、喰らえ、ドラゴンハウル!」
空中に巨大な炎で作られた竜の頭が生まれ、それが分身体を飲み込む。顎が閉じられ、分身体は一瞬にして消し炭と化した。
ああ、俺の貴重な分身体がッ! またも、やってくれやがったな! あ、でもスターダストは無事みたいだな。後で《スイッチ》スキルを使って取り戻しておこう。
「あっけない壊れ方だったなぁ、おい」
レッドカノンの笑い声が聞こえる。はぁ、こいつは、ホントになぁ。
まぁ、それでも上空から攻撃するしか、ないか。
「クヒヒヒ、攻撃は終わりじゃないよ」
次々と襲いかかってくる白い獣たちをミカンが斬り払う。これに攻撃魔法も混ぜられると大変だな。
――《飛翔》――
《飛翔》スキルを使い、上空へと舞い上がる。
「おいおい、お仲間がどうなったのか、見てなかったのか?」
――《魔法糸》――
そして、高速でヤツらの上空を通り抜けながら、魔法糸を結びつけたそれを落とす。
それは一振りの剣だった。
俺を追いかけるように遅れて発動した炎の竜が剣を飲み込む。が、剣は炎の顎を突き抜け、そのまま、その凶悪な重量を加速させ進む。
「まさか、こいつわぁぁ!」
ああ、レッドカノン、お前の剣だぜ。
長く借りていたからな返すぜ。
長く、長く伸ばした《魔法糸》を操作する。風の中で重い剣が振り子のように乱舞する。糸の扱いは世界樹の中で散々練習したからな。
剣を回避するためか、中で動きがあり、それに合わせて風の壁が弱まった。
ミカンはそれを見逃さない。
鞘に入った刀を腰に構え、そのまま素早く引き抜く。ミカンの放った斬撃が風の壁を切断する。まぁ、次は使えない手だけどさ、またも破って見せたぜ。
さあ、どうする?
「ラン王、待って欲しいのじゃ!」
と、そこで声がかけられた。へ、フミコン?
―2―
「これを運んで疲れたのです」
現れた14型が、持ち運んでいたそれを――フミコンを投げ捨てる。フミコンは氷雪の上へと器用に着地し、大きく息を吐く。
「ラン王、少しだけ時間が欲しいのじゃが、ダメだろうかのう」
戦いに水を差された感じだな。まぁ、でも、同じ魔族同士、思うところがあるのかな。
『構わん』
俺が天啓を飛ばすとフミコンはゆっくりと頷いた。
「お前は、まさか!」
レッドカノンが叫ぶ。
「そうじゃよ、フミコンじゃよ」
その言葉に4人の魔族の動きが止まった。
「今更、何の用だと言うのです?」
「戦いを止めぬか?」
「お前が! お前が! お前が、今更、それを言うのかっ!」
その言葉に過剰な反応をし、レッドカノンは叫ぶ。
「お前たちもステラ姫を見たと思うがのう。姫は、姫の存在は、あれこそ、我らの希望じゃよ」
「何を言い出すかと思えば……」
「わしらは、人としての姿を失い、生物として行き詰まり、ゆっくりと滅びようとしておる。しかし、ステラ姫は道を示されたのじゃ。わしらも人に戻れる可能性があるのじゃ!」
その、フミコンの言葉に静寂が落ちる。
魔族も望んで、その姿で居るわけじゃないってことか。
そして、その静寂を破ったのはブルーアイオーンの笑い声だった。
「はははは、ひひひひ、何を言うかと思えば!」
そして、青い触手から生まれた顔がフミコンを強く睨み付ける。
「元の人の姿に戻れる? でも、それは私ではなく、次の世代でしょう? そんな、そんなことに、そんなことに意味があるものか!」
「おうおう、そうだぜ。水は、この姿を嫌っているようだけどな、俺様は、この力強い姿を気に入っているんだぜ」
そのレッドカノンの言葉に青い触手の顔は大きくため息を吐いていた。
「あなたは人としての姿が残っているから、そういうことが言えるのですよ」
「じじい、無駄だ。争いは終わらねぇ。あの悪魔を倒すまで終わらねぇ」
「クヒヒヒヒ、そうですよ。僕たちは主様のために」
フミコンには悪いが交渉、決裂だな。