8-50 四魔最後の戦いへ
―1―
場面は戻る。そう、今は回想に浸っている場合ではない。
ミカンに抱きかかえられていたジョアンが降りる。
『ジョアン、いや、皆は休んでいてくれ。後は俺とミカンに任せて欲しい』
「だ、大丈夫だ。ランの姿を見たら元気が出た」
そう言いながらもジョアンはふらついていた。丸1日、無数の魔獣と戦い続け、皆を休ませるために守り続け、その後、更に4人の魔族と戦って――それで元気なはずがない。
ジョアンたちは限界だ。
それでも、それでも、だ。
間に合った、いや、よく耐えてくれた。
俺とミカン、それに後から合流する14型でどれだけ戦えるか分からないけどさ、それでも、皆を休ませる時間くらいは作れるはずだ。
「主殿の言うとおりだ。後は任せて欲しい」
ミカンが刀――猫之上蜜柑式を正眼に構える。
蠢いていた青い触手の中に若い女の顔が生まれる。
「ふふふ、敵陣の中で相談とは余裕ですね」
赤い魔族が真っ赤に燃える巨大な蜘蛛足を叩き付け吼える。
「雑魚がっ! 幻影体を倒した程度で俺様に勝てると調子に乗っているのかっ!」
ミカンが手にした刀を――円を描くように動かす。
「お前は――そうか、お前が、あの魔族の本体か」
「はぁ? お前、俺様が誰か分かっていなかったのかよ! そうだよ、お前の、お前の仇の俺様だよ。憎め、恨め、怯えろ、震えろ、後悔しろ!」
炎の蜘蛛の上にのった上半身だけの女が嫌らしく笑う。
「そうか」
ミカンがそれだけ呟くと、その姿が消えた。
そして、燃える蜘蛛足の1つが空を舞っていた。足を失いバランスを崩した燃える蜘蛛が倒れる。ミカンの姿が、燃える蜘蛛――レッドカノンの本体の向こう側にあった。ミカンは刀を納め、振り返る。
「今のお前からは恐怖を、力を感じない」
ミカンの表情は静かなままだ。
「舐めるなよっ! ネコモドキが、人である、俺様にぃぃぃ!」
叫び声とともにレッドカノンの足が再生する。そして、6つの腕に赤い炎の槍が生まれ、ミカンへ伸びる。が、ミカンはそれを柳のように躱す。
「炎、止めなさい。あなたの無駄な行動が、そのヒトモドキどもに自信を与えてしまうのです」
「ちっ! 水が、リーダー気取りか?」
「クヒヒヒ、いいからやっちゃおうよ」
白い獣の言葉に赤い蜘蛛が舌打ちする。
「ラン、大丈夫なのか!」
『ジョアン、早く皆を連れて行け! しばらく進んだところにファット船長の船があるはずだ。少しそこで休め。後は――任せろ』
ジョアンへと飛ばした俺の天啓、しかし、それに答えたのはセシリアだった。
「わかったのじゃ。ジョアン、ランの力を信じるのじゃ」
「信じる……そうか、そうだ! わかった。ラン、任せた」
ああ、任されたぜ。
ジョアンが皆を連れて行く。さあて、頑張りますか。
「あらあら、二人だけで大丈夫なのですか?」
青い触手が蠢く。
『構わんよ』
「ふふ、そうですか。また、この芋虫が私の前に立つというのですね」
ああ、そうか。お前たちが、本体か。
赤く燃え盛る蜘蛛の体を持ったアルケニーのような女――ミカンの仇、そして、フウキョウの里で俺に辛酸なめさしてくれた魔族レッドカノン。
青く蠢く触手の塊――死にかけていた俺を助けてくれた、そして、神国を裏で操ろうとしていた魔族ブルーアイオーン。
下半身が無数の蠢く白い蜥蜴や白い鳥、白い犬の頭が生えた女――俺が初めて戦った魔族ホワイトディザスター。
針金のような体に黒く巨大な禍々しい蝙蝠の翼を持った生き物――戦うことが生きがい、そして、砂漠で戦うことになってしまった魔族ブラックプリズム。
これが、その姿が、お前たちの本体なのか。
―2―
戦いが始まった。
4人の魔族が集まる。何だ? 合体でもするのか?
そして、その周囲に白い風の壁が生まれ始める。また、それかッ! 何度目だ? 何度目だよ。お前、それしか出来ないのか?
巨大な竜巻が4人の魔族を覆っていく。
巨大な竜巻から、白く、細長く管のように伸びた体のついた犬の頭や蜥蜴の頭が放たれる。
デタラメに放たれたそれをミカンが斬り払っていく。
「クヒヒヒヒ、そいつらは悪食だからな、食いついたら永久に離さない」
風の向こうからホワイトディザスターの笑い声が響く。
「いつまで持つかな、クヒヒヒ」
しかし、ミカンの表情は変わらない。まるで澄んだ泉のようだ。
「無駄です。いつまででも、私は斬り払う」
ミカンの動きが鈍ることはなかった。優雅に、静かに、流れるように、自然に、放たれる白い化け物を切り捨てていく。さすが、ミカン。脳筋だから考えることを捨てて同じ行動を繰り返すのは得意だもんな!
と、そこへ風の中から光が飛ぶ。これはッ!
『ミカン、かわせ』
光すらも斬ろうとしていたミカンがとっさに回避する。
「ちっ、上手く躱したのかい」
ブラックプリズムの操る始原魔法だったか? でも、すでにその魔法は見ているからな。
「しかし、無駄、無駄、無駄、無駄なんだよ!」
「私の御劔と御鏡が全てを斬り、魔法を反射する」
「クヒヒヒ、僕の風が全ての攻撃を遮断する」
「あたいの始原の魔法がお前たちを貫く」
「そう、全て、無駄、無駄、無駄ぁぁぁぁ!」
なるほどな。
4人集まって補い合うのが本来の戦い方なのか。
なるほどな。
でも、な。
何だろう、ミカンじゃないけどさ、今のお前らからは脅威を感じないんだよな。
だってさ、お前らからの攻撃、どれも危険感知が発動しないんだぜ? どれも、視界が赤くなることはなかったんだぜ?
『降伏するなら、今の内だぞ?』
俺の天啓を受けた風の向こうから爆発的な殺意が生まれたのを感じる。しかし、それでも脅威を感じない。
2020年12月13日修正
ミカンちゃんの動きが鈍る → ミカンの動きが鈍る