8-45 続くまだまだ続く
―1―
フォレストウルフにトドメを刺した14型が俺の元へとやってくる。その手には微かに振動する真紅妃が握られていた。そうか、もしかすると、真紅妃が14型を俺の元へと導いてくれたのかな。
俺は14型に声をかけようとするが、その声が出ない――天啓が発動しない。
「マスター、失礼します」
14型が俺を布にくるみ、そのまま背負う。
「マスター、もうしばらく耐えてください」
そして、森の中を駆ける。俺に痛みを与えないようにするためか、静かに滑るように森の中を駆けていく。
何日かうっそうと生い茂る森の中を駆けていると小さな集落が見えてきた。
「マスター、水か、飲み物か、水でも貰ってきます」
確かに喉が渇いた。ああ、確かに喉が焼けるようだ。飲んだ水なんて、何日か前の雨水だけだもんな。ホント、俺、よく生きているよなぁ。
14型が集落の中を進んでいく。すると一人の若者が話しかけてきた。
俺を指差して何か喋っているようだが、何を言っているのか理解出来ない。
「これ、ではありません。この方は、私のマスターです」
14型が何か受け答えをしている。
14型は今にも爆発しそうな苛立ちを抑えながらも交渉を続けているようだ。そして、金貨を1枚渡し、壺に入った水を受け取っていた。この水が金貨1枚? あり得ないだろ。
14型は集落から離れ、かがみ込み背中からゆっくりと俺を降ろす。そして、先程、受け取った水を俺の口へ無理矢理注ぐ。
「マスター、お水です」
しかし、その水の一部は――吸収されなかった水が、俺の体の下の方から溢れていく。はは、貫通してら。
「マスター、お水です」
14型が再度、俺の口へ水を注ぐ。しかし、状況は変わらない。
そんな俺の姿を見た14型が何かを決意するように立ち上がる。
「マスター、急ぎます。少し揺れますが許して欲しいのです」
俺は14型を見つめることしか出来ないよ。頼んだぜ。
―2―
14型が駆ける。神国から迷宮都市へと続く『刹那の断崖』を駆け抜ける。俺をかばいながら魔獣と戦い、傷付きながらも、それでも俺を守り、駆けていく。
そして、迷宮都市に到着した。
14型が新しいノアルジ商会の支社へと向かう。
迷宮都市ノアルジ商会支社、その中にはファリンがいた。忙しそうに社員へと指示を飛ばしていたファリンが俺と14型の姿に気付く。
大柄なファリンが俺たちの元へと駆け寄り、俺の姿を見て、驚き何かを叫びながら涙を流す。これが鬼の目にも涙ってヤツかな。
しかし、ファリンが立ち直るのは早かった。すぐに涙を振り払い、毅然とした表情で周りの者たちへ指示を出す。
ファリンが何事かを14型へとささやく。それを聞いた14型が俺を背負ったまま支社の奥へ向かって歩いて行く。その奥に有る仮眠室のようなベッドの上に半分溶けた俺の体が置かれる。何だ、何が始まるんだ?
しばらくしてスキンヘッドのおっさんが拳を打ち鳴らし、モヒカン頭のおっさんが肩を怒らせながらやって来た。見知ったスキンヘッドとモヒカンのおっさん――グルコンとクアトロだ。二人は俺の姿を見て、息を飲み、そして、何か大きな声で叫ぶ。
おっさんたちの後に続くようにローブ姿の人たちが入ってくる。
そして、おっさんがもう一度、叫ぶ。それに続くようにローブ姿の人たちから様々な言葉が飛ぶ。しかし、俺には何を言っているか分からない。
……。
俺の上に光が生まれる。水が生まれる。樹が生まれる。様々な回復魔法が入り乱れるように飛び交い、放たれる。
もしかして、治癒術士たちか!?
「ラン様、ラン様の繋いだ縁が――! 皆さん、ラン様のために! 手の空いている治癒術士の方が来てくれたんです!」
ファリンの言葉――言葉!? 言葉が分かるぞ!
「ちっ! ダメだ、固定化してやがるぜ」
モヒカンが舌打ちする。
「これだけの数の治癒術士が集まったてぇのによ!」
スキンヘッドのおっさんが悔しそうに拳を地面に叩き付ける。
痛みが和らぎ、皆の言葉が分かるようになった――しかし、俺の体は再生しなかった。もしかして、日にちが経ちすぎているからか!?
部屋の中に重苦しい空気が流れる。
「こんなことってあるかよ!」
「そうだぜ。こいつは、こんななりだけどよー」
おっさん二人は悔しそうだ。
「そうです!」
ファリンが顔を上げる。
「おい、鬼の嬢ちゃん、何かあるのか?」
「はい。ラン様が作られた回復の温泉というものなら、もしかすると……」
おー、あれか!
「おい、それは何処にあるんだ?」
「あるんだよー!」
おっさん二人がファリンに詰め寄る。その勢いにファリンは一歩、後ろに下がる。
「あ、あの、ラン様が作られたグレイシアという国にあるのですが……」
ファリンの言葉におっさん二人が顔を見合わせ、そして、俺の方を見る。
「聞いたか?」
「聞いたよな?」
おっさん二人は他の治癒術士たちにも確認している。
「芋虫が国を作っただと!」
「まじかよ!」
14型は無表情だが、白けた様子を漂わせておっさん二人を見ていた。何だか、俺、こんな状況なのに、このおっさん連中を見ていると、って、待てよ!
アイスパレスに戻るなら、コンパクトを開けばいいじゃん! 一瞬で解決だよッ!
俺は14型に視線を送る。気付け、気付け!
「マスター、どうかされたのですか?」
俺の視線を感じ取ったのか14型が反応する。そうそう、コンパクトだ。コンパクトだよ!
14型が視線を彷徨わせ、奇妙な踊りでも踊っているかのように何かを探して動く。そして、大きく手を叩く。
「マスター、これですね」
14型がコンパクトを取り出す。そして、それを開いて見せた。しかし、何も反応は無かった。まさか、爆発の衝撃で壊れたのか?
はぁ、まぁ、そううまく行かないよな……。
「これは、しょうがねえよなぁ」
「そうだぜ。その回復の温泉とやらを味わいに行ってみるかー」
「だな。それがすげえなら、俺らが評判を広めておいてやる」
おっさん二人が俺の方に笑いかける。
ほんと、このおっさん連中は……。
「ラン様、旅の準備は私が行います!」
ファリンが大きな胸を叩いていた。あ、はい。お願いします。