8-44 生存と絶望と逃避
―1―
大きな翼を持った黒い針金から何か無数の粒が射出される。それを受けた紫炎の魔女が苦しみ倒れた。
そこへ――紫炎の魔女の元へ駆けつけようとしたシトリに巨大な白い犬と鳥の頭がうねりながら迫る。とっさにジョアンが光る盾を構え、その間に入る。しかし青くぬめる触手がジョアンから隠れるように這い、その足を絡め取る。ジョアンの足が青い触手に絡め取られ、そのまま宙づりになる。そして、そこへ燃える赤い蜘蛛の足が叩き付けられ――ようとして跳ね飛んだ。
空高くを飛んでいるファットのネウシス号から飛び降りたミカンが、高速で回転し、そのまま燃え盛る赤い蜘蛛足を、手に持った刀――猫之上蜜柑式で切断し、滑るように氷原へと着地する。
「またお前かあぁぁぁ! このネコモドキがぁぁ!」
燃え盛る赤い蜘蛛と人の姿が混じった魔族が叫ぶ。
――《飛翔》――
俺は空中で《飛翔》スキルを使い、倒れ苦しんでいる紫炎の魔女の側へと降り立つ。
――《魔素操作》――
そして、そのまま紫炎の魔女の体内で荒れ狂っている魔素の流れを操作し、元の状態へと戻していく。これ、例のクラスモノリスから作った弾丸か。にしても、天竜族にも効果があるんだな。天竜族は、何だか、もっと特別な種族みたいに思っていたぞ。
ミカンが返す刀で青い触手を切断し、空中に釣り上げられていたジョアンを受け止める。おー、お姫さま抱っこだな。
そして、そのジョアンはこちらへと向き直り叫んだ。
「ラン! 生きていたんだな!」
おうさ! 俺は小さなまん丸お手々を上げて、それに答える。無視された形になったミカンは少し微妙な顔をしていた。
「む、虫……」
紫炎の魔女が息を吹き返し、苦しそうだが、それでも皮肉そうな顔をこちらへと見せる。相変わらずだな!
「ランさん!」
シトリがこちらへと笑顔を見せる。そう、俺だぜ!
「ランさん……」
ステラが手に持っていた黒い杖を強く握りしめる。ステラも大変だったみたいだな!
「ラン、生きていると信じていたのじゃ」
セシリア女王が胸を張る。おいおい、そのまま倒れるんじゃないか?
「むふー、心配したんですよ!」
シロネは少し涙目だ。主人公は死なないって言ったじゃん!
『待たせたな!』
確かに死にかけたけど、俺は生きているぜ。もうね、殆ど死んでたと言ってもいいくらい、ヤバイ状況だったんだぜ。
そうだよな……、
―2―
分身体と共にありったけの力を――星渡る船ニーアの動力部にぶつける。その衝撃が、その力が砂時計のような動力部に風穴を開け、中に圧縮され溜められていた暴力的で殺人的なエネルギーを破裂させる。
一瞬にして生まれた破壊の光が周囲を飲み込み広がっていく。
ヤバイ、死ぬ。
これは真面目に死ぬ。
どうする、どうする?
コマ送りのようになった世界の中、光が広がっていく。
――《飛翔》――
俺はとっさに《飛翔》スキルを使い、分身体を連れて、防衛装置として現れた球体の影へ隠れる。
光が防衛装置を飲み込み、それを砕き、溶かし、破壊し広がっていく。ダメだ、壁にもならない!
アイスウォールの魔法を使うか? いや、そんな暇が……ああ! どうする、どうする?
しかし、その防衛装置を盾としたのが良かったのか、光はこちらを飲み込むよりも一瞬だけ早く周囲の壁を壊し、外への道が開かれようとしていた。
あそこから、外に出れば――いや、しかし、それは、この光の中を……。考えている時間は無い!
一瞬で、この破壊の光の中を突っ切って、あの開かれた外へ、飛び出すッ!
――《全射出》――
全ての装備品をパージし、限界まで速度を上げる。
――《飛翔》――
そして《飛翔》スキルを使い、一筋の光明へと飛ぶ。
――《魔素操作》――
更に魔素を操作し、俺の周囲にある破壊の光を弱めるように操作する。
更に! 俺をかばうように分身体が盾になる。分身体! いつも、身代わりのように使ってすまないッ!
光の中を飛ぶ。
ただ、ただ、生き延びるために、飛ぶ。
光によって、俺の体の一部が溶け、内臓がこぼれ落ち、それでも諦めずに飛ぶ。
――[キュアライト]――
溶けた側から癒やしの光で回復させていく。
俺は負けない、俺は死なない。
死んでたまるかッ!
こんな、こんな、こんなッ!
こんなところで終わってたまるかッ!
爆発の衝撃で空へと投げ出され、天地も分からぬまま地面に叩き付けられるが――消えかけていたが――《飛翔》スキルの力によるものか、衝撃を殺しきり、それでも何とか、生き延び、そう生き延び……た。
―3―
目が覚めると、そこは見知らぬ森の中だった。
俺は体を動かそうとして、自身の現状を知る。
体の半分以上が溶けて無くなっている。動かそうとした部位に激痛が走る。
体の心臓の辺りには剥き出しになっている青と赤に煌めく綺麗な魔石が見えていた。こんな、こんな、何も出来ない、芋虫のような状態でも生き延びたのか。
このしぶとさは、俺が魔獣の体を持っているから、なのか?
にしても、体が再生していないってことはSPとやらは、まったく無くなっている状態なんだろうな。もしかするとHPも一桁とかか?
まずは回復魔法で体を再生だな。
……。
……。
しかし、魔法が発動しない。ど、どういうことだ?
俺の体に激痛が走るばかりだ。そりゃあ、内臓剥き出しで体の半分以上が無い状態だもんな、普通の人なら死んでいるような状態だもんな。
……。
しかし、魔法は発動しない。
俺はいつものように魔素を取り込もうとして気付く。もしかして、あの魔素を取り込む器官がない!?
ま、まさか、それが原因かッ!
生き延びたのに、なんとか、生き延びたのに……。
こんな状態では体を動かすことも出来ない。生きているのが奇跡のような状態なのに……なんてことだよ。
俺は見知らぬ森の中、半死の状態のまま、何も出来ず、ただ、痛みに耐えている状態のまま過ごす。
日が落ちる。
雨が降る。雨で喉の渇きを癒やす。落ちた雨によって体に激痛が走る。
日が落ちる。
はは、こんないつ死んでもおかしく無い状態なのに、それでも生き延びるのか。
死ねないのか。
この体で、この魔獣の体で良かったと言うべきか。
そして、そのまま日にちが過ぎ、俺の前に死が迫った。
周囲から低い唸り声が聞こえる。
森を掻き分け、狼が現れた。フォレストウルフかッ! おいおい、こんな死にかけの芋虫を食べても美味くないから、お腹を壊すだけだけだから……、いい子だから、何処かに……。
生き延びたのに、こんな終わりって有りかよ……。
しかし、俺に死の瞬間は訪れなかった。
俺へと飛びかかってきたフォレストウルフが凶悪な手甲によって吹き飛ばされていた。
「マスター、待っていたのです。マスターが落とされた装備品は全て拾ってきたので、早く戻るのです」
そこにいたのは……、
そう、
14型だった。
くそう、なんて、カッコイイ登場なんだよッ!