8-41 星渡る船ニーアの戦い
―1―
「魔法隊、前へ!」
若騎士の号令に兵士が動く。動けなくなった兵士を押しのけ、杖とローブの兵士たちが前に出る。
「撃てぇぇぇっ!」
次々と色々とりどりの魔法が飛び、戦場を染め上げる。おいおい、俺の真紅妃や黄金妃、それに14型やエミリオには当てるなよ。
と、俺ものんきに眺めている場合じゃないな。
――《分身》――
《分身》スキルを使い、分身体を呼び出す。そのまま、サイドアーム・ナラカを使いステータスプレート(螺旋)に取り付けられたスイッチを押す。
「セシリア女王、聞こえるか?」
もちろん喋るのは分身体だ。
「うむ、聞こえるのじゃー」
相変わらずさ、女王になったのに微妙に威厳を感じない親しみやすい声だな。
「こちらの前線にいた魔族は倒した。後は残る魔人族、魔獣を蹴散らし、空飛ぶ城に乗り込む」
「分かったのじゃ。ジョアンたちも頑張っているはずなのじゃ! 頼んだのじゃ!」
頼まれたのじゃ。
さあ、俺もある程度は掃討を手伝うか。
分身体にスターダストを持たせる。さあて、こちらの大将を倒したからといっても、まだまだ油断できないからな!
分身体を動かし、槍形態のスターダストを振るい、魔獣を倒す。そして、俺自身は《魔素操作》スキルを使い倒れ苦しんでいる兵士の魔素の流れを治していく。助けられる分は助けないとな!
戦い、魔素を操作し、戦い、魔素を操作し、戦う。
戦う。
戦う。
そして、流れが変わる。
俺は戦況を見極め、動くことにした。
分身体を動かし、指揮を執っている若騎士の前に立つ。
「ノアルジーさまですか。いつの間に、こちらへ」
ああ、この姿だとノアルジ扱いされるのか。
「セシリア女王からの伝言だ。残る魔獣を殲滅せよ」
「了解した。して、ノアルジーさまは?」
これからどうするか、か。
「俺は、あの空飛ぶ城へと向かう。ここは任せても?」
分身体の言葉に若騎士が頷く。
「お力を貸していただき助かりました。突如、強力な魔獣が現れ味方したと思えば、ノアルジーさまの使い魔でしたか」
もしかして、俺や真紅妃、黄金妃、エミリオ、使い魔扱いされている!?
「後は我々だけでも大丈夫です」
若騎士がこちらへと小さな敬礼を返す。そう思ったから声をかけたんだぜー。
んでは、行きますか!
『エミリオ!』
俺が天啓を飛ばすと、空から神獣化したエミリオの鳴き声が聞こえた。このまま、行くぜ。
エミリオが動けなくなっていた14型を咥えた状態で飛んでくる。
「この! マスターの前で恥ずかしい姿を、やめるのです!」
14型が色々と騒いでいるが、エミリオは涼しい顔で無視している。
――《飛翔》――
俺は《飛翔》スキルを使い飛んできたエミリオの背に乗る。それに合わせて分身体も動かす。スターダストを棒高跳びの要領で地面にさし、そのまま飛び上がる。そして、分身体をエミリオの背中に着地させる。
分身体も回収っと。
後は……。
『真紅妃、黄金妃!』
俺の天啓に応えるかのように真紅妃と黄金妃が元の姿に戻り、神獣化したエミリオの背の上へと飛んでくる。
俺はサイドアーム・アマラで飛んできた真紅妃をキャッチする。ちゃんと受け取らないとエミリオの背中に刺さっちゃうからな。
さあ、次は空飛ぶ城か。
―2―
エミリオとともに飛ぶ。
『エミリオ、本気で頼む』
俺が天啓を飛ばした瞬間に周囲に冷たい風が漂い始める。と、スピードが乗り始める前に通信しておこう。
「フミコン、聞こえるか?」
「ラン王じゃな」
俺からの通信を待っていてくれていたのか、すぐに返事が返ってくる。
「空飛ぶ城の情報が欲しいのだが、教えて貰えるだろうか?」
「……」
長い沈黙が続く。あのー、余りゆっくりしている時間はないんですけどー。
「その城は……、そうじゃのう」
お爺ちゃん、結構、濁すなぁ。
「わしらの苦い遺産じゃよ。星渡る船ニーア……真のニーアじゃよ」
星渡る船?
「かつて、お主らの崇めている女神とわしら魔族が戦っていたのは知っておるの? その時、この世界から逃げようとした者達がおったのじゃよ。その時に使われたのが、その星渡る船ニーアじゃよ。他にも何隻かニーアタイプは作られたが、それは真のニーアじゃろうのう……」
逃げ出す? もしかして宇宙船なのか、アレ?
「永久凍土に眠っておったアレを持ち出すとはのう……。わしらを封じておった壁をどうしたのか、興味深いところじゃが……」
いや、お爺ちゃん、長話をしている時間は、あばばばばば。速度が出てきて、ヤバイ。吹き飛ばされないように分身体も使い、俺の体を押さえる。
気を失いそうなほどの時間、飛び続け、
そして、空を飛ぶ城――星渡る船ニーアが見えてきた。さすがは本気のエミリオ、早いな。
速度が落ち、周囲の冷気が消えていく。はぁ、しんど。神獣化した本気のエミリオに乗るのは緊急時以外はご勘弁願いたいなぁ。
「フミコン、何処に向かうべきだ?」
速度が落ちてきたので通信を続ける。
「ラン王、あの子らは艦橋じゃろうのう」
「ルートを頼む」
さあて、突入だな。ここまでは何も起きず、あっさりと到着したが、ここからはどうだろうな。
『エミリオはここで待っていてくれ』
俺の天啓に、俺の下に居る神獣化したエミリオが、首だけをこちらに向け、頷く。その口には14型が咥えられたままだ。あ、14型さんの存在を忘れていた。
「マスター、体に氷が付着し、身動きが……」
14型は寒さに弱いのか、反応が鈍くなっているようだ。まぁ、お前は負傷しているしさ、そこで休憩していなさい。
分身体を俺自身の背に乗せる。さあ、行くぜ。
――《飛翔》――
―3―
《飛翔》スキルを使い星渡る船ニーアの中を、フミコンの教えてくれた道順の通りに飛ぶ。
魔族や魔獣の襲撃は……ないな。本当に静かなものだ。何だ? この城の中で何が起きているんだ? 先行したジョアンたちが倒したのか?
そして、その俺の考えを肯定するように通路に魔獣の死骸や『空舞う聖院』などで見かけたような機械の残骸などが見えてきた。
進めば進むほど、その数は増えていく。それらを眺めながら、分身体を乗せ、《飛翔》スキルで飛んで行く。
「ええ、まずは、あなたたちを殺し、ふふふ、そして、あの城に住む悪魔の使いを殺しましょう」
すると会話が文字として表示され始めた。ああ、もうすぐって感じか。
「させないでス!」
「ああ、ああ、ふふふ、あなたたちの醜い顔を余り見せないでください。私にはそれが耐えがたい苦痛なのですよ」
俺が飛び続ける間も会話は続く。
「ステラを離せ!」
「ふふふ、姫さまはご自分の意志でこちらにいるのですよ」
ステラもここに居るのか?
「燃やす」
「ああ、紫炎の魔女、あなたもいたのでしたね。ふふふ、かつての屈辱、忘れていませんよ」
「むふー、ソフィアちゃん、ダメです」
まだ間に合うはずだ。急げ、急げ。
「ふふふ。こちらには、私が魔石を握る、操っている人質たちがいるのですよ。各国を巡り、その中枢にまで入り込み、ふふふ、糸を伸ばした、この意味、分かりますか?」
アオの笑い声が表示され続ける。
「それでも燃やす」
「さすがは紫炎の魔女。ふふふ、話が通じませんね。この糸をたぐれば、世界の国々が混乱し……」
「それでも燃やす」
「ダメです、むふー、ソフィアちゃんダメです」
「こちらにはステラ姫もいるのですよ。ふふふ、それが、その意味が、紫炎の魔女、わかっているのですか?」
「むぅ」
「ステラ!」
「……」
急げ、急げ。
「これで分かったでしょう? ふふふ、あなたたちが勝てる可能性はゼロなんですよ」
開かれた扉を抜け、艦橋へと入る。
よし! 間に合った!
『可能性がゼロ? だが見えない小数点以下の確率で勝てる可能性は残っているかもしれないな!』
俺は天啓を飛ばす。そうだぜ、小数点以下で――いいや、俺が来たからには勝てる確率は――100パーセントだぜ!
―4―
俺の天啓に皆が振り返る。
「ラン!」
ジョアン、待たせたな。
「虫!」
だから虫じゃねえっての。
「ランちゃんさん?」
いや、あのね、シロネさん、俺の呼び方は統一してください。
「ランさんでスカ?」
そういえばシトリもジョアンのパーティメンバーだったな。
「な! お前は、ナハン大森林で転がっていた変わり種のジャイアントクロウラー……そうですか、ふふふ」
艦橋内を見回す。少し広めの艦橋の中には外の景色を写しだしている巨大なディスプレイ、そして、玉座があった。玉座の上には黒いドレスを着込み、虚ろな瞳で座っているステラ、そして、その前に青いフードを深くかぶった魔族のアオがいた。
『帝都では、もう会うことも無いと言っていたが、また会ったな』
「ふふふ、そうですね!」
その言葉とともにアオが指を伸ばす。
しかし、何も起こらない。
アオは不思議そうに自分の指を見て首を傾げている。お前が俺に植え付けた魔石は、もう残ってないんだぜ。
「どういうこと……です?」
俺は分身体を降ろす。そして、分身体でスターダストを、俺自身で真紅妃を構える。
そして、アオへと踏み出す。
「離れなさい。離れるのです」
アオへの距離を詰める。
「ふふふ、知っていますか? 私は多くの者達を操る力があるのですよ。この力を使えば……」
『いいぞ。やってみるがいい』
俺はさらに一歩踏み出す。
「ふふふ、後悔してもしりませんよ」
アオが手のひらを広げ、指を伸ばす。人質か……。
『どうした?』
アオが広げた指を見て、驚き、何度も指をひろげなおしていた。
『糸が残っているから、まだ繋がったままだと勘違いしたか?』
俺の天啓にアオが震える。
「お前、お前、お前がっ! お前がーっ!」
そして狂ったように叫ぶ。
『ジョアン、ここは任せろ! お前はステラを!』
「ラン!」
ジョアンが俺を見る。そして頷く。
「分かった!」
『任せた』
ステラはジョアンに任せればいいだろう。
さて、と。
アオは青いフードの上から頭を掻き毟り、怒りに震えていた。
思えば、お前との関係も長いよな。後から知ったことだが、お前が、俺が魔人族のエンヴィーに魔石を抜かれた後、助けてくれたんだよな。お前からしたら、珍しい魔獣を見かけての実験だったんだろう。いや、もしかしたらグレイさんのついでだったのかもしれないな。
が、そのおかげで俺は生き延びることが出来た。
帝都でもグリフォンの襲撃の時に助けてくれたよな。
アオ、お前が助けてくれたから、俺は、こうして、お前の前に立つことが出来た。
俺とお前は敵同士だが、恩は感じているぜ?
「このヒトモドキが! 人の姿を真似た醜い人形風情が! 人である私が醜く生まれ、偽物のお前たちが人の姿をとるなんて許されると思っているのか! 醜い、醜い、醜い!」
俺は真紅妃を構えなおす。
「すべて凍り、動けぬ時の中で死ねぇ!」
さあ、行くぜ!
2021年5月16日修正
緊急時意外は → 緊急時以外は