8-38 決裂とため息だけ
―1―
取り付けられた窓から城の中へと侵入する。簡単にするすると侵入出来るとか、不用心だなぁ。
「何者だ!」
と、そんな俺へと鋭い声が飛んできた。さすがに堂々と中に入ればバレるか……。
「不用心だな。もう少し警備を強化することをオススメするぜ」
それを聞いた目の前の男は笑いながら拳を構えた。
「ほう。このフロウの前に立つとは……どうやら、警備が少ない理由を知りたいらしいな」
その男――フロウの言葉とともに俺の視界に赤い点が灯った。そして、フロウの右手が金色に輝く。やべぇ、何かヤバいッ!
――《分身》――
俺はとっさに《分身》スキルを使い分身体を呼び出す。そして、そのまま大きく横へと飛び退いた。
フロウの光輝く右拳へと分身体が吸い込まれ、大きく伸びた光によって握りつぶされる。ああ、俺の分身体ちゃんがッ!
そして、フロウから、大きく爪のように伸びた掌によって握りつぶされた分身体が光となって消滅した。くそぅ、分身体は連続で作成出来ないんだぞ!
「あぶねぇ、あぶねぇ。なんて恐ろしいことをするんだ」
俺の声に反応し、フロウがこちらへと振り向く。
「ほう。確かに握りつぶした感覚はあったのだが、俺の必中必殺のゴッドハンドから逃れるとは、どんな絡繰りを使いやがった!」
俺の視界に次々と赤い点が灯っていく。フロウが俺へと駆け寄り、次々と目に見えぬほどの早さの拳を叩き付けてくる。おいおい、これ、赤い点を目安にして、何とか回避しているけどさ、早すぎて攻撃が見えないじゃん。
「お前が、ここ最近、帝都を騒がしている暗殺者か! ついに俺の元まで来たという訳か!」
いやいや、俺は人を殺してはいないからな。魔石を入れ替えているだけだってば。
「誤解だ」
俺の言葉を無視してフロウの拳が飛んでくる。危ねえぇ。
「帝都にはケンセイが二人いることを知っているか?」
フロウがにやりと笑う。
「剣の剣聖ドーラ、そして――拳の拳聖、そう俺だ!」
何だよ、それ。お前、そんなに凄いヤツだったのか? 戦闘面は、そこそこ程度かと思っていたのに、予想外だよ!
「かつて闘技場を力で支配していた、この俺を! お飾りだとでも勘違いしたのか!」
フロウの拳の回転速度が上がっていく。やべぇ、回避しきれない。
――《スイッチ》――
《スイッチ》スキルを使い剣形態のスターダストを呼び出し、空いている方の手で持つ。そしてスターダストでフロウの拳を受け止める。スターダストの刃とフロウがつけている篭手がぶつかり合い、激しい火花を散らす。
「待て、俺は戦いに来たわけじゃない」
俺の言葉を聞いたフロウが拳に力を入れ、スターダストを押さえつけながらニヤリと笑う。
「ほう。こんなところまで来るんだ。てっきり、俺を暗殺にでも来たのかと思ったぞ」
いやいや、俺は平和的な解決を望んでおります。
「話を聞け! 俺はノアルジ、帝国のフロウ帝に相談があってやって来た」
フロウが楽しそうに笑いながら拳をひく。
「お前がノアルジーか! ドーラ先生がお前を斬ったと言っていたが、生き延びていたとは……」
あれ? この《変身》した姿とフロウって、今まで会ったことが無かった? にしても、ここでも俺の死亡説が流れていたのか。
俺はフロウと距離を取り、息を整える。すー、はーっとな。
「フロウ帝と話がしたい」
その、俺の言葉を聞いたフロウが腕を組み、続けろと言わんばかりに顎をしゃくる。
「今、神国では魔族との大きな戦いが起きている。魔族打倒のために帝国の力も借りたい」
そして、フロウが大きく笑う。顔に手を当て、狂ったように笑う。
「馬鹿か!」
いやいや、真面目な話だってば、さ。
「なるほど。こそこそと動き回り、ウェスト商会に手を回していたのはお前か!」
あ、バレてら。じゃなくて、だな。
「人にとって、魔族は共通の敵だろう? 神国が負ければ、次は帝国だぞ」
「ああ、そうだ。魔族は敵だ。だから、だ! 俺が弱った神国を平定し、魔族と戦うための糧にしてくれるわ!」
ダメだ、話にならない。
「今、必要なのは一つの頂点にまとまった力よっ! 巨大な敵を相手に手を取り合って、仲良く動く? そんなぬるいことで何とかなるものかっ!」
なるほど。それがフロウの考えか。
俺は左手に隠し持っていたステータスプレート(螺旋)を取り出す。
「聞こえたか。すまない、帝国との話し合いは決裂だ」
「仕方ないのじゃ。神聖国と帝国の溝は大きい。同じ人同士、手を取り合いと思ったのじゃが、それにはまだまだ時間が必要なようなのじゃ」
ステータスプレート(螺旋)から神国にいるセシリア女王の声が返ってくる。
「ククク、何を言っている。それにしても、神国が魔族と戦争中とは……貴重な情報を教えてくれてありがとうよ」
……そうか。
「フロウ、俺はさ、フロウはもっと賢いヤツだと、利を見て行動出来るヤツだと思っていたよ」
「何を言ってやがる」
フロウとも直接話せば、その真意が、協力が出来ると思ったんだけどな。
「俺はグレイシア国の王だ。出来れば神国、帝国の三国で同盟を結びたかった」
「お前は……何を?」
本当に残念だ。
「俺はこれで帰るよ」
「馬鹿が! 逃がすわけが……」
俺はフロウの言葉を最後まで聞かず、コンパクトを開けた。すぐに風景が変わり、俺はアイスパレスの屋上に立っていた。
そして、俺は大きなため息を吐く。
まぁ、全てが思うように、良い方向に行くわけがないか。
さあ、次は神国だな。前線では魔族との激しい戦いが続いているはずだからな。俺も――俺たちも出来る限りの手助けをしよう。