8-32 うごめく謎の肉塊
―1―
「ラン様、これは殺すべきです」
やっと追いついて来たクニエさんが、俺を見るなり、そう言った。えーっと、クニエさんらしくないくらいに過激ですね。
「そ、そうですわぁ。はぁはぁ、こ、これを見ていると全身の毛が逆立ちそうな不快感を覚えるんですわぁ」
走ってきたのか、息を切らしているフルールまでが、そんなことを言う。
「ランの旦那ー、肌がちりちりと、ほら、これ!」
スカイ君が、俺に毛の逆立った腕を見せようとぐいぐいと押しつけてくる。いや、君ら毛むくじゃらだから、毛が逆立つと凄いコトになるな。
確かになぁ。
俺も見れば見るほど、不快感というか、嫌悪感を覚えるんだよな。何というか、心の奥底、深いところから沸いてくるというか……。
「ふむ。ジジジ、確かに醜悪な見た目だが、私は皆が感じているような危機感を感じぬのだ」
そうか、これは危機感だったのか。いや、でも、何で俺らが感じているような、この肌を焼くような危機感をソード・アハトさんは感じないんだ?
『ソード・アハト殿、他の蟻人族の方も同じだろうか?』
俺の天啓にソード・アハトさんが頷く。どういうことだ?
「ジジジ、私たちが、それを感じぬのは、もしかすると、私たちの先祖が魔獣であったことと関係あるのだろうか」
いや、それを言ったら、俺なんて、もろに魔獣じゃないですか。ほら、スカイ君やフルールが、しらーっとした目で俺を見ているじゃん。
にしても、この生物は何なんだ? 何で、この城の地下に、しかも普通では分からない隠し部屋に居るんだ?
と、その時だった。
ぶよぶよと蠢くピンク色の内臓が大きく脈動する。そして、その内臓を掻き分けるように無数の眼球が現れた。その肉繊維に覆われた瞳が、キョロキョロと周囲を探るように動く。い、生きてる……! いや、まぁ、蠢いていた段階で生きているのは分かったけどさ。何というか、この、こんな存在が意志を持って動いているというか、う、うーむ。
「ひぃ、何か出ましたわぁ、出ましたわぁ!」
フルールなんてパニック起こしているじゃん。
「ラン様、やはり、これは危険だと思います」
クニエさんが腰に差していた短剣へと手をかける。いやいやいや。
確かに俺も、この存在には危機感を感じるし、心の奥底から殺すべきだって気持ちが湧いてくるよ、でもさ、それと同じくらいに、もっと冷静になって考えろって、それこそ、何かの警鐘のように、危機感を打ち消すようにさ、そんな気持ちも湧いてくるんだよ。
どうする、どうする?
「ラン、ジジジ、どうするのだ?」
そうだよなぁ。
……よし。
『自分に任せて欲しい』
俺は皆に天啓を飛ばし、虫足の生えた肉塊へと、更に近寄る。
そして、小さなまん丸手を上げる。
『はろー』
まずは挨拶からだよな!
その瞬間、肉塊の瞳がぐるぐると動き、虫足が激しく、地面を叩くように動いた。
「やはり、危険です!」
クニエさんが短剣を抜き、走る。
『待て!』
――《魔法糸》――
俺は《魔法糸》を飛ばし、それこそ、短剣で切り刻もうと肉塊の目の前にまで到達していたクニエさんを拘束する。
「ラン様!」
『クニエ殿、焦るな』
そうだよ。俺の挨拶に明らかに反応していたよな。これは、もしかすると、もしかするんじゃないか?
『もし、自分の言葉が分かるのなら、その複数ある足の1本だけを動かして貰えないだろうか? それが難しいのなら床を三回叩いて欲しい』
俺は改めて、目の前の無数の瞳が浮き出た肉塊へと天啓を飛ばす。すると、肉塊は床を三回叩いた。おいおい、マジかよ。マジかよ!
『フルールとスカイ、炭と大きな木片を持ってきて欲しい。それと14型も連れてきてくれ!』
俺の天啓を受けた、スカイとフルールが、一瞬、きょとんとした顔をしながらも、それでも走り出す。
床を三回叩いたのは偶然じゃないよな? おいおい、こんな姿なのに意志を、俺の言葉を解する知識を持っているっていうのかよ!
―2―
『14型、その足に炭をまぶして貰えるか?』
「マスターはいつからおもちゃ遊びが好きになったのですか?」
14型がよく分からないことを言いながらも、蠢く肉塊の足の一つに炭をまぶしていく。そして、俺は、その足の下に大きな木片を置いた。
『余り、器用に動かせぬようだな。ゆっくりでかまわない』
俺の天啓に反応したのか蠢く肉塊が、ゆっくりと足を動かし、置かれた木片に炭を塗りつけていく。
「ラン様、無駄です。ただ、足を動かしているだけです」
「ランの旦那、ほらー、無駄じゃないですかー」
クニエさんとスカイには、それが文字に見えないようだった。
俺には読める。
そう、そこには『正解』と書かれていた。いや、何だ、正解って。何で、その文字を書いた?
『14型、次の木片だ』
俺は14型に頼み、新しい木片を置いて貰う。
『お前は何者だ』
俺の天啓を受け、蠢く肉塊が反応する。
次に書かれた文字は『人形』だった。えーっと、自分は人形だーって、こと? いや、次の言葉があるみたいだな。何々……?
次に書かれたのは『魔族』だった。へ? まさか、自分は魔族だーって、いやいや、そんな馬鹿な。まぁ、でも、魔族の城の隠し部屋だもんな、魔族の実験体の失敗作とかありえるか?
しかし、蠢く肉塊は、それ以上何かを書こうとせず、先程、書いた『人形』『魔族』の上を何度も足で叩いていた。
魔族、人形……。人形、魔族……。どういうことだ?
いや、待てよ。魔族を倒した時に、連中は必ず人形を落としていたよな? もしかして、アレのことか? 確か、ミカンがレッドカノンを倒した時の斬り刻まれた人形があったよな?
俺が斬り刻まれた人形を取り出すと、蠢く人形は渡せと言わんばかりに大きく足を何度も動かした。あ、あってるのか?
でも、これ、渡して大丈夫なんだろうか? 特に嫌な予感とかはしないけどさ、むむむ。
ま、いっか。
俺が蠢く肉塊の目の前に斬り刻まれた人形を置くと、それを抱え込むように虫のような足が動き、そのまま動きを止めた。
あれ? まるで冬眠にでも入ったかのようにさ、完全に動きを止めちゃったけど、どういうこと? これで良かったのか?
それからしばらく待ってみたが、蠢いていた肉塊が動く気配はなかった。うーん、何か失敗したかな。
はぁ、仕方ない。
『14型、この場で様子を見ていて欲しい』
「マスター、マスターの命令なので、仕方なく、そう仕方なく従うのですが、余り私を便利に使えると思わないことです。私の本職は戦いの……」
はいはい。じゃ、任せたからな。
そして、翌日。
そう翌日だ。
案の定、命令を無視して眠っていた14型とは別に、蠢いていた肉塊の前に1人の少年がいた。
「ほっほっほっ、遅かったのう。出来れば着る物が欲しいんじゃが」
そして、その丸裸の少年は陽気そうに片手を上げて、そんなことを言っていた。
だ、誰!?