8-30 創世神話と女神様
―1―
今、はぁ、だるぅって言いましたか? 目の前のこの少女、だるいって言いましたか? 何だかイメージと違う言葉を聞いたような気がするけど、気のせいだよな?
目の前の少女が光る翼を消滅させ、そのまま頭を掻く。
「ふあぁ、何だか、予定していたよりも若返ってない気がする」
体のあちこちをさわり感触を確かめているようだ。
「ウルスラ殿下」
セシリア姫が膝をつき、畏まる。おー、あのやんちゃな姫もウルスラの前だと、そんな感じになるんだ。
「あー、はいはい、また面倒ごとかー」
それに対するウルスラの態度は不真面目だ。
「ウルスラ殿下、今、神聖国は魔族の襲撃を受け大変な状況にあるのじゃ……です。お力を」
姫さまが頑張って畏まった喋り方をしようとしているぞ。
「あー、はいはい。やっぱり面倒ごとか。こっちは引き籠もっていたいのになぁ。でも、魔族かぁ」
ウルスラは髪を掻きながら、そんなことをぼやいていた。そんなウルスラの様子は、膝をついて畏まっている姫さまには見えなかったようだ。
「ウルスラ殿下、わらわに、この神聖国を統べる力を」
姫さまの言葉は続く。
「あー、お力をって、いつもの王位継承? ホント、律儀っていうか、そんなの好きにすればいいのにさー」
ウルスラはため息を吐くとそんなことを言っていた。か、かっるいなぁ。
『よかろう、許す』
そして、念話が飛んできた。それを聞いた姫さまが更に畏まったように深く頭を下げる。何だ、これ?
と、そこで、疲れたように頭を掻いていたウルスラと目が合った。
「こわっ、何かいる」
いやいや、ずっといましたからね。
「しかも、私にそっくりとか、さらにこわっ!」
いやいや、何言っているの?
「えーっと、ちょっといいか?」
とりあえず勇気を持って話しかけてみよう。
するとウルスラは困惑したようにキョロキョロと周囲を見回し、そして自分のこと? とでも言わんばかりに指をさした。そうだよ、お前だよ、お前。
「いや、他に誰もいないからな」
ウルスラは顎に指をかけ、困惑している。
「なんじゃ、ラン、何か言っているのか?」
セシリア姫が顔を上げ、そんなことを言っている。
……。
あれ?
もしかしてセシリア姫にはウルスラの言葉が聞こえていないのか?
「さきほどから色々と喋っているみたいだが、大丈夫か?」
このウルスラって子、大丈夫か? いや、外見や言葉、性格、態度に騙されるな、何年も生きているような感じだもんな。
ウルスラは再度、困惑したように周囲を見回していた。いや、だから、お前しかいないだろうが。
「も、も、ももも、もしかして、私の独り言、聞こえてます?」
独り言だったのか。にしても、聞こえています? って、聞こえているに決まってるじゃんかよ。
「ばっちり」
俺の言葉を聞いたウルスラは恥ずかしそうに腕を振り回していた。えーっと、子どもか。
『新しい女王よ、私はこの者と話がある。下がるが良い』
ウルスラから念話が飛んでくる。それを聞いたセシリア姫は畏まるように頷き、退出する。
これで、この部屋には俺と、このウルスラだけってワケか。
「えーっと、もしもし、本当に、私の声が聞こえているでしょうか」
「ばっちり」
俺の返答にウルスラは心底驚いたと言わんばかりに、顎が外れそうなほど大きく口を開けていた。
「な、な、な、な、なんですとぉ!?」
いや、なんですと、とか言われても困るんだが……。
「もしや、女神セラ様の新しい眷属の方ですか?」
いや、違うが。って、女神セラ?
「おい、まさか、本当に、この世界では女神なんて存在がいるのか?」
実在の人物なのか!?
「へ? 当たり前じゃないですか? ……まさか、女神セラ様を信奉していないから? 女神なんて居ないと、そう言いたい!? ということは、魔族!?」
何やらウルスラの中で一つの答えに行き着いたようだ。
「いや、違うからな」
この子、驚きすぎじゃね?
「では、あなたはいったい!?」
はぁ、そこから説明か……。俺の方が知りたいことばかりなのになぁ。
「気付いたら、魔獣の姿でこの世界にいた。長く八大迷宮『世界樹』で暮らしていたため、余り外のことは知らないんだよ。一応、ちまたでは星獣様ってことになっているな」
俺の言葉にウルスラは何かに納得したように頷いていた。
「あー、星の神殿の眷属の方でしたか。それなら、その姿も納得です。何か再生時の不具合で記憶が飛んだんですかねー」
ウルスラの表情はのほほんとしたものだ。いや、ちょっと待て、色々と聞きたい情報が……。
「星の神殿とは何だ? 再生時の不具合って何だ? 姿が、何で納得になるんだ?」
初めてこの世界の深いところを知っていて情報がゲット出来そうな相手だからな、がんがん聞くぜ!
「面倒臭い人ですねー。たりぃっすわー」
ウルスラは飽きたと言わんばかりによろよろと歩き、豪華なベッドに寝転がった。いやいや、ちゃんと教えろ。凄い重要なコトだと思うから話せ。
「いいっすかー。昔話をするんで、それで納得して下さい」
何だろうか、それ以上は話す気がないって感じだな。くそっ、知っている情報は全部欲しいのにな。
「この世界は女神セラ様が作りました。本当のところはわかりませんが、不敬になるので、そうなんです」
ウルスラが寝転がりながら喋り始める。ホント、かったるそうだな。
「女神セラ様には敵対する者達が居ました。それが魔族ですねー」
魔族と女神は昔から敵対していた?
「女神セラ様の力は強大で、魔族を圧倒していたんですが、まぁ、魔族はうじゃうじゃいたみたいで、自分で始末するのが面倒になったみたいなんですよ」
女神、適当だな。
「で! その魔族を滅ぼすために人を作ったんですよ。そりゃもう、美形の美少年ばかりで。まぁ、女神様も女ですからねー、美形の方が嬉しいでしょ」
ウルスラの言葉は投げ槍だ。その言葉の裏には何やら怨嗟の念すらみえる。
「で、その作った人との子どもが天竜族って訳ですよ」
ん?
「だから、天竜族は女神様の使い、天の使いとか言われてるんですよー」
んん?
ちょっと待て、ちょっと待て。
何か、天竜族って、女神が自分で作った人との子どもってことは……、いやいや、そんな。
「天竜族や一部の星獣なんかが同じような容姿なのは女神セラ様の造形だったり、その血をひいているからですよ」
は? いや、そんな、そんな単純な理由なのか。
「まぁ、何故か、人と女神様の子どもは女の子ばかりらしくて、要らないって捨てられたんですけどね」
ウルスラは自虐的に呟いていた。
ウルスラたち天竜族は、最初の人と女神の子孫? で、女ばかりだから、それを嫌った女神に捨てられた? 無茶苦茶だな。
「ウルスラの母親が女神……なのか?」
俺の言葉にウルスラは首を横に振った。
「私は3世代目。知っているか、分かんないけど、最後の天竜族になる4世代目のソフィアちゃんなんかもいるけど」
ん?
「最後? どういうことだ?」
「言ったじゃん、天竜族は女しか生まれなかったって」
え? ちょっと待て。と言うことは2世代目、3世代目の父親って……? いやいや、ちょっと待て、ちょっと待てって内容だ。
「ほ、他の天竜族は?」
「さあ? 女神セラ様に与えられた使命ってことで魔族を殺すことに躍起になってる人もいるだろうし、隠れ住んでいる人もいるだろうし、人と混じって、人としての生を終えた人もいるかもねー」
な、何だ、この種族……。
「私は、女神様の命を守って魔族に対抗しながら、ゆっくりと余生を暮らしたいだけだから。もう、ここに引き籠もるだけ」
それだけ言うとウルスラは静かになった。もう何も語るつもりはないらしい。
いや、何というか、色々分かったような、更に混乱したような……。
女神が実在した。人、天竜族……それは分かった。でもさ、それなら猫人族や普人族、犬人族、その他の多くの種族はどうなるんだって、話だよな。
むむむ。
2017年1月3日修正
俺の天啓にウルスラは何か → 俺の言葉にウルスラは何か
2018年2月22日修正
「さっきほどから、色々と → 「さきほどから色々と