8-29 目覚めの予感です
―1―
かなり居心地の悪い思いをしながらも《変身》スキルが使えるようになるまでクリスタルパレスで過ごす。うーん、適当に《転移チェック》をして、今の拠点であるアイスパレスに戻っても良かったんだけどな。まぁ、俺が無害な芋虫だと理解して貰うためのアピールだよ、アピール。
――《変身》――
《変身》スキルを使い、姿を変える。
というわけでセシリア姫のところに向かいますか!
王宮内を歩いていると貴族のおっさんが話しかけてきた。
「おお、これはノアルジーさま、いつ王都へお戻りに」
いや、誰ですかいな。知らない人に声をかけられたら無視しろって教えられているんで、無視しますねー。
「ノアルジーさま、帝都で災難にあったと聞いていたので心配していましたぞ」
また別の貴族が近寄ってくる。
他にも、他にも、次々と、だ。こいつら、何なの? 俺が芋虫の時は、本当に虫けらでも見るような蔑んだ目で見てくれたのにさー、いや、まぁ、確かに芋虫は虫なんだけどさ。でも、セシリア姫の友人って立場な訳じゃん。それが理解出来ないってヤバくね? 普通は表向きだけでも取り繕うだろ? それで、この手の平返し……中身は同じなんだけどなぁ。はぁ、この脳みそ空っぽな貴族連中を見ていると、どれだけセシリーが苦労しているか、分かるよなぁ……。
とりあえず有象無象の貴族たちを無視しセシリア姫の待つ部屋へと向かう。
ばばーんと扉を開けて中に入ると、セシリア姫が赤騎士と青騎士を控えさせ、優雅に何かの飲み物を飲んでいた。
「待たせたな!」
俺の言葉にセシリア姫が手に持っていた陶器製の器を机に置く。
「ラン、いきなりすぎるのじゃ。まずは……いや、貴族の段取りなぞ、くそっくらえなのじゃ」
そんな姫さまの言葉に後ろに控えていた青騎士が頭を抱えていた。
「姫さん、言葉遣いが、とても王族とは思えないものになってるぜ」
赤騎士も大きなため息を吐いている。いや、赤騎士さんよ、あんたの言葉遣いも大概だと思うぜ。
「セシリー、済まないが、この姿でいられるのは時間が限られている。出来れば、急いで案内して欲しい」
俺の言葉に姫さまが頷き、立ち上がる。まぁ、今日がダメなら、また一週間先に日延べすればいいだけなんだけどさ。
「わかった。すぐに案内するのじゃ。しかし、ここから先はわらわとランだけ、他の者はここで待っているのじゃ」
さあて、名前だけは聞いていた、神国で一番偉い天竜族のウルスラ殿下とご対面か。
―2―
王宮クリスタルパレスに隠されていた秘密の通路を通り、その奥へと進んでいく。こう、薄暗い石壁の中を、セシリア姫が持っている魔法のカンテラの明かりだけで進んでいるとさ、押し潰されそうな不安感が湧いてくるな。こんなところに住んでいるウルスラ殿下とやらの精神状態は大丈夫だったんだろうか? それが原因で心が病んで眠ったんじゃないか?
「この先は、王族と宰相や女神教団の幹部など一部の者しか知らぬ道なのじゃ」
なるほど。そりゃまぁ、隠し通路だもんな。
やがて、うっすらと光輝く何かが見えてきた。何だ?
近寄ると、その光のもとが何か見えてきた。
それは光輝く少女だった。
白い布を纏い膝を抱えるようにうずくまった少女が光輝く羽に包まれ、空中に浮かんでいる。
光る少女が浮かんでいる部屋は、それなりの広さがあり、奥には高級そうな天蓋付きのベッド、よく分からない本が詰まった本棚、乱雑に散らばった何かの光る板があった。
俺は近づき、少女を観察する。外見からすると未成年って感じだよなぁ。髪は長く灰色――何かの浮力が働いているのか、髪の先が揺れていた。
そして、その顔は、《変身》スキルを使った今の俺とそっくりだった。似ているって言われていたけどさ、改めてみると、本当にそっくりだな。血縁関係にあるとか、そう言われても納得してしまうぜ。
まずは鑑定っと。
【名前:ウルスラ】
【種族:天竜族】
へぇ、ただのウルスラなんだ。国の名前が付いているとか、そういう感じかと思ったんだけどな。そして、当然だけど天竜族、か。
「ラン、ウルスラ殿下はどうなのじゃ?」
俺はセシリア姫に頷いてみせる。うん、今、確認しているところだぜ。
赤い瞳でウルスラに流れる魔素を見る。何だ? 周囲の魔素が、ウルスラに、ウルスラの体の中の魔石に集まっている? これはどういうことだ?
このウルスラの魔石に集まっている魔素の流れを変えれば、目が覚めるのか?
――多分、そう、多分だが、集めている魔素の流れを断ち切ってもウルスラは目を覚ますだろう。だが、これは、魔素を集めるために眠ったんじゃないか?
なら、俺がやることはッ!
――《魔素操作》――
魔素の流れを操作し、周囲の魔素を作り、造り替え、それをウルスラの魔石へと注ぎ込む。
その瞬間、空中に浮かんでいたウルスラの体がびくんと跳ねた。
もう一度だッ!
俺は集めていた魔石を魔法のリュックから取り出し、そのまま砕き、周囲へとまき散らす。少しでも魔素を散布してッ!
――《魔素操作》――
魔素をウルスラの魔石へと注ぎ込む。
そして、
ついに、
ウルスラは目覚めた。
空中に、膝を抱えるように浮かんでいた少女が、体を伸ばし、ゆっくりと降り立つ。そして、軽く伸びをして、一言呟いた。
「はぁ、だるぅ」