8-28 勇者たちの旅立ち
―1―
俺が天啓を飛ばしたことで周囲に騒ぎが起きる。えーっと、殿下で良かったんだよな? 名前を間違えたか?
「静まるのじゃ! わらわは控えよ、と言ったのじゃ」
セシリア姫の言葉に周囲の騒ぎが一旦納まる。しかし、それを打ち破るように一人の貴族が前に出た。
「セシリア様、このような魔獣の甘言に乗ってはいけません」
いや、魔獣ってなぁ。確かに芋虫の姿をしているけどさ。
「そうです、ウルスラ殿下の名前を何処で知ったのか、それこそが怪しいことの証左」
先程の貴族に続くように新しい貴族が前に出る。それを見たセシリア姫は大きくため息を吐いた。
「ランよ、見るのじゃ。これが国なのじゃ。ランも苦労するといいのじゃ」
あー、うん。セシリア姫も苦労しているぽいなぁ。でも、俺のとこは周りが優秀だから! 俺が居ない方が円滑に動くくらいに優秀だから! まぁ、それでも国としてやっていくには人材が足りないけどさ。
「セシリア様、この場でウルスラ殿下のことは不味いかと」
セシリア姫の一番近くに控えていたナイスミドルな貴族が立ち上がり、そのままセシリア姫に耳打ちする。おー、ゼーレ卿じゃん。もうもう騒がしいエミリアのお父さんだよな。ちゃんとお城で働いているんだな。
「わかっているのじゃ。ラン、後でゆっくり話すのじゃ」
セシリア姫は、そう言うと手を叩き、メイドを呼んだ。おー、メイドだ。本物のメイドだ。こんな謁見の場みたいなところでも控えているのか? もしかして、このメイドさん、結構、偉い位置にいる人なのかなぁ。
「ランよ、わらわの食事にご招待するのじゃ。生まれ変わった神聖国の料理を堪能するのじゃ! いつかの美味しい食事を用意する約束、嘘では無かったと示してやるのじゃ!」
セシリア姫が胸を反らす。いや、あの、俺、そんな約束したか? ま、まぁ、有り難く食事をいただくか。
「では、この者たちを案内するのじゃ!」
この者たちって……、14型は機械だし、羽猫は羽猫だし、実質、俺1人だよな? ま、まぁ、ゆっくりとセシリア姫を待ちますか。
―2―
もしゃもしゃ。
立ったまま並べられた料理を食べる。相変わらず神国は立ったままの食事か。
今回の料理はお肉中心だな。香辛料が使ってあるようだな。もう、それだけで神国の料理が随分と進化した気になるなぁ。
もしゃもしゃ。
まぁ、でも、普通。
特別、美味しいって訳でもないなぁ。
もしゃもしゃ。
食事を終え、羽猫をかまって遊んでいると、やっとセシリア姫がやって来た。
『遅かったようだが』
俺の天啓を受け、セシリア姫は疲れ切ったため息を吐いた。
「あやつらはわらわを扱き使ってばかりなのじゃ」
セシリア姫もテーブルにつき料理を食べ始める。そして1人で唸っていた。
「ぐむむむ。まだまだ微妙なのじゃ」
姫さま自身、神国の料理が微妙だって分かっているんだな。これは、ホント、何とかしたいところだよな。
姫さまはもくもくと食事を食べていく。
「わらわは必ずランが生きていると信じていたのじゃ」
そして、姫さまは、そうぽつりと呟いた。ホント、俺の死亡説とか迷惑な話だよな。
「そして顔を見せたと思ったら、国を作った、ウルスラ殿下を治療、と予想外のことばかりするのじゃ」
姫さまが楽しそうに笑っている。
「しかし、ランよ。国を動かすというのは大変なことなのじゃ」
そして、腕を組みうんうんと頷く。ホント、ころころと表情が変わる子だなぁ。
「辛いことばかりなのじゃ」
言えたじゃねえか……じゃなくて、だ。
『なのに、なぜ国を?』
「それが王族として生まれた責務だからなのじゃ。そして、わらわが立たねば、特定の種族だけを優遇するような、この国を変えることは出来ない、そう思ったからなのじゃ」
姫さま、意外と考えているんだなぁ。
「そして、そして! 食事をもう少し美味しいものにしたいのじゃーっ!」
食べることは重要だよな。神国なんて恵まれた大地に食材、なのに、料理はゴミなんだもん。そりゃあ、変えたくなるわ。
「しかし、ラン、本当にウルスラ殿下を治すことが出来るのか? いや、ランを疑っているわけではないのじゃ」
セシリア姫はむうむうと唸っている。
『あの場では、ああ言ったが、ウルスラ殿下の状況を見てみなくてはなんとも言えないところだ。が、ほぼ確実に治せるだろう』
「なんと! 凄いのじゃ!」
ジョアンを治した時みたいに《魔素操作》スキルで何とかなるんじゃないかな、って思っているんだよな。ただ、その為には……、
『しかし、その為には、もう少しだけ時間が必要だ』
俺の天啓にセシリア姫が頷く。
「魔族との戦いが激化している今、ウルスラ殿下の回復は急務なのじゃ」
魔族との戦い?
『魔族との戦いが起こっているのか?』
「うむ。この神聖国の各地で魔族の襲撃があったのじゃ。今も戦いは続いているのじゃ」
知らなかった。そうなのか。
「突如、魔族側へと裏切る人間も現れ――しかも、裏切るとは思えないような立場の人間が、じゃ。今、神聖国は大変な状況なのじゃ」
ま、まさか。アオが行っていた魔石の入れ替えか! あれ、入れ替えた人間を意のままに操るとか出来そうだもんな。ホント、今の神国、大変そうだな。姫さまが忙しそうなのも当然か……。
「紫炎の魔女様と騎士ジョアン、それに森のシロネが魔族の本拠地を目指して旅立っているのじゃ。今は、それを信じて耐えているような状況なのじゃ」
少数精鋭で本拠地を落とすって作戦なのか? いくら、紫炎の魔女がいても、それは無茶がないか? いや、でもあの火力なら……うーむ。
俺は俺でフォローしてやりたいな。