8-24 あたらしいながれ
―1―
「なるほど。話は分かった。ノア……いや、今はウェスト商会だったな」
「はい、それでは」
「ああ。この話は無かったことにしよう」
「な! いいのですか! 一地方の都市程度が帝国に逆らうつもりですか!」
「やれやれ、勘違いしているようだな。この迷宮都市は! 何処にも属さぬ自由都市よ! 勝手なことを言っているんじゃねえ」
何やら中では小難しい話をしているようだな。
が、俺には関係ない!
と、そこに俺たちへの制止の声がかかる。
「待ってください……いや、待て! 待たんか! ええい、止まれ! 今はヤズ様が大事なお話を!」
ちぃ、もう追いついて来たのか! 早く中に入るぜ!
扉の向こうでは話が続く。
「同じ物を提供出来なくなった商会に義理立てするつもりはない!」
「しかし、それでは約束が……」
中の話は難航しているようだな。
「はぁはぁ、止まれ! 止まるんだ! その部屋は……」
知ってるぜ。
「14型、俺の話が終わるまでの間、その者たちを丁重におもてなししておけ」
「マスター、了解です」
14型が優雅にお辞儀をする。
「ファリン、乗り込むぞ」
扉をばばーんと開けて中に踏み込む。お邪魔するぜ。
「……約束したのはウェスト商会なんて名前の商会ではないんだがな」
「ヤズ卿! ですから、それはご説明したように――誰だ、お前たちは!」
へへ、俺様登場だぜ。
「ヤズ卿、お忙しいところに失礼するぜ」
失礼するんだぜー。
「ほう。乱暴な乱入だが、どちら様かな?」
獅子頭のヤズ卿はあごひげをなでながら、俺たちの乱入という、この事態の成り行きを楽しそうに眺めている。
「ヤズ様、名も無き商会が、もが、邪魔だ、もがもが」
兵士の一人が14型に押さえつけらながらも声を上げる。頑張るなぁ。
「名も無き商会が、この帝国の! ウェスト商会と迷宮都市の大事な話に!」
ヤズ卿の相手は……見たことのないヤツだな。まぁ、小者には用はないぜ。
「ヤズ卿、俺だ」
俺は砂塵避けに顔半分まで深く巻き付けていた白竜輪を降ろす。しゅるしゅるーっとな。
ヤズ卿が俺の顔を見た瞬間に「ほぉ」と驚きの声を上げた。
「だから、お前が誰だというのか! この商談を邪魔するということは帝国に……」
目の前の男が激昂し、騒ぎ始めたのを、ヤズ卿が手で制する。
「この者と大事な話をしなければならなくなった。ウェスト商会を名乗る帝国の手先にはお引き取り願おう」
ヤズ卿がこちらを見てニヤリと笑う。
「な! ヤズ卿、あなたは言っていることの意味がわかっているのですか!」
「ウェスト商会はお帰りだ。というわけで、うちの兵士を自由にしてやってくれないかな?」
ヤズ卿の言葉に俺は頷く。
「14型」
14型が押さえつけていた兵士たちを解放する。
「ヤズ様、よろしいのですか?」
兵士がよく分からないと言った表情で俺たちとヤズ卿、そしてウェスト商会とやらの使者を見比べている。
「ああ、この者たちと大事な話があるからな」
ヤズ卿は面白くなったとでも言わんばかりにあごひげをさすっていた。
―2―
「ノアルジー、生きていたのだな」
生きてますよ。俺、死んだことになっていたのか。まぁ、この《変身》した姿は久しぶりだからな。
「残念ながら、この通りぴんぴんしてますよ」
ふふーん。
「にゃ!」
俺の横を飛び回っている羽猫は、まだまだ元気一杯だ。
雪深い俺の国から、この迷宮都市まで砂漠横断の旅をしてきたんだもんなぁ。たく、俺は《転移》スキルで一気に移動しようって言ったのにさ、ユエもファリンにも反対されたからな。結局、羽猫に神獣化してもらって砂漠を横断だもんな。空の旅は快適で4日ほどで迷宮都市に到着したんだから、神獣化した羽猫での旅も悪くなかったけどさ。
ん? 待てよ?
今回、神獣で空の旅が出来たんだから、もしかして、八大迷宮の『二重螺旋』も、羽猫に神獣化して運んで貰えばいいんじゃないか?
俺は羽猫の方を見る。
「にゃ!」
羽猫は任せろと言わんばかりに鳴き声を上げた。そうだよ。よし、色々と落ち着いたら羽猫に頼んでみるかな。
「しかし、名も無き商会とは――また何やらやっているようだな」
そうなんだぜー。
「ファリン」
俺の言葉に応えるようにファリンが前に出る。そして、手に持っていた袋から真銀製の武具一式と水の封印石を取り出した。
「ヤズ卿、ノアルジ商会がお約束していた『水』と、それに新しく売り出す予定の真銀製品だ」
ファリンが取り出した品にヤズ卿が言葉を失ったかのように大きく驚いていた。
「こ、これは……。お前たちはこれを流通させるつもりなのか?」
俺はヤズ卿の瞳を見据えて頷く。
「さすが、だな」
で、ここからが本番なんだぜ。
「ヤズ卿、今回俺たちが参上したのは商会としてではない」
俺の言葉にヤズ卿の表情が変わる。俺、参上。
「ほう。それはどういう意味かな?」
「俺たちは新しい国を打ち立てた。その使者として来ている。自由都市である迷宮都市リ・カインと同盟を結びたい」
俺は腕を組み胸を反らす。どうだ、無駄に偉そうだろう。そんな、俺の姿を見たヤズ卿は楽しそうに笑う。
「それは面白い! が、勝手に決めることは出来ないのでな」
だろうな。ヤズ卿は迷宮都市の顔だけどさ、他にもお偉いさんが沢山いるみたいだからな。
「分かっている。だからこその手土産だ。それを上手く使ってくれ」
「くくく、何処までも上からだな! いいだろう、このヤズ、お前たちに力を貸すぞ」
さっすがー、ヤズ卿、話が分かるぜ。
「ところで、お前たちの国の名前は何というのだ?」
名前な!
「グレイシアだ」
氷河から来ているんだぜ。
「ノアルジーではないのだな」
さすがに国の名前にまで自分の名前をつけるほど自意識過剰じゃないです。
「以前、お前たちが作った商会は、今、ウェスト商会という名前に変わっている」
あー、さっきのがそうだったのか。
「その意味、分かるか?」
ヤズ卿は楽しそうだ。
「ランさま!」
ファリンは何かに気付いたようだ。
「そこの者は気付いたようだな。お前たちが囲っている商会、名前がないのならば、ノアルジー商会を名乗るがいいと思うぞ」
ヤズ卿が面白いことを見つけたと言わんばかりに笑っている。な、なるほど。名前が自由になったから、俺たちが使えるのか。ノアルジ商会って名前、結構、思い入れがあったからな。確かに、俺たちがそれを名乗りなおすのは面白かもしれないな。