8-21 温泉に浸かる芋虫
―1―
『それで、どういう状況なのだ?』
俺の天啓を受け、ハウ少年が頷く。
「はい、その臭い匂いの水に触れた蟻人族の方々がバタバタと倒れて……僕たちに逃げろって、急いで応援を呼んで来てくれって」
おいおい、これはヤバイ状況なんじゃないか?
『現地に向かおう。どれくらいの距離だ?』
「西に半日ほどです! 道が作られているので場所はすぐに……分かるはずです」
え? そんなにも距離が離れているのか? その距離を急いで戻ってきたのだとしたら、親方たち、疲労困憊だよな?
『分かった。後は自分に……自分たちに任せて親方とハウは休んでいてくれ。ユエ、ポンに頼んで何か疲れの取れる物を』
俺の天啓にユエが頷く。にしても半日かぁ。俺の《飛翔》スキルやハイスピードの魔法を使えば、もう少し早く到着することは出来るだろうけどさ、現時点でも蟻人族の人たちが倒れてから6時間くらいは経っているはずだろ? 絶望的な時間だよな……。
まぁ、それでも行くんだけどな!
「ランの旦那、今から行くつもりか? 向こうに着く頃には、真夜中って時間なんだぜ」
キョウのおっちゃんの言いたいことは分かるぜ。まさに、今、俺も同じコトを考えていたわけだしな。
『それでも、急いで行くべきだろう』
「ラン、すまない。ジジジ、私も、ここを動くことが出来たならば……」
それを聞いたキョウのおっちゃんがソード・アハトさんの肩を叩く。
「大丈夫なんだぜ。ゼンラ様と新しい女王は俺と、そこの侍のお嬢ちゃんで守るんだぜ」
「な! 何を勝手に!」
ミカンちゃんが驚きの声を上げる。ミカンも一緒に来たかったんだろうなぁ。まぁ、でも、ここは空気を読んでください。
『ミカン、頼む』
「む。主殿が言われるのであれば仕方ない」
ミカンちゃんは、ホント、ミカンちゃんだなぁ。
「ジジジ、助かる」
ま、本当は俺1人の方が早いんだけどな。俺1人で行くよりも、誰か助っ人がいた方が緊急時に対応出来るかもしれないし、まぁ、仕方ないか。
と、そんな状況の中へ、羽猫がふらりとやって来た。
「にゃ!」
何だ、何だ、その話は全て聞かせて貰ったと言わんばかりの登場の仕方は!
羽猫がついてきなさいと言わんばかりに頭を動かす。俺らは急いでいるから、お前と遊んでいる時間はないんだけどなぁ。まぁ、うん。
『では、自分たちは出発する』
「ランの旦那、頼んだんだぜ」
「ジジジ、キョウ殿、ミカン殿、頼んだ」
まぁ、何か襲ってきても、今のミカンがいれば大丈夫か。じゃ、行きますか!
―2―
アイスパレスの外に出たところで羽猫が巨大化した。以前の羽虎よりも大きな大羽虎――神獣形態だ。
神獣と化した羽猫が手で、乗れと合図する。そうか、お前、やるじゃん!
俺とソード・アハトさんは神獣の背に乗る。おー、この形態になってからは初めて乗ったが、広々だな。こう、この上で宴会とか開けそうな広さだ。
「にゃぅ!」
そこで、神獣が不満げな鳴き声を上げた。ま、まさか、俺の思考を読んだのか?
そして、神獣が大きな翼を広げ、空へと飛び立つ。おー、早い早い。凄い快適だ。何かの力に守られているのか、風の抵抗や寒さも感じないし、これは凄いな。
そして、目的の地点には一時間もかからないうちに到着した。神獣が、橙色や金色のヤバイ感じの煙が漂っている手前に降り立つ。そして、すぐに、元の羽猫のサイズに戻った。効果時間が切れたのかな? 俺の《変身》と同じような感じなんだろうか?
「ジジジ、ラン、これは……」
あ、ああ。線が見えている俺には分かるけど、毒ガスだな。これ、完全にヤバイやつじゃないか。
煙の下には何やら熱そうな煮えたぎった水が湧き出ていた。えーっと、この水が元凶か? いや、でも、これさ、何だか水と煙は違いそうだな。水は綺麗な感じだもんな。沸騰しているけど、何だろう癒やしの力みたいなものを感じる。そして、その熱湯に浸かるように蟻人族たちがいた。
『ソード・アハト殿、あれを』
俺の天啓にソード・アハトさんが頷く。
「ジジジ、あそこに見えるのは、シールド・ドライたちのようだ。ジジジ、息はあるようだ」
ソード・アハトさんからホッとしような気配を感じる。にしても、こんな熱湯に長時間浸かっているのに大丈夫とか、蟻人族は丈夫なんだな。
『息があるのだな?』
「うむ。ジジジ、私たちは頑丈なのだよ」
さすがは元帝国の守護者。
「ジジジ、しかし、こうも毒の煙にじゃまされては……」
問題はそれなんだよなぁ。
俺が羽猫の方を見ると、無理無理って感じで首を振っていた。ソード・アハトさんも毒ガスは無理そうか……。
毒ガスかぁ。
俺は毒ガスの中に一歩、足を踏み込んでみた。
……。
お、全然、大丈夫そうだ。《毒耐性》スキルでなんとかなるんじゃないかと思ったけどさ、うん、これなら余裕だな。
ただまぁ、今度は、この熱湯が問題なんだよなぁ。俺は蟻人族みたいに頑丈じゃないから、茹で芋虫になっちゃうぜ。
さて、どうしよう。
よしッ!
――[ウォーターリップル]――
ウォーターリップルの魔法を使い、熱湯の上を歩いて行く。黄金妃の効果か、足下の熱は感じないな。よしよし、これで熱湯に浸かっている蟻人族の近くまでは進めそうだ。
――《魔法糸》――
《魔法糸》を飛ばし、熱湯の中の蟻人族に結びつける。そのまま《魔法糸》を伸ばし、ソード・アハトさんの元へと帰る。
『ソード・アハト殿、任せた』
「ジジジ、ラン、任された」
うむす。引っ張るのは馬鹿力のソード・アハトさんに任せよう。
さてと、他には……、む?
熱湯の中に何か見えるな? 紫色の石……か? こいつも引っ張り上げてみよう。
――《魔法糸》――
《魔法糸》を飛ばし、紫色の石に結びつける。
『ソード・アハト殿、これも頼む』
そして、ソード・アハトさんによってこぶし大サイズの紫の石が引き上げられる。何だろう、コレ? む、こいつは普通に鑑定出来そうだな。
【再生のファイアストーン】
【ほんのりと熱を持った癒やしの力を持った石】
あー、熱湯の理由って、この石だったのか。いやいや、ほんのりって感じじゃないけどな。にしてもさ、もしかして、熱湯に浸かっていた蟻人族の方々が無事だったのって、この石の力か? やっぱり、毒ガスとこの熱湯は別物だったんだな。となると、紫の石がなくなったから、この熱湯は、そのうち冷たくなっていくのかな。
「ジジジ、ラン、この一帯が鉱脈なのは間違いないようだ」
そうなんだ。
「しかし、ジジジ、見る限り、ここは当初の予定のルートとは違う場所のようだ。ジジジ、この者、シールド・ドライが功を焦って提案したのだろう」
蟻人族でも功を焦る、なんてことがあるんだな。もっと機械的に任務、任務って感じの種族かと思っていたよ。
『ここが鉱脈なのは間違いないのか?』
俺の天啓にソード・アハトさんが頷く。
「ジジジ、私たち、蟻人族にはそれらの場所を探し出す天性のスキルがある」
そ、そうなんだ。埋蔵品を探すとかも出来るのかな? 便利なスキルを持っているなぁ。となると、ここが鉱脈なのは間違いないってコトだよな。このまま毒ガスがあるから放置っていうのはもったいないよなぁ。
何とか出来ないかな?
いや、待てよ。
この毒ガス、色が橙や金色なのは属性の関係か? なら、もしかしてッ!
――《魔素操作》――
魔素を操作し、毒ガスの周囲に漂っている魔素を作り替えていく。すると、毒ガスが少しだけ薄れたようだ。おー、出来そうじゃん。
あー、でも、この毒ガスが発生している元凶を取り除かないと、無駄なのかな。
『ソード・アハト殿、この毒ガスの元凶は分かるだろうか?』
まぁ、ソード・アハトさんが分かるとは思えないけどさ、俺ではさっぱりだから、一応、聞いておかないとな。
「ジジジ、地中に溜まっていた毒が漏れているのだろう。ジジジ、鉱脈では良くあることだ」
あ、そうなの?
「数年もすれば、ジジジ、漏れた毒は消えるだろう。ジジジ、すぐに採掘出来ないのは惜しいが、今、焦らなくても数年後には採掘出来るのだ。これは、これで収穫だ」
なるほど。
特に元凶があるわけでもなく、散らしてしまえばいいのならッ!
俺が作り替えてやるぜ!
――《魔素操作》――
魔素を操作し毒ガスを薄める。よし、このペースなら数日中には全部消せそうだ。
【[エアバースト]の魔法が発現しました】
へ? ここで魔法が発現? もしかして、俺が毒ガスを散らすイメージをしたからかなぁ。ま、まぁ、とりあえず、それよりも、だ。
毒ガスを散らし続けよう。
あ、ソード・アハトさんは負傷者を羽猫に乗せて一度戻っててください。
2021年5月7日修正
ミカンも着いてきたかった → ミカンも一緒に来たかった