8-17 恐ろしいじいさん
―1―
何で帝国に仕えている蟻人族が帝国の兵士と揉めているんだ? これはヤバイ匂いがぷんぷんするぜ。
ということで無視してアイスパレスに戻りますか。今の立ち位置が不安定な状況では、極力危ない場所には近寄らないに限るんだぜ。
……。
って、それが出来たら良かったんだけどなぁ。あの蟻人族の集団の先頭に立っている、細長い球体をもった人が俺の知り合いにそっくりなんだよな。
はぁ、どういった状況かの確認だけはしておくか。
『すまない、少しだけ様子を見てくる』
集まっている皆に天啓を飛ばし、そのまま建物の裏に回る。よし、ここなら誰もいないな?
――《剣の瞳》――
反応無し、よーしッ!
さてと、俺がそのまま、あんな兵士だらけの中に行くのは自殺行為だからな。だからこそッ!
こんな時のためのッ!
――《分身》――
《分身》スキルッ! 分身体を作り、操作する。
そして、俺は兵士と蟻人族の方へと近寄り、声をかける。
「何か揉め事ですか?」
俺が声をかけると、兵士はうんざりとした様子で顔をこちらに向け、こちらを追い払うように手を振り払った。何だよ、つれないなぁ!
「邪魔だから、家に帰っていなさない」
しかし、俺の知っている蟻人族――ソード・アハトさんの反応は違った。
「おお! ジジジ、ランではないか、何やら珍妙な姿だが久しぶりだ」
へ?
え?
は?
いやいや、何で、俺だって分かったんだ? 蟻人族の特殊能力か何か? 帝都では有名ではないはずの分身体の姿で事情だけ聞いておさらばしようと思っていたのに……うーむ。
「ソード・アハトさん、この姿の時はノアルジで頼む」
「うむ。ジジジ、そうか」
俺がノアルジと名乗ったところで兵士の表情が変わった。何かを思い出そうとしている、そんな感じだ――って、俺、何、普通にノアルジって名乗っているんだよッ! そりゃあ、不審がられるわッ!
ソード・アハトさんから事情が聞けそうだから、それだけ聞いて早く帰ろう。
「君、その名前……」
「ソード・アハトさん! どうしたんですか?」
話しかけてきた兵士を無視してソード・アハトさんに話しかける。
「うむ。ジジジ、私たちは帝都を出ようかと思ったのだよ」
へ?
「どういうことです?」
「うむ。ジジジ、私たちが仕えていたのは冠を持つゼンラ帝だ。今のフロウ帝ではない。今の女王は、そのままフロウ帝に従うようだが、ジジジ、納得出来なかった私たちは新しい女王を立て、枝分けをしたのだ」
枝分け? 独立したってこと?
も、もしかして、ソード・アハトさんが、その手に持っている大きな長細い球体が女王……の卵、か。蟻人族もよく分からない生態をしているなぁ。
「帝都を、な、ジジジ、私たちは帝都を出て、定住の地を探す旅にでも出ようかと思ったのだが、そこの兵士が通してくれないのだ」
そういうことだったのか。
「ですから! それはもう少しだけお待ちください」
兵士の言葉にソード・アハトさんは肩を竦めていた。
「ジジジ、この通りで、な」
「帝都の守護者たる蟻人族の方々が、例え少数でも帝都から出て行かれては困ります!」
フロウ帝になっても蟻人族は重用されているんだな。それなら残ってもいい気がするんだけどなぁ、まぁ、俺には分からない、何か特別な事情があるんだろう。さっき、ソード・アハトさんが、先帝――ゼンラ帝のことを言っていたしな。
うーむ、ソード・アハトさんたちをスカウトするか? ソード・アハトさんを含めて、帝都を出ようとしている蟻人族は全部で6人……いや、これから生まれる女王を含めたら7人か。蟻人族の方々は戦力としては、凄い頼りになるからなぁ。ただ、ソード・アハトさんたちがアイスパレスに来ることを了承してくれるかってことと、今のアイスパレスに、これだけの戦力が要るかってことが問題だよなぁ。頼りになるけど、過剰戦力だよッ!
その時だった。
風が動いた。
世界が、ゆらりと揺れ、一人の剣を持った老人が現れた。
剣聖ッ!
何だ? 世界が歪んで見えるほどの圧力というか、迫力が……。これがオーラとかそういうものか?
「この国を出るのかのう」
剣聖のじいさんは、剣に手をかけたまま、ゆっくりと、喋る。
「うむ。ジジジ、ご老人、どいて貰えぬか」
「ど阿呆が。帝国の機密に携わっていた己らを生かす道理があると思うてか」
あ、これ、ヤバイ流れだ。
「うむ。ジジジ、ならば帝都の守護者と呼ばれた私たちの力で通り抜けるまで」
うん、勝手に話が進んでいるが、これは、ヤバイパターンだ。
完全に巻き込まれたー!
「まずは腕1本」
剣聖のじいさんの言葉。気付けばソード・アハトさんの剣を握っていた手が飛んでいた。そう、くるくると空を舞っている。いやいやいや、いつ剣を抜いたんだ? 見えなかったぞ。《超知覚》スキルを持っている俺でも認識出来ないとかヤバくないか?
「くっ!」
ソード・アハトさんたちが臨戦態勢に入る。
「遅い。それで帝都の守護者を名乗るとはのう」
このじいさん、やべぇ。
「ソード・アハトさん、斬られた腕を持って南区へ走れ」
ソード・アハトさんが俺の顔を見る。そして、何かを理解したのか、頷き、動く。
「皆、聞いたな。ジジジ、走れ!」
ソード・アハトさんたちが駆けていく。
「やれやれ、年寄りに運動をさせるつもりとはのう」
やれやれ、恐ろしいじいさんだぜ。
「いいや、お年寄りはここでゆっくりしていれば、いいと思うぜ?」
俺の言葉を聞き、剣聖のじいさんは、初めて俺の存在を認識したようだった。
「お嬢さん、そんなところにおると首がなくなるが……」
――《白羽取り》――
俺の手が首元へと迫っていた剣聖の刀を挟み込む。あ、あぶね。またも見えなかったぞ。首にヤマを張って良かったぜ。
「む!」
「おいおい、じいさん。こんな可愛らしいお嬢さんの首を問答無用で刎ねようとするとか、洒落になってないぜ」
「見た目通りの気配がなかったからのう」
剣聖のじいさんが楽しげに笑う。ホント、危ないじいさんだぜ。しかし、こうやって獲物を挟み込んでいれば、攻撃は……って、あれ?
手でしっかりと挟んでいた剣が、剣聖の剣が、ない!
そう思った瞬間には、俺は真っ二つにされていた。
ぷふぁ、なんて容赦のないじいさんだ。死んだ、分身体ちゃんが殺されたッ!
俺自身が建物の影から出るとソード・アハトさんがこちらへと駆けてきているところだった。
『腕を繋げるッ!』
俺が天啓を飛ばすと、ソード・アハトさんは残った腕で器用に斬られた腕を元の場所にくっつけた。
――[キュアライト]――
そして、そこへと癒やしの光を浴びせる。光が吸い込まれ、斬られた腕が結びついていく。よし、治ったな。回復魔法、最強だぜ!
『皆で急ぎ、手を繋いでくれ』
ソード・アハトさんたちも加わり、皆で手を繋ぐ。
よし、オッケーだな。
俺はすぐさまコンパクトを開く。
瞬間、風景が変わる。
「ジジジ、ここは?」
はぁ、帰ってきたぜ。
剣聖のじいさん、洒落にならないなぁ。
『ここは、新天地。そして再起の場所、アイスパレスだ!』
やれやれ、凄い疲れたぜ。