8-16 人材を確保するぜ
―1―
『では、南区へ向かおう』
俺が天啓を飛ばすとタクワンがすたすたと歩き始めた。いや、あの……。
『タクワン、余り不用心に歩いては……』
タクワンは俺の天啓に首を傾げていた。
「ラン様、どういう……、ああ! 私が兵士に見つかるのを心配されているのですか。大丈夫ですよ」
そう言って、タクワンはすたすたと歩いて行く。大丈夫……なのか? ま、まぁ、俺は隠れて南区へと行くか。
――《隠形》――
タクワンの後を追うように隠れながら静まりかえった帝都の町を歩いて行く。この区画もさ、貧民窟から頑張ってさ、町として作り上げただろうに……はぁ。まぁ、俺が関与したわけじゃないけどさ、俺の商会が頑張った結果だったのにな。
そして、西門へと続く大通りの途中でタクワンが呼び止められていた。
「止まれ!」
「何の用ですかな?」
タクワンが強気に返事をする。声の調子とは別に尻尾がしなだれていた。意外と内心びくびくなんじゃないか?
「何処へいくつもりだ?」
「南区へ食材の買い出しですよ」
「そうか。だが、今はフロウ帝より不審者の捜索を頼まれている状況だ。落ち着くまで極力出歩かないように」
不審者って誰だ? まぁ、何にせよ、まだまだぴりぴりとした状況みたいだな。
「気をつけますよ」
タクワンはすたすたと歩いて行く。なるほど、別にタクワンが指名手配されているとか、そういうワケじゃないもんな。普通に堂々としていれば、良かったのか。
まぁ、俺は見つかると面倒なコトになりそうだけどさ。何も悪いことしてないのに、なー。
―2―
《隠形》スキルで隠れたまま、南区に入り、建築ギルドへと向かう。こっちの区画も静かだな。フロウさんよ、こんな感じでやってけるのかい?
扉の閉ざされた建築ギルドの前に到着する。タクワンが代表して、その扉を叩く。すると中から声が聞こえた。
「誰ですか? 親方なら酒を飲んで、くだを巻いているので、仕事はお受け出来ませんよ」
この声は、丁稚のハウ少年か!
『すまない。元ノアルジ商会のランだ。こっそり中に入れて貰えないだろうか?』
俺は中の少年へと天啓を飛ばす。すると慌てたように何かが動く気配がした。そして、少しだけ扉が開きハウ少年が顔を覗かせる。そして、キョロキョロと周囲を見回す。
「どうぞ」
扉の外に居たのが俺ではなく、タクワンだったため、少し驚いたようだが、すぐに事情を理解したハウ少年がこちらへと手招きする。
俺は《隠形》スキルを発動させたまま、滑り込むように建物の中へと入る。
「ああ、その分かりやすい姿! 本当にラン様です!」
角の生えた鬼人族のハウ少年が喜びの声を上げる。
「奥に親方がいます。どうぞ、こちらへ!」
「私もいるのだが……」
無視された形になったタクワンが少し拗ねているようだが無視する。
「親方も喜びますよ!」
俺たちはハウ少年の案内で建築ギルドの奥へと進む。
そこには丸テーブルの前に座り込み酔っ払った鬼人族の親方がいた。角まで真っ赤だ。
「ハウ、つまみを……っ!」
『やあ、親方』
俺の姿を見た親方が大きく目を見開く。
「チャンプじゃねえか!」
いや、まぁ、そうだけどさ、今でも、その呼び方かよ。
「酷いぜ、あんたらだけで逃げてよぉ」
『すまない。時間がなかったのだ』
ま、まぁ、逃げたワケじゃないんだけどさ。
『親方たちは、どういう状況なのだ?』
俺の天啓に親方が荒く息を吐いた。
「俺らはよー、俺らをゴミみたいに扱っていた帝城の連中が成敗されたって聞いて、凄い喜んだのさ。ああ、これで良くなるって思ったさ」
まぁ、西と東に別れていて、西側は貧民窟になっていたワケだしな。俺が商会を作らなかったら寂れたままだっただろうからな。
「しかしよ、何も変わらなかった。いや、俺らを重用して、守ってくれていたあんたがいなくなって、余計酷くなった。フロウ帝は、よ、東側しか見てねぇんだよ。東側の連中はよくなっただろうさ。だが、俺らはどうだ。帝都の西側を不法に占拠している邪魔者扱いだ」
へ、そんなことになっているのか?
「俺らみたいな薄汚い連中は切り捨てるんだとよ!」
「そうなんです。新しくなった都にゴミは要らないって……」
ハウ少年と親方がうつむいている。
ちょっと、酷い状況だな。フロウって、そんなヤツだったのか? 俺のイメージだと使える人間だったら誰でも登用するみたいな感じだったんだけどなぁ。ま、まぁ、俺は闘技場での関わり合いしかなかったからさ。
『親方、良かったら俺のところにこないか?』
俺の天啓に親方が反応する。
『この帝都の遙か南に、俺たちが拠点とする城がある。そこで再起を図っている』
親方が大きく頭を振る。
「酔いが覚めましたぜ」
『どうだ?』
「俺の腕で良ければ、喜んで! ハウ、楽しくなってきたぜ!」
親方が自身の拳と拳をぶつけ、笑う。
「あの、ラン様。私、その話は聞いていなかったんですが……」
ああ、タクワンに説明していなかったか。ま、まぁ、そういうことだよ。
「しかし、遙か南となりますと、結構な旅になりそうだな」
『いや、それは、一瞬で移動する方法がある』
コンパクトを開けば一瞬だからな。
「そうですかい。ですが、それでも手ぶらというわけにも……ランの旦那、一日待って貰えませんか」
『構わぬよ』
「助かります。おう、ハウ! 急いで準備するぞ!」
「はい、親方! あ、ラン様、その間、ここで休んでいって下さい」
あいわかった。邪魔にならない程度にくつろがせて貰うよ。
―3―
翌日、俺の前には多くの人が集まっていた。
「ランの旦那、皆、信頼出来るヤツらばかりだ。こいつらも連れて行ってやって欲しい」
お、おう。
「もう、ここでの生活は無理です!」
「無駄に虐げられるのはいやです!」
西側は普人族以外の人種が殆どだからなぁ。結局、帝都でも神国と同じなのか。いや、神国よりはマシだったという感じなのかな。
――《剣の瞳》――
まぁ、危ない人はいないと思うけど、念の為だな。よし、赤い反応は、無しっと。
『新天地では、皆、一からやり直しになるんだぞ。それでも本当に構わないのか?』
俺の天啓に皆が頷く。
『わかった。皆、連れて行こう』
大工の棟梁とタクワンを連れて行くつもりが、大所帯になってしまったな。まぁ、戻るのは一瞬だから、別にいいか。今は人がいれば、それだけ助かるしな。
『では、皆、必要な道具類を持ったら手を繋いで欲しい』
さあ、行きますぜ。
「お、おい! あそこ、大通り!」
と、そこで大きな声が上がった。ん? 何かね?
俺がそちらの方を見ると、そこには兵士の集団がいた。うほ! やべぇ、急いでアイスパレスに戻らないと……って、うん?
兵士の集団は俺らの方に気付いていないのか、何やら、別の集団と揉めている。
あれは……蟻人族か?