8-14 穏やかな日々にて
―1―
アイスパレスを新たな拠点とするための活動が始まった。
ポンちゃんはアイスパレス内にある裏庭に何やら怪しい植物を植えている。
「ランの旦那、未開地だったからか、土が良い感じじゃんかよ」
ポンちゃんはしゃがみ込み、土を掴み舐めていた。えーっと、それで土の良さが分かるんですか? それと、その怪しい植物の種はどこから持ってきたんでしょうか? にしても、ポンちゃんまで俺のコトを旦那って呼ぶのか……。キョウのおっちゃんとかぶるな!
そして、その横ではミカンが生えていた木を斬り倒し、バラバラにし、木材を作っていた。
「主殿……か。やってみられるか?」
いや、あの、スパスパいきますね。そんな簡単にできるわけがないだろうが。そんなことを普通にやっているミカンが恐ろしいわ!
『その木材、何に使うのだ?』
俺が確認すると、ミカンが俺の背後へと手を振った。うん? 振り返ると、そこには、今にもスキップを始めそうな顔のフルールがいた。
「頼まれたのだ」
「そうですわぁ。頼んだんですわぁ」
あ、そう。
『フルール、その木材をどうするんだ?』
フルールは木材を手に取り、その質を確かめていた。
「良い感じですわぁ。ふふふん、見てて欲しいですわぁ」
フルールが懐から小さな短剣を取り出す。そして、何かのスキルを使ったのか、恐ろしい勢いで木材から何かを削り出し作っていく。
「完成ですわぁ」
それは木で作られた木槌だった。いや、まぁ、木槌だから木で作られているのは当たり前なんだけどさ。
「木のハンマーですわぁ」
いや、だから木槌だろ?
「さあ、どんどん作るんですわぁ」
フルールが木材から色々な道具を作り出していく。
『鍛冶用の道具なのか?』
俺の天啓にフルールが頷く。
「道具もなくなったので、一から作成ですわぁ。木から初めて、次に銅、鉄と優秀な道具にランクアップさせていくのですわぁ」
へぇ。
「というわけで! ランさま、銅や鉄のインゴットを持ってきて欲しいのですわぁ」
って、そこは俺任せなのかよ! それにさ、頑張っているフルールに余り言いたくないけどさ、俺が、帝都からさ、こっそりフルールの道具を持ち出したらいいんじゃないか? ま、まぁ、帝都の鍛冶作業場に道具が残っているかも分からないし、目立つ姿の俺が見つかっても面倒だし……。うん、フルールの好きなようにさせるか。
―2―
「いやぁ、狩りとか久しぶりなんだぜ」
キョウのおっちゃんが、捕まえたばかりの生きの良い野兎をテーブルの上に置く。ちなみに、このテーブルはフルール作である。
「小動物じゃんかよ。これだけだと数が厳しいぜ」
ポンちゃんが頭を光らせていた。いや、比喩だけどね、比喩!
「いやぁ、最近は解体ばかりだったんですが、腕は鈍ってなかったようです」
次にクニエさんが矢の刺さった大型の鳥魔獣をテーブルの上に置いた。
「おー、良い出汁が取れそうじゃんか」
ポンちゃんは嬉しそうだ。出汁とかに使うのはもったいない気がするなぁ。って、出汁を取るって文化があったのか!
そこへ自信満々なミカンが現れた。
「私も持ってきたのだ」
ミカンがテーブルの上に置いたのは毛の生えた巨大なミミズだった。
「ティガーワームじゃんか! お前、これ……」
大物を仕留めたミカンは得意気だ。
「凄く不味いんだぞ……。量はあるから食糧難の時は助かるだろうけどよ」
ポンちゃんの言葉を聞いたミカンは分かりやすいくらいにショックを受けていた。頭の上にガーンとか出てそうだな。ミカンは脳筋だからなぁ、食えそうとか、その程度しか判断していない気がする。そして、こいつは未だにエルポーションを使っていないようだ。お前さ、使う気がないならポンちゃんに上げたらどうだ? そうすれば、ポンちゃんの頭の……じゃない、足だって治るかもしれないじゃないか。今だって義足で苦労……してないな。まぁ、いいや。もう、好きにしたら良いと思うぜ。
さてと、本命の登場だな。
俺は魔法のウェストポーチXLからウェイストズースを取り出し、テーブルの上に乗せる。
「こいつは大物じゃんかよ!」
ポンちゃん大喜びだ。そりゃまぁ、迷宮都市の方まで行って狩ってきた代物だからな!
「こいつは腕がなるじゃんかよ! って、ランの旦那、これをどこから狩ってきたんですかい?」
何処でスカイ。
えーっと、うん、あっちの方だー。
「ランの旦那、皆との話し合いで事態が落ち着くまで動くのは禁止になったと思うんですがねぇ」
ポンちゃんがため息を吐いている。いやいや、ちゃんとこっそり活動したから、さ。
「そこの狩りの腕はイマイチですが、諜報に長けた御仁が頑張ってくれているんですから、もうちっと待ちましょうじゃんか。うちはただでさえ、ゼンラ帝なんて地雷を抱えているんですから」
「ランの旦那、すまないんだぜ。皆の境遇をよくしたいというランの旦那の気持ちは良く分かるんだぜ。俺は、あの子を先帝から託された。俺は先帝の恩には報いたいんだぜ」
キョウのおっちゃんが頭を掻いていた。あー、はい。
皆、結構、心配性だよな。確かに帝都や帝国領は、フロウの方針が分かるまで近寄るのは危険だと思うけどさ、迷宮都市や神国は大丈夫だと思うんだけどなぁ。
まぁ、神国は(大分変わってきたと言っても)普人族至上主義だから、普人族以外が構成の中心になっている俺たちが援助を求めるのは危険かもしれないけどさ。
「ま、このズースの肉は有り難く調理するぜ」
ポンちゃんが豪快に笑っていた。おうさ、美味しく調理してくれ。
―3―
皆の集合場所になっている謁見の間に入るとユエが居た。ユエと、そのちびっ子2人に……ゼンラ帝!?
ちびっ子2人は生まれてから、まだ、そんなに日数が経っていないはずなのに、もう立って元気に走り回っている。猫人族は子どもの成長が早いのかな?
小さな子猫が服を着て、ゼンラ少年の周囲を走り回っている。
そのうち、ちび猫の一人がゼンラ少年の体をよじ登り始めた。好き放題だなぁ。その少年は、ついこの間まで、大きな帝国で一番偉い人だったんですよ。まぁ、今はただの少年だがね。
「これが、いのち……」
元気いっぱいのちび猫二人にもみくちゃにされているゼンラ少年が無表情なまま、そんなことを言っていた。いや、何だろう、何か急に悟ったんだろうか。
「あ、ラン様。この子たち、どうにも懐いてしまったようです」
うん、何か大きなおもちゃだと思っているかのような勢いだよね。世が世なら、不敬だって殺されていたかもしれない所業だぜー。
まぁ、なんだ。ゼンラ帝を掲げて、帝都を取り戻す、とかやるよりもさ、この子は、ここで静かに暮らした方が幸せかもしれないな。キョウのおっちゃんも、別に国を取り戻すとか、そんなつもりはないみたいだしさ。
ま、国のトップなんて責任ばかりで、大変なだけだろうしな。