8-9 再スタート再出発
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さあて、勢いでアイスパレスにやって来たけど、これからどうしようかな。うん? そういえば、何で、この城の名前を知っているんだ? 何処で聞いたんだったかな? うーむ、覚えがないな。
皆が俺の周りに集まり、疲れたように座り込む。
「ラン様、ここは何処でしょうか?」
そして、ユエが躊躇いがちにだが、皆を代表して聞いてくる。ユエの周囲では、一番に聞いて欲しかったことだからか、皆がうんうんと頷いている。
『ここはアイスパレス。帝都より遙か南にある、『世界の壁』に近い場所だ。以前は氷の嵐に守られていた場所のため、知らない者も多いと思う。まぁ、キョウ殿やミカンは知っているはずだが、な』
俺の天啓を受け、皆が少し騒がしくなる。
「しかし、それではここも帝国領なのでは? 何か言われるのではないでしょうか?」
ファリンがおずおずとした感じで聞いてくる。あ、そうなの? やべ、俺、全然、考えていなかったぜ。
「いや、待って欲しいんだぜ」
キョウのおっちゃんが立ち上がる。
「ここが、あの氷の嵐に守られていた場所だというのならば、帝国領にはならない。帝国では氷の嵐の先が見通せなかったため、未開地とされているはずなんだぜ。それに『世界の壁』を放置していた帝国が、今更、ここに目を付けるとは思えないんだぜ。さらに、なんだぜ。フロウが上手く新しい帝国を築いたとしても、ここまで手が回せるようになるのは当分先のはずなんだぜ。さすがはランの旦那、上手い場所を見つけていたんだぜ」
お、おう。さ、さすがはキョウのおっちゃん、俺の考えを上手く皆に説明してくれたようだ。
「た、確かにそれなら再出発には良い場所かもしれません」
ユエが小さく拳を握りしめながら、そんなことを言っていた。いやぁ、俺の商会、かなり大きくなっていたもんなぁ。
でもさ、考えようによっては、これで帝国の縛りは消えたわけで、好き放題に手を伸ばせるってことじゃん。うんうん、前向きに考えよう。
「でも、凄い寒いですわぁ」
犬頭が恨めしそうにこちらを見ていた。見れば、皆、少し寒そうにしている。帝都も大概、寒い地域だったけど、更に南に位置するここだとさ、寒さはもっと酷いからなぁ。俺も結構、キツいです。
む、ミカンはちゃっかり水垢離の陣羽織に着替えているな。それ、水属性が無効だから、もしかして、寒さに強いのか?
うーむ、この寒さは何とかしたいなぁ。
って、水属性?
見れば漂っている靄は水や風が多いようだ。それが直接では無いにしても、間接的な原因で温度低下に繋がっているのか?
な、ならば!
出来るかな、出来るかな?
試してみよう。
――《魔素操作》――
この地に、この場所に溢れている魔素を操作し、作り替える。火や土、木なんかを増やしていくといいのかな?
一気にこの周囲全体の魔素を作り替えることは出来ないが、俺の周囲だけでも作り替えていく。
「あれ? 何だか、急に暖かくなった気がしますわぁ」
間抜けな顔をした犬頭がキョロキョロと周囲を見回していた。やはり、《魔素操作》スキルで何とかなりそうか。いや、でも、これ、この広さを調整しようと思ったら、もの凄く地道な作業だぞ。
はぁ、まぁ、ゆっくりとやっていくか。
「ラン様、ここは『世界の壁』に近いということですが、どのくらいの距離なのでしょうか?」
ユエの疑問……えーっと、どれくらいだったかな? 何で、『世界の壁』との距離が関係して――あ! 女神の休息日のコトか! そうか、避難出来る迷宮がないとヤバいのか。あー、この世界は、何というか、面倒なコトがあるなぁ。
「マスター、この城は、この地の者達が言うところの迷宮と同じ構成になっているようです」
羽虎の上の14型が無表情な顔のまま、そんなことを言った。何というか、表情は変わっていないが、凄く得意気に喋っているのが伝わってきたよ。つまり、ここは迷宮と同じだから、女神の休息日を気にする必要はないんだな?
「この屋上も迷宮として登録されているようです。ですが、その更に上は危険だと思われるのです」
迷宮として登録? ま、まぁ、これで問題の一つは解決だな。
後は、だ。
「ラン様はこの城の内部構造に詳しいのでしょうか?」
有能なユエが聞いて来た。こうしてみると、ホント、ユエってリーダーというか、有能だよなぁ。ユエが居なくなった、商会は大丈夫なんだろうか?
『すまないが、余り詳しくない』
俺が天啓を飛ばすと、ユエは一瞬驚いた顔になり、それでも何かに納得したように頷いたのだった。そりゃね、移動させた本人が詳しくないって、問題だよな! 俺もそう思うし、分かるよ! でも、仕方ないじゃないか。
「わかりました。とりあえずの生活拠点になりそうな場所と、何があるかの確認に向かいます。詳しい今後の話はそれからでもよろしいでしょうか?」
よろしいです。
『ミカン、一応、何の危険があるかわからない。護衛をしてやってくれ』
「了解です、主殿」
ミカンが残った片眼を閉じて答える。
……片眼? あー、そういえば、ミカンって片方の目、失ったって言っていたよな? 回復魔法でも治らないくらい古い傷になってしまったってさ。
もしかしたら……。
『ミカン』
俺はミカンに呼びかけ、取り出した小瓶を投げる。それをミカンが危なげなく受け取る。
「主殿これは?」
『体の失われた一部も治してくれる伝説級のポーションらしい。暇を見て使うといい』
俺の天啓を受けたミカンが驚き、慌てて手に持った小瓶を取り落としそうになっていた。
「こ、これは分かりました。大切に保管して命の危機の時には使わせて貰います」
そして、大事そうに懐にしまっていた。いや、違うからね! そういう意味じゃなくて、だな。
「おう、侍さんよ、ランの旦那は、だな……」
気を利かしたキョウのおっちゃんが説明しようと口開き、
「ラン様は、その目を治したらと言っているんだと思います」
ファリンに先に言われてしまっていた。キョウのおっちゃんは口を開けたまま、もごもごといい、拗ねていた。このおっさんは……。
そういえば、キョウのおっちゃんが連れてきた少年って、ゼンラ帝だよな。あのゼンラ帝だよな? どうしよう。これも、どうするんだ?
あー、これ、キョウのおっちゃんの話も聞かないと駄目かぁ。
まぁ、とりあえずは落ち着ける場所を見つけてからかな。
まずはベースキャンプの作成とする! ま、作る場所は城の中、なんですけどね。