さんだつていフロウのものがたり
「くせぇ、くせぇ、醜いオークどもの匂いがするな」
フロウが隠し扉を開けると、そこには隠れるように縮こまっている八常侍達が居た。
「1、2、3……ちゃんと8人いるな」
標的を見つけたフロウの口が楽しそうに歪む。
「な! フロウ、お前は!」
「お前は何をしているのか分かっておるのか!」
八常侍達が口々に好きなことを言い、わめき散らす。それを聞いたフロウは手に持った剣を肩にのせ、とんとんと軽く叩く。
「ぐちゃぐちゃ、うるせぇな」
そして、剣を突きつける。
「大人しく死んでろ」
剣を突きつけられた八常侍達は一瞬、怯えるも、すぐに騒ぎ出す。
「闘技場の主で満足していれば良いものを、我らが情けをかけてやったのを勘違いしおって!」
「そうじゃ、そうじゃ!」
「我らがかけた恩を仇でかえしおって!」
それを聞いたフロウは笑う。
「はは。何が恩だ。俺が闘技場の主程度で納まる器だと? お前らは俺を見誤ったようだな。その点、先帝は俺のコトをよく分かっていたようだな。最後まで隙を見せなかった。ま、最後はあっけなかったが、な」
フロウは笑い続ける。
「はは。お前らが好き勝手やってくれたお陰で動き易いな。民衆も、お前らが酷すぎたお陰で、新しく帝になる俺のコトを前よりはマシだろうと思ってくれるからな。統治し易くしてくれありがとうよ」
「な、な、な、何を言っておる」
「もう帝になったつもりか!」
「そうじゃ……む、くひっ」
突如、八常侍の1人が笑う。それに呼応するかのようにフロウの背後、死角から兇刃が迫る。
「くひっ、詰めがあまいのう」
しかし、兇刃が、暗殺者が、その刃ごと斬り刻まれ、消し飛ぶ。
「手練れがいて、逃げられてしまっただ」
新しく現れた、血に染まり光を反射する鋼糸を振るう男――その姿をみた八常侍が驚きの声を上げる。
「お、お前はダナン、人攫いのダナン! 牢に繋がれておったはず……」
「ダナン、お前が逃がすとは、な。まあいい、この帝都から逃げ出すことは出来ないはずだ。それに生き延びたところで力を失ったゼンラ帝なぞ、何の脅威にもならん」
フロウがダナンから八常侍達へと向き直る。
「誰が、詰めが甘いって?」
八常侍達が震える。
「ゼンラ帝から帝位を簒奪するつもりか!」
「簒奪した地位なぞ長く続くものか!」
フロウがため息を吐く。
「だから、お前らはゼンラ帝をお飾りにして好き放題していたワケか。お前らは頭は悪いが狡猾で、陰湿で、さらにしぶといときている。そして、権力も金も持っているからな。だから、お前らを消すために、確実に消すために、時を待ったのよ。お前らみたいなのを確実にやるには、一番確実なのは単純な力――暴力によって有無を言わさず殺すのが一番だ」
フロウとダナンが一歩前へと踏み出す。
「ま、待て。か、金をやろう。わしの財産の一部を、いや、半分をやろう」
「そ、そうじゃ、フロウ、お前を帝として認めて盛りたてようぞ」
「そうじゃ、そうじゃ」
「だから、わしだけは助けてくれ」
「な、こんな奴より、わしを」
「わしじゃ」
八常侍達が醜い争いを、言い争いを繰り広げる。
そんな中、1人だけが騒ぎを隠れ蓑に逃げようとする。
そこへ、壁を壊し、巨大な青い狼が現れ、その八常侍を踏みつぶす。
『おい、フロウ。こいつ、1人だけ逃げようとしていたぞ』
巨大な青い狼が牙を覗かせ笑う。
「ああ、フェンリル、すまんな」
『なあに、スターマイン様が動き出すまでの暇つぶしよ。それまではお前を手伝ってやろう』
巨大な青い狼は楽しそうに踏みつぶした男を転がす。
「な、な!」
「誰か、誰かおらぬのか!」
「こやつらを!」
八常侍たちが口々に叫ぶが、それに答える声はない。
「ふむ、動くものは全て斬ってしまったからのう」
八常侍達の前に一刀のみの剣筋が走った死体が投げ込まれる。
「先生、余り斬らんでください。そいつらは俺の部下になるかもしれないんでな」
現れた老人をみた八常侍が更に震え上がる。
「な! 剣聖!」
「なぜ、剣聖がフロウなぞに!」
「それだけ、お前らが、この帝都で癌だと思われているってことだな」
フロウの目つきは鋭い。
「ふむ。少々、おいたが過ぎるでのう」
剣聖は今すぐにでも八常侍を斬ろうという勢いで剣を握る。
「先生、ここは俺たちで充分ですんで、外でも見てきてください」
フロウのその言葉を聞いた剣聖は「そうか、そうか」と笑いながら、とても老人とは思えぬしっかりし過ぎた足取りで、外へと駆けていく。
「さて、と」
フロウは最後の締めにかかる。
「呪われろ!」
「後世に簒奪の血塗られた帝と呼ばれ続けるがいいわ!」
「お前のような者が! お前の行い女神が許すものか!」
「呪われろ、神罰を受けろ!」
八常侍達は取り乱し、大人げなく泣き喚く。
『おいおい、こいつら何を言っているんだ? 女神様に仕える星獣の俺がいるのに、その俺の前で女神様のことを言うなんて自殺願望でもあるのか?』
巨大な青い狼――フェンリルの言葉にフロウは笑い出す。
「ああ、愉快だ。さあ、帝都にはびこるゴミを綺麗にするか」
その日、大陸の半分を支配していた帝国が終わりを告げた。そして、新たに簒奪帝フロウの治める帝国が誕生したのだった。