8-7 それぞれの事情と
―1―
「むふー、ノアルジーさん、何をしたんです!?」
シロネの言葉に俺は笑顔で返した。
魔法学院に来た時に見た光景、俺が考えたこと――被害が少ないなんてとんでもない。ジョアンが頑張ったんだな。だから、こそ、これだけの被害で済んだんだ。
ホントに頑張ったよな。今は随分と大きくなったようだけどさ、俺が出会った時は鎧に着られているような、無駄に突っかかってくる餓鬼んちょだったのにさ。
それが一緒に旅をするようになって、無駄に大きな盾で俺やキョウのおっちゃんを守って、頼れる前衛になって、どんな時でも立ち上がって――本当に頑張っているヤツだったよな。
姫さんのために、姫さまのためだけの騎士になるって神国に渡って、ホント、こいつは凄いヤツだよ。
「ジョアンはもう大丈夫だ」
俺の言葉にシロネは大きく安堵の息を吐き出していた。
「この学院を守った彼に何かあったらと思うとですね……」
俺はシロネの言葉を手をふり止める。
「シロネ、ジョアンはゆっくり眠らせてやろう。疲れているはずだからな」
「むふー、そうですね」
俺はシロネと共にベッドのある部屋を出る。
「ところでだな、シロネ」
俺の言葉に、前を歩いていたシロネが足を止め、振り返る。
「ノアルジーさん、むふー、何でしょう?」
実は、な……。
「今更だが、ノアルジーとランは同一人物だと言ったら、どうする?」
「何を言っているんです」
シロネは笑っている。
俺を人里に――冒険者の道へ導いてくれたのがシロネだったよな。
「シロネ、これを見てくれ」
俺はリュックから一つの古くさい指輪を取り出す。
「これに見覚えがないか?」
笑っていたシロネの顔が、ゆっくりと真顔になっていく。
「いつも首から下げている指輪とは別の……これ……え?」
俺は大きく息を吸い、そして口を開く。
「俺とミカンとシロネで『世界樹』を攻略した時、最後の竜が持っていた指輪だ」
シロネが何度も俺と手元の指輪を見比べている。
「もう一度改めて言うぞ。俺がランだ」
シロネの動きが完全に止まった。
「そんな、そんな、むふー」
むふー、じゃないよなぁ。
「私は、ランさんが帝都に入っていて、でも私は、入れなくて、それでお祖母ちゃんが……」
そうか、シロネは俺が無事に帝都入りしたと思っていたのか。
俺は帝都でグラディエーターをやっていたんだけどな。魔獣として、奴隷として、命を賭けて戦っていたよ。
「私は、あれから、むふー、本当に大変で、助けて欲しくて」
ああ、そうか。俺が大変だったように、シロネも大変だったのかもしれないな。
俺がシロネに助けに来て欲しいと思っていたように、シロネも俺に助けに来て欲しいと思うような出来事があったのかもしれない。
俺がシロネを学院でのうのうと教師なんてやってやがってと思うように、シロネは俺のコトを上手くやって大商会のオーナーになんてなってるなんてと思ったのかもしれない。
俺はシロネを糾弾したかったのだろうか。
まぁ、シロネに謝らせて、それで罪を認めさせて、すっきりしたかったのは本当だよ。だって、俺は苦労したし、大変だったじゃん。
でもさ……。
心に余裕が出来て、ふと気付いてしまった。シロネにはシロネの事情があったんじゃないかってさ。
許す、許さないじゃない。
「シロネ、俺も大変だった。帝都では闘技場で戦うための奴隷として囚われ、その後も色々あったんだよ」
だから。
「シロネが俺に言いたいことがあるように、俺もシロネに言いたいことがあった。でもさ、お互いが、どっちの方が大変だったと言い合っても不毛じゃないか?」
シロネは驚き俺を見ている。
「だから、再会を喜ぼうじゃないか」
ね!
「むふー! 騙されません! 良い感じにまとめようとしてます! ノアルジーさんが、ランさんだったなら、今まで私をからかっていたのは! むふー!」
あー、うん。
意趣返しです。
てへへ、ごめん。
てへ、ぺろ。
「でも、本当に、また会えて良かったです」
そ、そうだな。
ところで、だ。
「シロネ、お前の祖母だが」
「はい?」
俺の言葉にシロネは首を傾げた。
「お前とよく似た森人族の女性を八大迷宮『世界の壁』と『名も無き王の墳墓』で見かけた」
それを聞いたシロネはにが虫でも噛み潰したかのような顔になっていった。
「え、ええ。はい。そうですね」
なんだか、シロネさんがむふー、むふーと繰り返し呟く機械になっているぞ。
「何だ、シロネも会っていたのか」
それがシロネの旅の目的だったみたいだからな。シロネは目的を叶えていたのか。
そう考えるとさ、一緒に旅立った3人の、仇を討つというミカンの目標、祖母に会うというシロネの目標、失われた魔石とステータスプレートを取り戻し復讐するという俺の目標。
全て叶っているんだな。
道は分かれたけど、目的は叶っていた。
なんだか、感慨深いなぁ。
「むふー。お祖母ちゃんは、この学院にあった妖精の鐘を持ち逃げして、八大迷宮の『二つの塔』に向かったはずです」
シロネさん、声のトーンが……。
「その後始末で、私が……」
まさか、シロネが学院に残っている理由に、そういうこともあるのか?
えーっと、だな。
「シロネ、良かったら要るか?」
俺は魔法のリュックから妖精の鐘を取り出す。もう、俺が『二つの塔』に行くことはないだろうからな。必要無いもん。
「そ、それはっ!」
「この学院にあったモノと同じではないが、同じように使える妖精の鐘だ」
まぁ、競売で! 恐ろしい金額で! シロネに伝えたら気絶しそうなくらいの金額で! 買ったものなんですけどね!
「むふー、よいのですか?」
よいのです。まぁ、ユエやファリン辺りが聞いたら、タダで渡すなんて、と怒りそうだけどさ、シロネは今でも旅の仲間だからな。
「嬉しいです……」
シロネは妖精の鐘を抱きかかえて泣き出した。
ま、こういうのもアリかな。
2021年5月7日修正
何か合ったらと思うとですね → 何かあったらと思うとですね