8-6 その力、甦るもの
―1―
垂れ幕の向こうからは時々、何かに耐えているかのようなうめき声が聞こえる。
この向こうにジョアンがいるのか?
五体満足なんだろうか? もし、何か負傷しているようなら、さっき鑑定し終えたエルポーションを惜しまず使ってやるからな!
なんというか、狙ったかのようなタイミングでさ、それこそ誰かに仕組まれているんじゃないかと疑うようなタイミングだけどさ――それで、ジョアンが助かるなら、その運命にのってやるぜ!
垂れ幕を持ち上げ、中に入る。そして、そこにジョアンは居た。
ジョアンはベッドの上に固定されるように丈夫な紐で結びつけられている。ジョアンは意識がないようだが、時々、思い出したかのようにうめき声を上げていた。
「これは……どういう状況だ?」
俺の言葉にシロネは首を横に振った。
「むふー。彼は戦いました。恐ろしく強力な魔族を相手に、何度も何度も立ち上がり、戦い続けました」
ジョアンの状態はどうだ? 外傷はないように見えるな。
「その勇敢な行動に、その姿に、私たちは勇気をもらいました」
何だろう、ジョアンの頭――額の部分に明滅する角のようなモノが見える。
「戦いの途中、何かの力が覚醒したかのように、むふー、彼の力が急激に増し、一時は魔族を――強力な魔族すら凌駕するほどでした」
生きているのは間違いないよな?
「しかし、先程、話したように、ステラを人質に取られ、戦いが終わった後、彼は気絶し――今の状態なのですよ」
うーむ。
「時々、思い出したかのように苦しみ、暴れるため、仕方なく、このような……」
気を失っているのに、暴れるのか。それほどの激痛が走っているってことか? それに急激に、それこそ覚醒したかのように強くなるってどういう状況だ?
まさか、俺の《限界突破》みたいに魔石を暴走させたのか? 確かにそれなら激痛でのたうち回るだろうな。
気になるのは、この額で明滅している角のようなモノだな。
「シロネ、この額の角のような、これは何か分かるか?」
しかし、シロネは俺の言葉に首を傾げた。
「ノアルジーさん、むふー、角とは?」
見えて……いないのか? こう明滅してバチバチと放電するような感じだぞ?
「むふー、回復魔法を使い、傷は癒やしたはずなのに、目覚めないのですよ。それどころか、何かが痛むかのように苦しむばかり……」
シロネの表情は暗い。
くそ、どういうことだ?
このエルポーションで治るのか? いや、しかし外傷がなく、傷は癒えている状態なんだろう?
いや、それでも試せることは試してみるべきだ。
「むふー、ノアルジーさん、それはポーションですか?」
俺は頷く。
「傷を癒やし欠損も治すというエルポーションだ。これなら、もしかしたら――試してみるが良いな?」
俺の言葉にシロネは驚き、何度も頷いていた。
「伝説級のアイテムを……、むふー、ノアルジーさん、あなたはいったい何者なのですか」
そうか、これ、伝説級のアイテムなんだ。そりゃまぁ、確かに普通では鑑定出来なくて、しかも八大迷宮の最後にあった宝箱の中に入っていたモノだもんな。売ったら、とてつもなく高そうだなぁ。
じゃなくてッ!
俺は、ジョアンの口に小瓶をあて、そのまま飲み込ませた。ジョアンに意識はないが、それでも、エルポーションはしっかりとその体に取り込まれたようだ。
……。
ジョアンの体がびくんと跳ね、一瞬、うっすらとした光に包まれる。ジョアンの表情が一瞬和らいだかと思った瞬間、すぐに苦しそうな顔に変わった。
どういうことだ?
効果がなかったのか?
いや、違う。効果はあったが、すぐに元に戻ったのか。このジョアンを苦しめている元凶をなんとかしない限り、無意味ってコトか?
考えろ、考えろ。
どうする、どうする?
俺は……。
俺は……。
……。
見ろ、考えろ。
そうだ、俺には、この《変身》した俺の体には、あらゆるモノを見通す赤い瞳があるッ!
よく見ろ、考えろ。
問題は――この角だろう。シロネには見えていない幻の角。
それに……?
他は?
赤い瞳で見ると、ジョアンの体に薄い膜のようなモノが見えた。これは、もしかしてSPか? MPを使って作る防御壁の代わりになるモノだったよな?
ジョアンのSPの膜はうっすらと広がったかと思ったら、すぐに消えてしまった。
SPの膜が作られ、消えるを繰り返している?
もっとよく見ろ。
俺は赤い瞳でさらに凝視する。
ジョアンの体の流れが見えてくる。
作られたSPが、額の角に吸収されている。
SPの元ってMPだよな? もしかして、ジョアンはMP回復、SPに充填、それを角に吸収、なくなったSPをMPから充填という感じで繰り返しているのか?
……。
これはMPの枯渇か。MPの枯渇が原因で気を失ったままなんだな。
となると原因は、この光る角か。これをなんとかすれば……。
いや、違う。
これが原因じゃない。
慌てるな。
考えろ、考えるんだ。
ジョアンの体をよく見るんだ。
……。
そこで俺は気付いた。ジョアンの体の中の魔石とそれを作っている魔素の流れがおかしい。循環していない。
魔石を暴走させた結果、魔素の流れが変わってしまったのか? これが原因か。
この世界の人は心臓のような魔石と血液のような魔素の流れによって形作られている――そうだ、そうだったよな。
それが狂っているなら、それを治せば良いはずだ。
しかし、どうやって?
俺なら出来るはずだ。
俺は出来るはずだ。
――《サイドアーム・ナラカ》――
――《サイドアーム・アマラ》――
スキルによって作られた手によって魔素の流れを変えるッ!
元に戻すッ!
【神業《魔素操作》が開花しました】
――《魔素操作》――
透明なスキルの手で魔素を掴み、動かしていく。時には魔素の構成自体を変える。
魔素を作り替え、流れを作り替え、人を作り替える。これでッ!
ジョアンの体の中の魔素の流れが正常に戻っていく。いや、戻していく。それに合わせ、苦しんでいたジョアンの顔が安らかなモノに変わっていく。
これで、もう大丈夫なはずだ。
2016年11月8日修正
8-7 → 8-6