8-5 すでに過ぎたこと
―1―
「魔族の襲撃? どういうことだ?」
俺はエミリアの両肩を掴んで揺するように聞く。俺が揺する度に豪華な髪型がぐわんぐわんと揺れる。あ、これ、意外と面白いかも。
「ちょっとー、やめてくださいまし」
あー、話が進まない。
「詳しい話を聞きたい」
俺の言葉にエミリアは大きなため息を吐いている。
「詳しい話も何も、魔族が襲撃してきたのですわ」
そ、そうか。詳しく話が聞ける人を探した方が良さそうだな。例えば、紫炎の魔女とかシロネとかさ。
「ところで!」
エミリアが俺の眼前に指を突きつける。な、なんでしょう。
「本当に、何処に行っていたのかしら?」
えーっと、アレだよ、アレ。
「すまない、実は勝手に学院の外に出ていたんだよ」
俺の言葉を聞いたエミリアは口に手を当て驚いていた。
「もう、ノアルジーさんは……。でも、それで逆に良かったのかもしれないですわ。外に出ていたお陰でノアルジー様に被害がなかったんですもの」
いや、俺は俺で大変だったんだよ。俺の方でも魔族の襲撃があって、それを撃退したり、八大迷宮を攻略したり、大変だったんだよッ!
「分かった。ところで、紫炎の魔女ソフィアかシロネはいないだろうか?」
俺の言葉にエミリアは「もう」と呟き、大きなため息を吐いていた。
「ソフィアちゃん先生は居られないので、シロネ先生の元へ案内しますわ」
おう、頼むぜ。
にしても、魔族の襲撃かぁ。魔族の動きが活発になってきたのかな?
豪華な髪型の少女の案内で学院の奥へと歩いて行く。建物の中は殆ど無事か。魔族は何のために、この学院を襲撃したんだろうな? アオは逃げたけどさ、もう、この神国には用がないんじゃないか? ヤツらの目的は『空中庭園』に乗り込むことだったみたいだからさ。それは阻止出来なかったからなぁ。結果、神国の首都ミストアバンは空から海に落ちたわけだけどさ。あいつらの目的は達成したんだろ? ホント、今更、何の用で襲撃してきたんだ?
にしても、相変わらずの豪華な髪型だな。豪華な髪型にする余裕があるくらい、襲撃から日にちが経っているってコトか。まぁ、被害が少なそうで良かったよ。
―2―
学院奥のベッドが並んでいる部屋にシロネは居た。
「の、ノアルジーさん!? むふー」
やあ、久しぶり。
「シロネ、状況を教えてくれ。あ、それと、エミリア、案内ありがとーな」
「もう! ノアルジーさま、シロネ『先生』ですわ!」
エミリアは頬を膨らまして、そう言うと来た道を帰っていった。復興作業に戻るのかな?
「むふー。今更、ノアルジーさんの行動や言動には驚きませんよ」
驚かせようとしているつもりはないんだがな。それよりも、だ。
「ノアルジーさん、むふー。その様子だと何も知らないようですね」
シロネが大きなため息を吐く。何だよ、シロネといい、エミリアといい、ため息を吐くのが好きだな。あまり、ため息を吐いていると幸せが逃げるんだぜ。
「魔族の襲撃があったのは一週間も前ですね。いえ、魔族の動き自体はもっと前からあったのでしょう。むふー。私たちが気付いたのが、その時でした」
へ? 一週間も前なのか……。だから、大分、余裕がある感じなんだな。
「ノアルジーさんが知りたいであろう情報を、むふー。ことの起こりから説明しますね」
さすが、シロネ。話が早い。
「最初は、魔獣の大群を擁した魔族の群れが現れたそうです。むふー。それを辺境伯が迎え撃ったのですが、その数に苦戦を強いられたようですね」
神国側にも世界の壁が伸びているからな。そこから魔族の侵攻があったのかな?
「本国からも応援を――セシリア姫が応援を派遣したようです。多くの騎士と、この学院からは紫炎の魔女が応援に向かったんですよ」
そう言った、シロネの顔は苦いものでも噛みつぶしたかのように歪んでいた。
「辺境での戦いは、かなり大きなものだったのでしょうね。むふー。もう重要ではないと思われた、この学院には、余っている騎士見習いしか派遣出来なかったくらいですからね。ええ、隣の騎士学校に在籍している騎士見習いの生徒が派遣されたんですよ。むふー。その1人は……ステラとも知り合いだったようですね」
ああ、なるほど。
「セシリア姫もソフィアちゃん先生も、もう、魔族がここを攻める――そんな価値はないだろうと思っていたようですねー」
俺も――シロネも『空中庭園』の戦闘には参加したからな。そう思って当然だ。もう、価値はないだろ?
「しかし、魔族は現れました。むふー。あのアオと呼ばれた強力な魔族と、その配下の魔族――見つからないように隠密行動を取っていたからか、少数でしたが、非常に恐ろしい相手でした」
そりゃあ、魔族だからな。にしても、逃げたと思われたアオ自身が襲撃してきたのか? それで、よく無事だったな。
「騎士見習いの彼がいなかったら――私たちは生き残れなかったでしょうね」
ジョアンのことかな? 頑張ったんだな。
「しかし……」
しかし?
「ステラを人質に取られ……」
おい、まさか。
「彼は倒れました」
お、おい、嘘だろ?
「ステラは、そのまま魔族に攫われ、行方が分かっていません」
シロネは、「むふー」と一言喋ると俯き静かになった。いやいや、どういうことだよ。
「その騎士見習いはジョアンという少年じゃないか?」
俺が聞くと、シロネは顔を上げ、小さく頷いた。マジかよ、本当にジョアンか。
「ジョアンは――今、何処だ? どんな状態なんだ?」
俺の言葉にシロネは首を横に振った。いやいや、だから、どういうことだよ。
「彼はノアルジーさんの知り合いだったんですね。むふー。こちらです」
シロネが奥の――中の様子が見えないように垂れ幕が架かっているベッドへ案内してくれる。
生きて……いるんだよな?