7-56 未来過去の亡霊
―1―
そこは暗い何もない空間だった。俺は落ちているのか、浮かんでいるのか、それすら分からない。
『よぉ』
そこへ何者かの声が、俺の頭の中に響く。これは念話か?
声と共に、それは現れた。
6枚の大きな羽を持った、見る者を幻惑する美しくも巨大な蝶がいた。何だ? ここは何処だ? この人のサイズくらいはありそうな大きな蝶は何だ? 蝶ってよく見るとグロいよね、じゃなくて、だ。
粉雪のようにキラキラと輝く鱗粉が待っている。もしかして、この蝶が念話を飛ばしてきたのか? だから、この空間は何なんだよ。
「ここは……?」
おや、普通に声が出た。
『気が付いたか。ここは、何処……か。俺からすると、ここはあの世かもしれないな』
へ? あの世?
「あなたはいったい?」
俺の言葉を聞いた蝶が笑った気がした。
『そんな畏まるなよ。俺は汝、汝は俺ってヤツだからな』
何だそりゃ。で、誰なんだ?
『そうだなぁ。俺のコトはヒョウとでも呼んでくれよ。種族は星光蝶。結構、レアなんじゃないかな』
月光じゃなくて、星光なんだ。
『俺はお前の可能性とか、そんなもんだと思えばいい』
可能性?
『俺自身、お前とこうして話が出来るとは思っていなかったからなぁ。お前がアイスパレスに来たことで何か深い所で意識が繋がったのかもしれないな』
アイスパレス?
『お前は、まだまだ忘れていることが多すぎる。まだ殆どのスキルを取り戻していないだろう?』
スキルを取り戻す? 何を言っているんだ?
『お前は突然、スキルが使えるようになったことがないか?』
確かに、危機に対して何かの力とか直感が働いて習得したスキルはあるけどさ。
『そんなさ、危機的状況だからって、都合良くスキルが習得出来るわけがないだろ。それは元々、お前の中に眠っていた可能性が、いや、思い出が、つぼみから花を開かせるように表へと出てきただけだ』
そういえば、習得したとかではなく、開花だったな。
「どういうことだ?」
光輝く幻想的な蝶が、少しだけ寂しそうな顔をする。
『お前は失敗するな、ってことだ』
失敗? 俺が何を失敗するんだ?
『俺はお前の中に眠っている、もう一つの可能性だ。俺みたいに失敗しないための、最後に勝つために、命懸けで残した可能性だ。それを忘れるな』
何だ、勝つって。いや、だから誰なんだよ。俺の深層心理さんとか、そういう感じなのか?
『もう俺と会わないことを祈っているぜ』
その念話とともに世界が消えた。
―2―
「本人が持っている回復力を強めたからね。これで目が覚めるだろう」
誰だ?
ここは……?
ああ、そうだ。
競売の途中で魔族が襲撃してきて、そのまま氷の城に飛ばされて、何とかレッドカノンを倒して戻ってきてみれば、ファリンが重傷で、魔石を精製して入れ替えて、そこで気絶したんだったかな。
よし、記憶はばっちりだ。
【《ダークブレス》が開花しました】
あれ? スキルが開花した。なんで、このタイミングで? しかもさ、いかにも魔獣が使いそうなスキルだぞ。ま、まぁ、後でスキルを確かめておくか。
「おや、芋虫冒険者が目を覚ましたようだ」
俺の側に聖騎士長のシメオンがいた。そして、何故か羽猫をなでている。そういえば、ナリンって、この人の故郷だったか。
『ここは? それに何故、あなたが?』
俺の問いに聖騎士長のシメオンは首を傾げ、笑った。
「ちょうど故郷がお祭りなのを思い出してね。その帰り道の途中で、たまたま、この子が魔族の待ち伏せを受け困っている所に遭遇してね」
それは、まぁ、何というか。
「にゃう……」
聖騎士長になでられていた羽猫が落ち込んだように頭を下げていた。
『その魔族は?』
俺の天啓に聖騎士長は首を横に振った。
「逃がしてしまったよ。故郷を、こんなにした相手だと分かっていたなら、命懸けで阻止したんだがね」
そうか。ま、まぁ、それでもレッドカノンだけでも倒せたんだ。これで赤と黒を降したから、残りは青と白か。もう、余り恨みはないけどさ、それでも降りかかってきたら振り払ってやるからな。
「さて、外の者達を呼んでくるかね。芋虫冒険者――君のことを心配していたようだからね」
そう言って聖騎士長が扉へと歩いて行く。そうか、ここは王宮の個室か何かなのかな。
にしても、どれくらい眠っていたんだろうか。競売の結果はどうなったんだろうか。
うーむ。