7-55 エミリオの活躍
―1―
スキルの力により、ファリンの体内に俺の作った魔石が埋め込まれ、そして、それが彼女の体と結びついていく。多分、ただ魔石を入れただけではダメなのだろう。《リインカーネーション》のスキルを使っているからこそ、新しい魔石として結びつくことが出来る――俺の勘がそう告げている。
となると、だ。今更だけどさ、診療所で黒髪の女が魔石を入れ替えていたよな。魔族のアオだけが使える特殊な技術というわけではないのか? それとも何か、そういうスキルが使えるようになる魔法具でも使っていたのか、いやいや、使っていた魔石に何か秘密があるのか……謎は尽きないな。飲み込んだだけで体に馴染んだ俺の場合は、例外中の例外というか、奇跡の類だろうしなぁ。
って、考えている場合か。
ファリンは……大丈夫か?
ファリンの様子を見ると、意識はないようだが、顔色が戻り、元気そうに寝息を立てていた。これで、大丈夫か。
「ランさま、ファリンは?」
フルールが心配そうな顔でこちらを見る。
『もう大丈夫だ』
そう、もう大丈夫だろう。
「ラン殿、さきほどの行為は……? 何やら魔石を埋め込んだように見えたのだが」
自身も傷付き、立っているのがやっとという様子のアルマが話しかけてきた。そうだな、アルマも治療しないとな。
アルマの問いには返答せず、周囲の魔素を取り込み、MPを回復させる。これでMPの回復が出来るとはいえ、吸える量に限りがあるからか、ゆっくりとしか回復しないからじれったいな。
――[ヒールレイン]――
少しMPが回復した所で癒やしの雨を降らせる。これで、とりあえずは大丈夫だろう。
さて、と。
『状況を教えて欲しい。それと、エミリオの姿が見えないようだが』
そうそう、エミリオの姿が見えないんだよな。
「マスター、エミリオは逃げた敵を追っています」
倒れたままの14型が口を動かさずに声を発する。うん、どういうことだ?
「ラン殿の騎獣は優秀だ。あの騎獣が、例の魔族には空からの攻撃が有効だと示してくれなければ、撃退することは難しかっただろう」
ある程度、傷の癒えたアルマが答える。あー、そういえば、以前にホワイトディザスターと戦った時、その場所に羽猫もいたな。ちゃんと俺の戦いを見て覚えていたのか。あいつ、意外と抜け目ないというか、優秀だなぁ。
『しかし、エミリオ一人で大丈夫なのか?』
アルマは首を振る。
「あの優秀さなら、危険を感知したら深追いはしないと思ったのだが、問題だっただろうか?」
いや、まぁ、羽猫だからなぁ。なんというか、心配じゃん。
「しかし、これで私たちはまたもノアルジー商会に助けられてしまった。返しきれぬ恩が出来てしまった」
アルマが頭を下げる。恩……か。まぁ、俺からすると降りかかった火の粉を振り払ったに過ぎないんだけどな。それが偶々、ナリン国を救うコトになっただけだ。
「そうであるぞ!」
と、そこで突然、俺たちの背後から大きな声が上がった。
「王様!」
アルマが驚きの声を上げる。振り返った俺たちの前に、いつの間にかカエルの姿をしたナリン国王がいた。
「私がナリン国王エカルテ・ノエル・ナリンなるぞ」
いや、それ、知っているから。これが、この王様流の挨拶なのか?
「ノアルジー商会、そして、なかなかなる者、ランよ!」
あ、はい。
「素晴らしい働きなるぞ」
随分と上から目線だなぁ。まぁ、王ってのは簡単に頭を下げたらダメらしいし、仕方ないのかな。
と、そこで付け髭を着けたカエル顔が笑った。
「と、普通なら、それで終わりなるが、ここにはアルマしかおらぬ」
うん?
「ほんと、助かったなるぞ。私からも言おう、ノアルジー商会には返しきれぬ恩が出来たなるぞ。ありがとう!」
カエルの王様が頭を下げる。へ? 頭を下げていいのかよ。
「そして、友好の証としてタクワンを、ランの商会に派遣しよう。表向きは人材研修なるぞ」
へ? あ、ああ! その件、覚えていてくれていたのか。
『いいのか?』
俺の天啓にナリン王は渋い顔だが、頷いた。
「本当はダメなるぞ。ノアルジー商会だから、こっそり、内緒で許可するのだ。アルマもよいな?」
「私は負傷で耳が聞こえていなかったようです。王とノアルジー商会の取引は聞こえませんでした」
「うむうむ。堅物にしては良い対応なるぞ」
ナリン国王の言葉にアルマはため息を吐いていた。これは裏取引というヤツなのか? ま、まぁ、何にせよ、これでタクワンと甘味の技術をゲットか!
『競売は続けるのだろうか?』
俺の天啓にナリン王は頷く。
「もちろんなるぞ。途中止めにしては、私の国が傾くなるぞ」
傾いちゃうんだ。
「残りの期間、ノアルジー商会も楽しむがよいぞ」
王様はそう言い残し、去って行った。自由な王様だなぁ。
さて、と。では……。
と、その時だった。
体の中で、何かが、いや、俺の魔石が悲鳴を上げる。
そ、そうか。
忘れていた。
限界突破の効果時間が……。
体中に激痛が走る。う、がががが、痛い、痛い。
切れた、俺の中の何かが確実に切れた。
死ぬ。
「マスター!」
「主?」
「ラン殿、ラン殿ー!」
「ランさま?」
皆の声を聞きながら俺は意識を失った。