らすとえんぷれす2
「姫さま、体が痛いのです」
暗闇を抜けた先に横たわっていた、その姿に――異形に、内心では声を上げそうになるが、それをぐっと堪える。
「姫さま……」
手を伸ばし、その体に触れる。
「あたたかい……」
蠢く何かが1つ脈動し、そのまま動きを止める。
「何なんです! これは何が……どうして、こんなことが……」
振り返り、側で見ていた青いフードの少女に詰め寄る。
「これが真実なのですよ。あの悪魔が行ったことの結果なのですよ」
青いフードの少女は、この場では多くを語らない。
「さあさあ、姫さま、お部屋に戻りましょう。そこで歴史の授業です」
青いフードの少女に誘われるまま、その場を後にする。その途中、一度振り返り、動かなくなった異形に黙祷を捧げる。
「姫さま、歴史の授業です」
青いフードの少女がささやく。
「あの悪魔が現れたのはいつだったか、それはもう分からないのですよ。最初に立ち上がったのは8人、いや9人の英雄だったと伝わっているのです」
「そのお話は私たちの国でもありました……」
「一人は千年を生きた少女、一人はその少女に恋した金の髪を持った男、一人は二振りの剣を持った男、一人は槍を持った少年、一人は月の名を持つ女、一人は退魔の力を持った男、一人は古き神の力を持った少女、そしてそれらを束ねる男……それが8人」
青いフードの少女の言葉は続く。
「8人と影の1人が悪魔と戦い、その結果はどうなったかは分かっていないのですよ。ですが、8人の英雄が消え、悪魔が残ったのですから、結果は分かりそうなものですよね。ふふふ」
青いフードの少女は静かに笑う。
「英雄のいなくなった私たちは、自分たちで戦う力を求めたんですよ。そして悪魔と同じ力を手にすることで対抗することに行き着いた。それが、あのヒトモドキ達が魔族と呼んでいる私たちの始まりなのですよ」
青いフードの少女は、そこで1つため息を吐く。
「しかし、力を手にすることを恐れ逃げた者達もいました。それが魔人族の祖先なんですよ。彼らは力を持たぬゆえ、悪魔に掴まり、逆に呪いをかけられ、そうである、という種としてくくられたのです」
「そうである……?」
「ええ。ふふふ、あらがう力を持たなかった――忌避したことへの罰なのでしょうよ。魔人族という種として、かつての人と同じまま魔の力を扱えぬものへと作り替えられたのですよ」
そこで青いフードの少女は手を大きく、何かを受け止めるように、空へと掲げる。
「そうなのです。純粋な人という種は、もう私たちしか残っていないのです。私たちだけが人として、この世界の支配者たり得るのですよ」
「でも……」
「ええ。ええ、ふふふ。ヒトモドキの巣で仲良く暮らしていた姫さまには思う所もありましょう。ですが、私たちは残された最後の人という種として、あの悪魔を倒さなければ、ならないのですよ。どれだけの犠牲をだそうとも、ですよ」
青いフードの少女はささやき続ける。
「その為に姫さまの結界を動かす力が必要になるのですよ。この地に封じられた私たち魔を統べるモノの本体が動けば、あの悪魔も倒せるでしょう。東はしくじりましたが、西の結界動力は落としました。後は姫さまが結界を動かしていただければ……」
「私は……」
「ええ。ええ、私たちは焦りませんよ。姫さまが、真実を知って、その気になるまで待ちますよ、ふふふ」