7-49 雪月花
―1―
「火属性は無効か……」
レッドカノンが呟く。
「姉上と両親の仇を!」
ミカンが長巻を縦に構える。
それを聞いたレッドカノンが突然笑い出す。
「あー、あー、居たな。そうそう、今、お前が着ている陣羽織でよー、今のお前と同じように得意気になっているネコ型のヒトモドキが居たなぁ」
「お前はぁぁぁっ!」
ミカンが叫び、長巻を振るう。ミカンが放った一撃を燃える拳で受け止め、跳ね返す。
「軽りぃんだよ! 俺様には、お前らヒトモドキの区別はつかねえがよー、お前、まさか、あの時のヤツの身内か! そうか、そうかよ! いいねぇ、いいねぇ」
「その口、黙らせる!」
ミカンの長巻から剣先も見えないほどの高速の連続突きが放たれる。
「復讐はいい。最高だぜ。世の中にはよー、邪念に囚われると剣先が曇るなんて分かったような偉そうなことを言うヤツがいるがよー」
ミカンから放たれた突きをレッドカノンの周囲に漂っていた赤い炎が動き弾き返していく。
「うるさい、うるさい」
ミカンの突きは止まらない。
「俺様はよー、そういう一途な思いが、この世界では重要だと思うぜ」
ついにミカンの突きが赤い炎を貫き、レッドカノンの体に刺さる。
「ほら、届いた。すげぇ、すげぇよなぁ」
そしてレッドカノンが口の端を上げ邪悪に笑う。
「が、足りねぇよ。所詮、ヒトモドキだよなぁ!」
その瞬間、レッドカノンの体に巻き付くように新しい赤い炎が吹き上がり、ミカンの長巻を溶かし、刺さっていた傷を埋める。
くそ、ミカン、頑張れ。こっちはこっちですぐに片付けて、お前のフォローに入るからな。
―2―
「ルビードラゴン、いつまで遊んでやがる!」
レッドカノンの叫びにルビードラゴンが咆哮で答える。
「俺様が命ずる、その形を変え、俺様の前の敵を倒す刃と成せ――ドラゴンファング!」
レッドカノンの言葉に応えるようにルビードラゴンが、その姿を変えていく。体が光り、小さく凝縮されていく。そして、一振りの真っ赤な剣となり、レッドカノンの足下に突き刺さる。
「やっぱりよー、武器としてはよー、剣が一番格好いいと思わねえか? お前も、そう思うよな!」
レッドカノンは竜が変化した剣を引き抜き、ミカンへと斬りかかる。ミカンは柄だけになっていた長巻を投げ捨て、腰に差していた刀を引き抜き、その鍔元でレッドカノンの剣を受ける。
「ほう、俺様の剣を受け止めるなんて、なかなかイイ得物じゃねえか!」
ミカンとレッドカノンの視線が交差する。
急に相手の居なくなった黄金妃が空中で視線を彷徨わせ、とりあえずといった感じでレッドカノンへと突撃する。
「雑魚はすっこんでろ!」
鍔迫り合いのまま、レッドカノンがミカンへと蹴りを放つ。ミカンはそれを後方へと飛び、躱す。そこへ黄金妃が飛び込む。しかし、その軌道を読んでいたレッドカノンが赤い剣を振り払った。
剣撃によって黄金妃の頭が押さえられ吹き飛ばされる。そのまま、こちらへ――俺の方まで吹き飛び、黄金妃は目を回していた。お前……、竜相手に時間稼ぎをしてくれたのはナイスだけどさ、一撃でやられるとか、いいところないなぁ。
黄金妃が、その姿を変え、元の羽の生えた靴に戻る。まぁ、俺もさ、いつまでも素足ってのは落ち着かないし、これで良しとするか。次はもっと頑張ろうな。
「うんうん、頑張るねぇ。俺様が戦った前のネコ型ヒトモドキよりも強いかもな!」
「私は、お前を倒すため、だけに!」
ミカンとレッドカノンが刀と剣を打ち合わせながら駆ける。
―3―
――[スリープ]――
――[ディスオーダー]――
目の前の鬼に魔法を放つが何も起こらない。くそ、無効化されているのか? それとも耐性が高いとか、そういう感じなんだろうか。楽させて貰えないぜ。
――[アイスランス]――
俺の手元から木の枝のように尖った氷の槍が鬼へと放たれる。鬼がそれを殴りつけ、叩き壊していく。そこへ真紅妃が飛びかかる。しかし、それを鬼が真紅妃の頭を片手で掴み、押さえ込む。
意外と、こいつ強いぞ。
もっと雑魚でサクサクッと倒してミカンの手助けに行くつもりだったのに――俺の油断か?
いや、それでも《変身》が出来れば……。ダメだな、出来ないコトを考えるのはよそう。今はまだ、ミカンとレッドカノンの力は拮抗している。その間に俺がコイツを倒せば!
――《百花繚乱》――
槍形態のスターダストから穂先も見えぬほどの高速の突きが放たれる。突きが鬼の体に風穴を開けていく。しかし、空いたそばから筋繊維が伸び、その傷を塞いでいく。やはり、こいつも再生持ちかよ!
俺が作った傷をものともせず鬼が片手で真紅妃を押さえつける。真紅妃の足下の氷のような床にヒビが入る。なんつう馬鹿力だ。
『真紅妃!』
俺の天啓に、頭を押さえつけられていた真紅妃が応える。真紅妃が槍へと、その姿を変える。急に支えがなくなった鬼が体勢を崩す。
俺はスターダストを剣の形態へと変化させる。
――《フェイトブレイカー》――
体勢を崩した鬼に剣の煌めきが降り注ぐ。斜めに、縦に、横に、斜めに、そして、運命を終わらせる必殺の一撃が鬼を貫く。
鬼の魔石が砕け散り、そのまま崩れ落ちる。魔石を失った鬼は再生することなく、そのまま動きを止めた。
俺は槍に戻った真紅妃を拾い、ミカン達の方へ振り返る。
―4―
「いやあ、楽しかったぜ! そろそろ終わりにしてやるよ!」
レッドカノンの言葉とともにミカンの足下に炎の柱が立ち上がる。
「無駄だ! 火の属性は効かない!」
ミカンはそのまま炎の柱を抜け、レッドカノンへ迫る。
「あー、確か、前のヤツも同じコトを言っていたなぁ」
レッドカノンの体から何か波のような風が一瞬だけ吹いた。そして、レッドカノンに必殺の突きを放とうとしていたミカンの動きが止まる。
「太陽風」
その言葉と共にレッドカノンが笑う。
ミカンが口から血を吐き、そのまま崩れ落ちた。
「お前程度は、よー。いつでも倒せたんだぜ? それでも相手してやっていたんだから、俺様は優しいよなぁ!」
レッドカノンが倒れたミカンを蹴り飛ばす。
「火属性無効、確かに俺様には天敵だ。しかしよー、日の属性までは防げねえんだよなぁ。つってもお前らヒトモドキに日属性なんてわからんか」
蹴り飛ばされたミカンが、刀にすがるように、力なくだが、それでもゆっくりと立ち上がる。
「まだだ!」
ミカンが刀を構える。
「おいおい、息があるのかよ。内臓が燃え腐るほどの力だぜ? 頑張るねぇ」
――[キュアライト]――
キュアライトで内臓を治す。
――[ヒールレイン]――
ヒールレインで傷を癒やす。
「なんだと!」
レッドカノンが驚いたようにこちらへと振り向く。おいおい、俺の存在を忘れて貰っては困るぜ。
『ミカンが倒れたなら、俺が傷を癒やす。そしてミカンの刃が、必ずお前を倒す!』
俺の天啓にミカンが頷き、刀を力強く握る。
「くそがっ! 星獣とはいえ、こんな雑魚魔獣も倒せねえのかよ! くそがっ!」
取り乱し叫ぶレッドカノンの元へミカンが駆ける。そして刀が煌めく。
レッドカノンの左腕が宙を舞う。
「がっ! くそがっ! くそがっ! くそがっ! 死ね! コロナバースト!」
レッドカノンから灼熱の炎が弾け、ミカンを貫く。
――[キュアライト]――
――[ヒールレイン]――
何度だって、何度だって、俺がミカンを立ち上がらせるぜ! といってもMPがキツくなってきたけどな。
「お前の負けだぁぁぁ!」
ミカンから相手を幻惑させるような美しい月の軌跡が放たれる。レッドカノンが刀を受けその身に深く大きな傷を作る。その瞬間、レッドカノンの傷から炎が吹き出す。そして切れたはずの左腕からも炎の腕が伸び、ミカンの持っていた刀を掴む。
「武器が無ければ何も出来ないだろうが、よーっ!!」
炎がミカンの刀をへし折る。
「お前ら、もう許さんぞ。その身に太陽の光を浴び、もだえ苦しみながら死ねぇ!」
体の傷から炎を吹き上がらせたレッドカノンが叫ぶ。
得物を失ったミカンがこちらを見る。
武器、武器、武器……? 俺が《飛翔》で飛んで……いや、待てよ。
『ミカン、受け取れ!』
俺は魔法のウェストポーチXLからネームレスを取り出しミカンへと投げる。力は未知数の無銘の刀だが、ミカンなら!
ミカンがネームレスを受け取る。ミカンは手に取った刀を見る。そして、何を思ったのか自身の血を指に取り、剣先に這わす。
刀身が輝き、刀に銘が入る。
「雑魚どもが、ゴミどもが、虫けらどもが、何やってやがる。人様の前に、俺様の前にひれ伏せー!」
レッドカノンから光が炸裂する。
ミカンが手に持った刀を円を描くように動かし、そのまま駆け抜ける。レッドカノンから生まれた光が斬り裂かれ、霧散する。
「お前、何を……!?」
「終わりです」
ミカンから舞い振る雪のような無数の剣閃が生まれ、そして見る者を幻惑する月の軌跡が生まれ、最後に無数の突きと共に真っ赤な華が舞い散る。
「ば、馬鹿な! 俺様がヒトモドキどもに!」
レッドカノンが右手を上げ、そして、その手から赤い剣が落ちる。
「お前らの顔と姿、覚えたからな!」
レッドカノンの断末魔の叫びと共に、その姿が消滅し、小さな斬り刻まれた人形となって床へと落ちた。