7-48 更に戦う者たち
―1―
視界が暗闇に閉ざされ、そして新しい世界が生まれていく。
「猫型のヒトモドキに、くそ芋虫、気付いたかよぉっ!」
レッドカノンの笑い声に目が覚める。
俺は慌てて周囲を見回す。俺の横では倒れたミカンが頭を振り払い、覚醒を促していた。
「ようこそ、俺様の城にぃぃ!」
俺の視界が赤く染まる。何か来るッ!
――《飛翔》――
隣のミカンを掴み、すぐさま《飛翔》スキルで飛ぶ。
「ら、ラン殿!」
《飛翔》スキルの力によってミカンが引き摺られる。今はミカンに気を遣っている場合じゃないッ!
俺たちが居た場所に巨大な拳が叩き付けられる。
「気付くのがもう少し遅かったら、何も知らずに死ねたのになぁ」
改めて声の方向を見る。
何か巨大な建物の外壁と思われる場所に寄りかかって笑っているレッドカノン。その後ろから、外壁に巨大なかぎ爪をのせ、顔を覗かせている赤竜。そして、俺たちの前には、先程、巨大な拳を叩き付けていた赤い鬼がいた。
「転送になれてないヤツらは、酔うからな。一発だと思ったんだがよぉ」
レッドカノンが頭を振り、こちらを見る。
「お前ら、転送になれてるの、か……いや、たまたまだよなぁ!」
にしても、ここは何処だ? 目の前の鬼と竜はレッドカノンの命令待ちなのか動こうとしないようだが、油断は出来ないな。
周囲を見回す。結構、広いな。足下の床は、透き通った氷のような、何か不思議な物質で作られているようだ。外壁も同じだな。ここを囲むように外壁が――まさか、何か巨大な建物の屋上か?
そして周囲には氷と風の嵐が吹き荒れ、この場を閉じ込めている。最悪、《転移》か《飛翔》スキルで逃げるか、と思ったが、この様子では飛び込んだ瞬間にぼろ雑巾になりそうだな。
俺は掴んでいたミカンの方を見る。まだ、完全に覚醒していないのか、足が震えているような状況だ。
『ここがお前の城か』
俺はレッドカノンに天啓を飛ばしてみる。すると、レッドカノンに微妙な反応があった。
「念話? いや、何だ、これは? お前、まさか星獣かよ!」
レッドカノンが興味を惹かれたようにこちらへと身を乗り出す。こいつ、本当に俺のコトを忘れているのか? 気付いていないのか?
「あんな神殿を守るくらいなら、俺様の王に仕えないか? ヒトモドキを守ってるよりも余程マシだと思うぜ?」
こいつは……。
「ラン殿、会話など不要だ」
先程までフラフラとしていたミカンが手に持った長巻を杖代わりに立ち上がる。もう少しか?
「ヒトモドキは黙ってな。あの悪魔の人形遊びに付き合う気はねぇんだよ」
悪魔? 人形遊び? いや、そんなことを気にしている場合じゃないな。
『お前は、鈍色の弧狼という名前の星獣を知っているか?』
レッドカノンは、一瞬、何かに気付いたかのような表情を作り、そして笑う。
「いいや、知らねぇなぁ」
そうか、知っているって事か。俺が神国で戦った、魔族に使い捨てにされた哀れな犬頭の星獣の名前だよ。こいつらの仲間になっても、あの星獣と同じ運命しかないって事だよな。
『ミカン、お前の仇だ。周囲の雑魚は任せろッ!』
俺の天啓に、立ち上がりレッドカノンを睨んでいたミカンが頷く。そして、駆ける。ミカンが復活する時間くらいは稼いだぜ!
―2―
「雑魚どものくせに粋がってんじゃねえ!」
レッドカノンの咆哮とともに俺の3倍はあろうかという二匹の鬼が動く。俺たちの前に視界全てが埋まったと錯覚を起こすほどの巨大な拳が左右から迫る。
『真紅妃ーーーーッ!』
――《真紅妃召喚》――
俺の手に持っていた真紅妃が、その姿を巨大な蜘蛛へと変えていく。巨大な蜘蛛が鋼鉄の足で拳を受け止める。もう一方は俺自身がっ!
「手助け不要!」
長巻を背に回したミカンが鬼の拳をすり抜ける。いや、すり抜けたように見えただけか? 周囲に刀を鞘に収めたカチンという音が響く。そして、駆け抜けたミカンが腰の刀の鍔を軽く叩く。
鬼の拳が途中から斜めにずれ、そのまま吹き飛ぶ。鬼の悲鳴が場に広がる。
ミカンは背後へと振り返ることなく駆ける。
「この雑魚どもがぁぁっ!」
レッドカノンから次々と赤い火の玉が飛び、それをミカンが陣羽織ごと飛び込み、物ともせず駆ける。レッドカノンへと駆ける。
「ルビードラゴン、あのネコモドキをやれ!」
レッドカノンの背後に控えていた竜が動く。
『雑魚は俺がやるって言っただろう?』
――《黄金妃召喚》――
俺の足を覆っていた靴が姿を変え、巨大な羽を持った人の倍はあろうかという蟻へと姿を変える。女王の王冠を持った羽蟻は、こちらへと振り返り、面倒臭いなぁとでも言わんばかりに歯をかみ合わせる。そして、すぐに仕方ないとでも言うように恐ろしい勢いで飛び出す。
大きな羽を持った羽蟻が竜に突撃し、その攻撃を逸らす。
ミカン、場は作ったぜ!
竜と羽蟻が、鬼と蜘蛛が、もう一匹の鬼と俺という芋虫が戦う。
―3―
黄金妃は空を飛び、竜の攻撃をかいくぐる。が、周囲を氷の嵐に囲まれ、自由に動けないようだ。黄金の妃の10倍近いサイズの竜は――その姿が大きいというだけで脅威だ。その攻撃に擦っただけでも致命傷になるだろう。結構、ジリ貧だな。早くこっちを片付けてサポートにまわらないと危ないか。
真紅妃と鬼の力は拮抗している。両方が殴り、殴られ、一進一退を繰り返している。魔族の用意した魔獣だからな、魔石を強化しているだろうし、こっちもキツそうか。
そして、俺の前には片腕の鬼がいた。まずはコイツを潰すか。
と、そこへ俺の後ろから犬の吠え声が聞こえてきた。俺の背後にある城内へと続くと思われる扉から、炎を纏った巨大な犬が次々と現れている。おいおい、増援かよ。まぁ、ここはレッドカノンの本拠地だろうからな、あり得るか。
――[ウォーターカッター]――
現れた炎の犬をレーザーのような水の放出で斬り裂く。と、俺の正面に赤色が広がる。そして、それを塗りつぶすように巨大な拳が迫る。
――《スパイラルチャージ》――
迫る拳をスターダストが生んだ螺旋にて迎え撃つ。拳と槍がぶつかり合い、火花を散らす。
――[ウォーターカッター]――
その間も水のレーザーにて炎の犬を処理する。
――[ディスオーダー]――
俺の魔法が発動し、鬼がよろめく。からのッ!
――[スリープ]――
混乱していた鬼は睡眠魔法にひっかかる。
――[ウォーターカッター]――
その間も炎の犬の処理は忘れない。
そして、死ねッ!
――[ナイトメア]――
俺から黒い手が伸び、眠り始めていた鬼の心臓部へと侵入し、そのまま魔石を握りつぶす。瞬殺だぜ!
鬼は一言うめき声を上げると、そのまま崩れ落ちた。
……睡眠魔法が効いて良かった。ま、まぁ、魔石を強化しているみたいだからな、またいつものように何度も蘇生されたら面倒だからな。
次は真紅妃のフォローか。
そこでミカンとレッドカノンの戦いを見る。ミカンがレッドカノンの作った魔法の炎の鞭を掴み、引き千切っていた。
「無駄です。火属性は効かない!」
これはミカンの勝ちか? やはり火属性を得意としている相手に、無効化装備を揃えたのが効いているな。
……って、アレ?
そういえば、ミカンの姉と両親、どちらかは分からないけどさ、炎の陣羽織を持っていたんだよな? それで、レッドカノンに負けたのか? 何かおかしくないか?
嫌な予感がする。