7-45 むいむいの商人
―1―
「ふん、死の商人風情が……」
震え上がっていたターバンのおっさんは、普通では聞こえないであろう小さな声でそれだけ呟くと、隣の席の男の方に向き直り、酒を飲み始めた。あー、あー、昼間から酒を飲んで……。
「ファリン、死の商人とはどういう意味だ?」
俺は隣のファリンにこっそりと聞いてみた。
「それはドラド商会が言っていたのでしょうか?」
俺は小さく頷く。
「ノアルジーさまの、この商会ではフルール様やフエ様が作られた武具を取り扱っています。それを踏まえて揶揄したのでしょう」
いやまぁ、いくら俺でも死の商人の意味は知っているけどさ。そうじゃなくて、だな。
「武具は魔獣の命を、時には人の命も奪う物ですから」
まぁ、確かにそうだけどさ。でもさ、余り言われても嬉しい言葉じゃないよな。
「ノアルジーさま、所詮、辺境の小国の商会の戯言とお思いください」
いやいや、ドラド商会って最大手じゃなかったのか?
「ファリン、うちの商会は、今、どの程度なんだ?」
正確には、どの程度、凄いんだ? だな。まぁ、ファリンなら普通に通じるだろう。
「ノアルジーさまが帝国の貴族ということを加味すれば、帝国でも上から数えた方が早いくらいの位置だと思います」
うへ。いつの間に、そんなに大きくなっていたんだ。
「ファリン、ドラド商会は最大手と聞いていたのだが、余りにもしょぼくないか?」
俺の言葉を聞いたファリンが小さく吹き出した。
「そうですね。あくまで帝国に属していない辺境の小国の中では、というくくりですから。ノアルジーさまから見れば、ただ古いだけの商会だと思います」
なるほど。そういうことか。
「その程度の商会が帝国貴族のノアルジーさまに逆らうのが間違いなんですよ」
最後にファリンはそう締めくくっていた。ぐ、むぅう。ファリンの考えは、それはそれで怖いなぁ。俺の商会に夢を見すぎている気がする。
―2―
運ばれ来た食事に舌鼓を打ちながら、次々と出品される競売の流れを楽しむ。
「意外と落札されないんだな」
「それはー、そうーですよ。初日ーですからーです」
そういうもんなの。
「ええー、本日、落札されなーかった商品は翌日に回されーます。余程の品で無い限りはー、皆、焦らないのーです」
へぇ、そうなんだ。3つしか購入できないって縛りがあるからな。確かに、それなら焦って入札しようってならないわな。
「では、次の商品はー!」
司会の人の話は続く。よく喋り続けて疲れないな。プロフェッショナルだぜ。
「侍クラスなら憧れの品、『炎の陣羽織』になります」
その瞬間、夢中で食事をしていたミカンの手が止まった。な、なんだと。ミカンの食事の手を止めるほどの品だというのか!
ミカンは、凄く切なそうな表情で舞台の上に現れた陣羽織を見つめている。
「ら、ラン殿、金貨を貸して……もらえないでしょうか」
ミカンはぷるぷると何かを耐えているように震えながら、懇願する。
「貸すのはいいけどさ、いや、返すアテがないだろ」
まぁ、ミカンも優れた冒険者だからさ、白金貨4枚分くらいは自力で稼げる力はあると思うけどさ。
「実家の道場を担保にすれば!」
……。
あのー、ミカンさん、それ、一番駄目なパターンだよ。それにミカンは実家の道場の当主ってワケじゃないよな?
俺の視線の意味に気付いたのか、ミカンは先程言ってしまった言葉を取り消すように「違う、違う」と呟く。そして、恥ずかしそうにうつむいた。
金貨32枚スタートで侍憧れの品だろ? 何処まで行くか分かんないような品じゃん。競う商会があれば、すぐに倍以上の金額になるだろうな。
まぁ、予定の品は、すでに1個ゲットしたしさ、それに元から競り落とせる商品に1つ分は余裕があるんだ。
俺も侍のクラスを持っているからな、俺用にゲットしてもいいか。そうだな、これは、あくまで俺用ということで、うんうん。
「ハルマ、入札だ」
俺の言葉にハルマが驚いたようにこちらを見る。ミカンも伏せていた顔を上げ、なんとも言えない表情でこちらを見る。
「ミカン、勘違いするなよ。これは侍のクラスも持っている俺のために入札するんだからな!」
「い、いや、分かっている。ただ、その、近くで見せて貰えれば、それだけで自分は満足だ」
そこまで欲しいワケじゃないのか?
ハルマが白い札を上げ、振り回す。
「何と、あのノアルジー商会がここで入札です。一日目で二品目です!」
そりゃまぁさ、まだまだ数日、競売は続くのにさ、一日目で二品も自分から入札する馬鹿はいないよな。誰も入札する気配がなければ、次の日にさ、自動的にまわるんだしさ。
「他はいませんか? 『炎の陣羽織』ですよ!」
しかし、誰も入札しようとはしなかった。どういうことだ? この陣羽織ってさ、結構、人気商品みたいなのに、何で、誰も入札しないんだ?
「誰も入札しないようだな」
俺の言葉を聞いたハルマは小さくため息を吐いた。
「先程、強烈な資金力を見せつけーた商会と競いたいと思うところはーないと思いーますよ」
あ、そうなの?
「では『炎の陣羽織』はノアルジー商会様が金貨32枚で落札です!」
何だろう、楽々ゲットだぜ!
―3―
初日の競売が終わり、次の日。
「ノアルジー商会の皆様、本日の目録を持ってきまーした」
この日もハルマが競売の目録を持ってきてくれる。
さーって、何か良い物はあるかな? 競り落とした商品がさ、その日の競売が終わったら貰えるのかと思ったら、全ての競売終了後だったんだもんな。まぁ、目当ての物が手に入ったら帰ってしまいそうな商人たちを拘束するための仕組みなのかもしれないな。
どれどれ、と。
俺が目録を見ているとミカンやフルールも興味津々と言った感じで目録をのぞき込んでくる。邪魔ですよー。
「ら、ラン殿これは!」
ミカンが驚いた視線のその先には……、
『水垢離の陣羽織』の名前があった。何々、金貨32枚スタート? 1,000万円もするじゃん! しかも、これスタート金額だからな!
ミカンがどうしようといった表情でこちらを見ている。いやいや、ミカンちゃん、さすがに今日は落札しないからな。
『これはどういった物なのだ?』
「強い衝撃を受けた際の、その衝撃を打ち消し、水属性をほぼ無効化する侍憧れの陣羽織なのだ。しかも着た者に癒やしの力が備わると言われている」
ほうほう。ゲーム的に言えば、打撃無効、水属性無効、回復効果? それとも回復魔法が使えるようになる、って感じの鎧か。確かに、そりゃあ、凄いな。
まぁ、でもさ、さすがに後一品しか落札出来ないのに、それでコレを落とすことはないな。
『ミカン、これが欲しいのか?』
「いや、こちらは、それほど欲しくはないのだ。ただ姉上と母上が持っていた幻の陣羽織が二品も出品されていたことに驚いただけだ」
へー、そうなのか。確か、ミカンの姉と両親って、魔族のレッドカノンに殺されたんだよな。両親や姉が装備していた憧れの装備――か。そりゃまぁ、そういった品なら欲しくはなるか。
それを考えたら、炎の陣羽織だけでも落札出来て良かったな。