7-38 挨拶、その前に
―1―
エミリオに乗ったまま王宮の中に入る。
入ってすぐはかなり広めのエントランスになっているな。正面には開け放たれた大きな扉、左右に開かれた大きな通路、と。正面の扉の先は渡り廊下――というか、中庭の中を突っ切る感じなんだな。
「にゃ、にゃ!」
王宮の中に入った所でエミリオが騒ぎ出した。何だ、重いから降りろって言ってるのか? 仕方ないなぁ。
羽猫の背中から飛び降りる。それに合わせて羽猫が元の小さな姿へと変わっていく。上に乗っていたままだったフルールがそのまま尻餅をついた。
「酷いですわぁ」
すぐに降りないフルールが悪いと思うんだぜー。
尻餅をついて、その場から動こうとしないフルールにファリンが手を伸ばしていた。ファリンはいい子だな。
「ラン殿、怪しい者はいないようだ」
殿をつとめてくれていたミカンが俺の元へと歩いてくる。あ、ミカン、いたんだ。いやぁ、存在感がなかったから、すっかり、いるのを忘れていたよ。
「ノアルジー商会の皆さんですね。ご案内しまーす」
と、俺たちが集まって会話している所で声がかかった。声の方を見ると、緩そうな感じの普人族の女性がいた。
「乗ってこられた乗り物は右の通路で預かりますので、もちろん食事などのお世話も私どもがー……あれ?」
エミリオは元の姿に戻ったからね。
「えー、こほん。改めましてー、左側が皆様の宿泊施設になっています。競売の間の一週間ほど皆様を飽きさせないよう誠心誠意、おもてなししまーす。しかしー!」
何だか、ノリが軽いなぁ。王宮って感じがしない。
「皆様方、ノアルジー商会の方々がおいでになったのでー、ほぼ全ての商会が揃った形になりましたー。それに合わせて王様からの挨拶があります。案内しますのでー、このまま正面をお進みください」
あ、はい。
「あー、申し遅れました。わたし、ノアルジー商会を担当させていただくハルマと言いますー。競売の間の短い間ですが、よろしくお願いします」
目の前の女性は、穏やかな表情を浮かべ緩そうな口調のまま、小さくお辞儀した。ハルマねぇ、まぁ、覚えておこう。
―2―
正面の開かれた扉を抜け中庭に作られた渡り廊下を歩いて行く。
「ノアルジー商会さんは凄いですーね。商人嫌いの王様が競売に参加させたいなんて言い出すことは初めてなんですよー。あの岩のような、思い込んだら一直線、周りの迷惑顧みず、な兵長のアルマさんも推薦したとか、聞きましたーね」
へぇ、中庭の中の方まで周囲の池が入り込んでいるんだな。お、この通路の真ん中の辺りが橋になっているな。その下を池の水が通っているのか。橋の上から眺めると、結構、風流な感じなんじゃないか?
おや? ここにも、外にいた水の上を歩く鴨がいるな。魔法的な力を発揮して歩いているんだろうか。それとも足から油がにじんできて浮かびます、的な感じなんだろうか。
「気になりますか? あれはグァグですね。卵が美味しいんですね。この競売にあわせて放し飼いにされてるんーです」
なるほど、アレが噂に聞いていたグァグか。勝手に鶏みたいなのを想像していたけどさ、鴨か。鴨かぁ。
タクワンは国から四匹ほど連れてきているって言っていたけどさ、こんな水の上を歩くような鳥が、よく帝都で生き延びられたな。それとも、しめる前提だったのかなぁ。
「ノアルジー商会さんは、今回、競売に初参加と聞きます。競売についての説明も私がします。どんどんと聞いてくださーい。あー、でも、今は王様の話が先ですからねー、詳しいことは後ですーね」
ハルマは良く喋るな。まぁ、多分、お客様を飽きさせないように頑張ってるからだろうけどさ、正直、沈黙の魔女さんを思い出す感じだよな。まぁ、あっちは、こちらを立てない思い込みのみのお節介で鬱陶しい感じなんだけどさ。
中庭に作られた渡り廊下を抜け、再度、建物の中に入る。
「この先が明後日から競売の会場になります。上と下に別れていますが、ノアルジー商会さんは上ですーね」
上と下か。何だろう、商会の権力で別れる形なのか?
緩やかに曲がった上り坂を上がり上の階へと進む。その先に作られた、屈強な兵士が守っている垂れ幕をくぐると、そこは大きなバルコニーになっていた。俺が見ても分かる精巧な作りの机や椅子には、すでに何組かの商人達が座っていた。へー、この位置なら座ってくつろぎながら、下の舞台が見えるな。
俺は勝手にバルコニーの先まで進み、下を見る。下には有象無象と思われる商人達が静かに息を潜めながら集まっていた。そして正面には大きく作られた舞台が見える。そこには、この間会った蛙の王様たちがいた。王様たちは暇そうに椅子に座ってふんぞり返っている。上からでも舞台の様子はしっかり見えるな。
それでも、何だろう、こっちは――上の階は、競売に参加するというよりも、商会同士の会談に使う場所って感じだな。
「ランさま……」
バルコニーの手すりに掴まり、下をのぞき込んでいた俺の元へファリンが駆けてきた。俺が振り返ると、すでに座って会談していた商会の連中が驚いた顔で俺の方を見ていた。
「な、なんだ、アレは……」
「あのような……」
はいはい、こんな姿ですいませんね。たく、姿くらいで驚くなってのって、思うんですよね。
『このような姿ですまない。驚かせただろうが、自分はノアルジー商会のオーナーをしているランだ。よろしく頼む』
一応、挨拶をしておく。
と、そうだ。一応、念の為。
――《剣の瞳》――
周囲に波が走る。座っている商会の人間たちは青か。護衛と思われる武装した人の中には黄色もいるな。っと、今更ながらだけどさ、武装解除とかされないんだな。護衛ごと入れるとか怖いなぁ。
って、アレ?
今、下の方の商人、おかしいのがいなかったか? 反応がなかったというか、波がすり抜けたような……。
――《剣の瞳》――
もう一度、《剣の瞳》スキルを飛ばすと、今度は下にいた商人が普通に青く光った。うん、見間違いか。
って、そんな訳あるかッ!
鑑定、鑑定っと。この距離でも届くよな。
【名前:ラスト・アジリティ】
【種族:魔人族】
【名前:ラース・アジリティ】
【種族:魔人族】
魔人族じゃねえかよッ! 何らかの偽装で《剣の瞳》はくぐり抜けたようだが、俺の鑑定までは誤魔化せなかったようだなッ!
『ハルマ殿、ちょっとよろしいか?』
俺の天啓を受け、ハルマがちょこちょことこちらまで歩いてくる。
「はい、なんでしょうー?」
『この競売は魔人族も参加出来るのか?』
俺の天啓にハルマは少し嫌そうに顔をしかめ、そして首を横に振る。
「参加出来るわけがありません。参加させません」
ま、そうだよな。
『あそこと、あそこの商人、魔人族だぞ』
ここのセキュリティ、がばがばじゃん。