7-31 ナリンについた
―1―
竜馬車が走り続け、夜には巨大な橋が見えてきた。何だ、何だ? 俺が想像していた橋の何倍も長いぞ。50から100キロメートル近い長さはありそうだ。良くこんなものを作ったな。いや、それよりも、それを維持し続けているコトの方が異常か。いやまぁ、長さ的にはさ、ナハンから半島に渡った時の方が長いよ、でも、あっちは生きた木で作られた自然の橋だからね。こっちは人工物だぜ? どうやったら、海の上にあるこの橋を作って維持が出来るんだか……。これも、魔法とかスキル的な力によるものなんだろうか。
「オーナーさんよ、驚いたか。すげぇだろ。しかしな、明日の昼前になったら、もっと凄いものがみえるぞ」
スキンヘッドのおっさんが自慢気にそんなことを言っていた。へー、そうなんだ。
橋の前で一泊し、夜が明けてから関所の中に入る。橋の入り口を覆うように作られた大きな石造りの関所の中には順番待ちと思われる沢山の竜馬車や人の姿があった。通れる時間が決まっているのか?
『まだ通れないのか?』
「まぁ、見てな」
俺の天啓を受けても、スキンヘッドのおっさんはニヤニヤと笑っているだけだ。
「何なんでス?」
シトリ達も興味深そうに橋を眺めている。ホント、何が起きるんだ?
俺達が関所の中で向こう岸が見えないほどの長さの橋を見ていると、それは起きた。
橋の下にある黒い海から何かが手を伸ばすように大きく持ち上がり、橋に絡みついていく。それは、どんどんと伸びていき螺旋を描くように、更に更に橋へ絡みついていく。橋が黒に覆われていく。
『何だ、アレはッ!』
いやいや、ホント、何なの? 魔獣? にしては黒い液体状だし……巨大なスライムか何かか?
「ここの住人は深淵に住むまぐろきものと呼んでいる」
スキンヘッドのおっさんのドヤ顔が小憎たらしい。にしても深淵だと? そういえば、この黒い海って、以前、俺が『異界の呼び声』と間違えた迷宮にあったものと似ているな。確か、あそこには黒い液体から作られた犬のような魔獣とかがいたよな? もしかして、この黒い海は似たような存在なのか?
「見ていろ」
橋の上を絡みつくように駆け抜けた黒い液体が消えると、そこには輝くように綺麗になった橋があった。
「この橋は、な。あのよく分からねえのが分泌した物質で作られているんだとよ。毎日、決まった時間に、ああやって分泌していくからな、俺が以前に来た時よりも橋が大きくなってるようだ」
何ソレ、恐っ! てことは、この橋って人工物じゃないのか? あの黒いスライムみたいなのが分泌した鉱石? が、たまたま橋のようになってるから利用しているだけってこと?
……改めて思うけどさ、異世界は怖いな。あのよくわからんのが気を変えて違う時間に動き始めたらどうするんだよ。それが橋を渡っている時だったら洒落にならないんじゃないか? 考えたくないなぁ。
―2―
何事も無く橋を渡りきり、そのまま竜馬車で進んでいく。途中、沢山いたはずの人々や竜馬車と別れ、人気の無い道へと進んでいく。辺りには緑が少なくなり、岩が増えていく。
そして、その日も終わり、次の日。
「もう、この辺はナリン領だな」
竜馬車を走らせているとスキンヘッドのおっさんが、そんなことを言った。そうか、もうナリンか。
「ナリンは帝国の属国なんだからよ、気を引き締めた方がいいぜ」
モヒカンは、迷宮都市の人間だからな、神国寄りの考えなのかな。俺が、帝国の貴族だから思うわけじゃないけどさ、帝国にさ、そんな怖い国ってイメージはないんだけどなぁ。
岩山の立ち並ぶ荒れ地を進んでいくと、空に大きな鷲のような魔獣の姿が見えた。3匹ほどの大きな鷲が同じ場所をくるくると旋回している。
「ありゃあ、見張りだろうな」
そういえば、ナリンでは移動用として大きな鳥に乗っているって聞いたな。アレがそうか。
荒れ地にしか見えないような道の途中で、また一泊する。
そして、次の日。
竜馬車が荒れ地を走り続け、やがて前方に石造りの建築物が見えてきた。
巨大な石の壁――それは周囲三方を巨大な岩に囲まれ、それを閉じるように作られた石の壁に守られた都市だった。
『あれがナリンか』
俺の天啓にスキンヘッドのおっさんが頷く。
「あそこがナリンの首都だな」
にしても見れば見るほど不便そうな立地の場所だな。ここまでの道も荒れ放題だしさ、けっこう辺境の寂れた国なのかもしれないな。途中、俺たち以外の旅人の姿も見なかったしさ、まぁ、周囲が岩に囲まれているし、盆地だからさ、守りには向いたトコロなのかもしれないけど……どう考えても不便そうだよなぁ。
こんなトコロで競売をするのか? 人が集まるのかねぇ。俺はちょいと疑問だね!
『この道といい随分と寂れたトコロのようだな』
俺の天啓を受け、スキンヘッドのおっさんが目を丸くし、そして大きく笑った。
「おうおう、この道はわざとらしいからな! 不便な方がいいんだとよ」
不便な方がいい? よー、わからんぜ。
石壁には巨大な門が取り付けられているが、それは閉じられたままだった。
「オーナーさんよ、門の前には小さな集落があるからよ、そこで門が開く日まで待つといいぜ」
スキンヘッドの言葉を聞き、大きな門の周辺をよく見てみると、小さなあばら屋のような建物が点々と作られているようだった。
へ? あそこで――あんな貧民窟みたいなトコロで待つのかよ。
『門は毎日開くわけではないのか?』
俺の天啓にスキンヘッドのおっさんは頭をぺしりと叩き「よく分からん」とだけ呟いた。おいおい、案内人がそれじゃあ、困るじゃないか。
にしても、随分と変わった国みたいだな。あんな石壁に閉じこもった国が周辺の山岳地帯とかを――この辺の領地を治めているんだろ?