7-28 吟遊詩人の実力
―1―
ニコニコと楽しそうにしている狐耳を乗せて砂竜船が進んでいく。こいつ、ホント、怪しいよなぁ。気絶していた時に鑑定しておけば良かったよ。そういうところはさ、今でも、ホント、抜けているよな。ま、まぁ、今の俺なら、それくらい跳ね返してやるって余裕だから、うん。
しばらく進むとまたも砂竜船が動きを止めた。
「おい、ウリュアスどうし……っ!」
スキンヘッドのおっさんが櫓の外に顔を覗かせ、そこで息を飲んだ。
「囲まれてるよー」
ウリュアスの声が聞こえ、俺も外を見る。周囲はいつの間にか魔獣に取り囲まれていた。甲羅を持った亀のような魔獣、大きな翼を持った鷲のような魔獣、砂を吐き出す巨大な蟹のような魔獣……何だ、この数。数十匹はいるな。
「おいー、ウリュアス、お前、ちゃんと確認してなかったのかよ!」
モヒカンが叫び頭を抱えている。
「疑うんじゃないんだぜー。ちゃんと確認してたけど、次から次に現れて、もう無理って状況なのー!」
ウリュアスも叫び返す。
そこでスキンヘッドのおっさんが狐耳の方へと振り返る。
「お前、何かやったな?」
それを聞いた狐耳がわざとらしく驚く。
「あー、魔獣寄せの香を使ったままでしたー」
香? 別に何も匂わないが? 俺も魔獣ベースっていうなら何か匂ってきそうなものだけどな……。
いや、ちょっと待てよ、そういえば、何故か、こいつを見ていると苛々するというか、何だろう、凄く敵意が湧いてきていたような。普段、俺が感じないような、そんな感じが、もしかして、これがそうかッ!
「ちっ、そういうことかよっ! お前にも手伝って貰うからな!」
スキンヘッドが大きく舌打ちする。
「それはもちろんです」
それに対して狐耳がにこやかに返答する。ホント、イラッとする笑顔だよなぁ。って、コレも香の効果か!?
「侍の嬢ちゃん、陣は使えるよな? 俺が前に出る。トンガリをフォローしながら陣を頼む。ウリュアスも後方を頼む。シトリはオーナーを守って待機だ!」
スキンヘッドが叫ぶ。えーっと、俺が出なくても大丈夫なのか?
「えー、私も動くと砂竜船動かなくなるよー」
「馬鹿野郎、この囲まれた状況だ。殲滅しねえと動くもクソもねぇ」
「ちぇ」
ウリュアスが悪態をつきながらも軽々と空を舞い、砂竜船の後方へと降りる。それに続くようにスキンヘッド、モヒカン、ミカンが砂竜船から降りていく。
「いやぁ、あなたが護衛対象でしたか」
残った狐耳がこちらを見て笑う。む、何だ? 俺だけになるのを待っていたのか? いや、でも、14型も羽猫も、それに一応、シトリもいるからな。
「同じ冒険者というだけで信用して出会ったばかりの僕と護衛対象を残すのは減点かなー」
減点? 何を言っているんだ?
「よし、僕も行ってきます」
そう言って狐耳は片目を閉じて微笑み、そのまま砂竜船から飛び降りた。重たそうな竪琴を持ったままよくやるよ。
―2―
砂竜船の上から戦闘を眺める。
魔獣の集団から外れたもの、飛び抜けたものをスキンヘッドが素早さを活かした格闘で押し戻し、叩き潰していく。ミカンは敵を倒すよりも敵に突破されないことを重視して動き斬撃を放っていく。
ウリュアスは一人で後方から迫る魔獣を相手取っていた。ウリュアスがいる後方は魔獣の数が少なく、彼女一人でも充分対処できているようだった。
狐耳が竪琴をかき鳴らすと目に見えて魔獣の動きが遅くなっているようだ。吟遊詩人は戦闘支援系なのか?
前衛の二人が傷を負えば、モヒカンが回復の魔法を飛ばし、余り負傷しないウリュアスの方は、シトリが拙いながらも回復魔法を飛ばしていた。
むむむ。
俺と14型の出番がない。羽猫も暇そうに俺の頭の上で欠伸をしている。
「マスター、お茶にしますか?」
14型ものんきにそんなことを言っていた。
今まで見たこともない魔獣が殆どで割と手強そうなんだけどさ、このメンツだと余裕そうだなぁ。
よし、お茶にするか!
この状況で、と驚いているシトリを放置して、14型とともにノアルジ商会謹製のお茶をすすっていると、モヒカンが戻ってきた。
「おい、なんだよー、それはよー! 俺にも一杯よこせよ!」
――[アクアポンド]――
モヒカンには真銀製のコップに入れた水を振る舞う。アクアポンド、熟練度1万を越えているのに進化しないなぁ。9,999が最高だと思っていたから、まさか1万を越えるとは思わなかったけどさ。もしかしてスキルの方じゃないと進化しないのかなぁ。
「うめぇ。いい水だぜ」
モヒカンが口をぬぐっていた。
『戦いは終わりそうだな』
「ああ。後ろから見てたからこそ、気付いたんだがよ、あいつが意外に的確な支援をしやがる。魔獣の動きを鈍らせたり、注意をひいたり……そのくせ、自分は戦闘に参加しねぇ。本当に何者だ」
世紀末なモヒカンが髪の無い場所を掻き毟っていた。
それからしばらくして皆が戻ってきた。
「もう、ここらには魔獣は残ってないはずだ」
スキンヘッドが疲れたように大きな音を立てて座り込む。そして、ミカン、シトリ、モヒカンの順番に顔を動かす。
「おう、皆もお疲れさん。何とかなって良かったぜ」
そして、涼しい顔の狐耳の方へと顔を向ける。
「で、お前はどういうつもりなんだ?」
狐耳が竪琴をかき鳴らしながら微笑む。
「いやあ、さすがはAランクに一番近いと言われたグルコンさんですね」
心地よい竪琴の音色が流れる。アレ? 何だか、気分が良くなって……!?
俺が慌ててステータスプレート(螺旋)を確認すると、先程、アクアポンドを使ったMPが回復していた。
「こいつは……?」
モヒカンが驚いたように狐耳を見る。
「癒やしの歌と安らぎの歌を交互に使ってます。傷とMPが回復しているはずですよ」
なんだと。傷が癒えてMPも回復って、どんなチートだよ! 吟遊詩人のクラス、俺も欲しいかも。でもさ、俺、音感がないからなぁ。
「お前、俺を試したのか! まさか、倒れいたのも演技か!?」
スキンヘッドが拳を地面に叩き付ける。いやいや、砂竜が驚くからね、止めて欲しいなぁ。
「いやぁ、倒れていたのは本当ですよ」
狐耳が照れたように耳の後ろを掻いていた。
「Aクラスのバーンの実力を見に神国まで行ったのですが、期待外れでした。噂はアテにならないですね。そこで次に目を付けたのがグルコンさんなんですよ」
今、さらっとバーン君をディスらなかったか? この狐耳やろう、何様だ? いやいや、落ち着け、落ち着け、俺。まだ香の力が残っているのか。
「何のつもりだ」
スキンヘッドが狐耳を睨み付ける。
「勧誘ですよ。僕たちのクランに入りませんか?」
その言葉を聞いたスキンヘッドは禿げ上がった頭をぽりぽりと掻いた後、怒鳴り始めた。
「そういうことは、よーっ! 護衛対象がいない時にやりやがれっ! 何かあったらどうするつもりだっ!」
それを聞いても狐耳は涼しい顔だ。
「その時は僕が何とかしますよ」
うーむ。香の力で惑わされていなくてもさ、コイツ、ムカつく嫌なヤツだと思っちゃうだろうな。
スキンヘッドが目を大きく開き、拳と拳をぶつけ合わす。
「お断りだっ! お前は次の町についたらたたき出してやる」
それを聞いた狐耳は肩を竦め、そしてこちらに振り返った。
「いやあ、星獣様、ご迷惑をおかけしました」
狐耳は涼しい顔で笑っている。
なるほど。
敵では無いが、嫌なヤツだなッ!