7-20 ほころびた結界
―1―
紫炎の魔女の話を聞いた後、何日か分身体でステラを監視してみた。
しかし、怪しい動きはなく、普通に講義を受けて寮に帰るという行動を繰り返していた。特に何もないよなぁ。何だよ、何だよ、本業を放棄して監視したのにさ、何も無いじゃん。やっぱり結界は閉じているってコトだよな。紫炎の魔女の勘違いじゃん。
そして、それは俺が本社に戻ろうかなぁ、と考えている時だった。
そろそろシロネの講義が始まろうというのにステラが現れない。あれ? あの子って、シロネの講義は外さなかったよな? いつも、いつの間にか講堂にいるようなイメージだったんだけど、どうしたんだ。体調不良……じゃないよな。
仕方ない、ちょっと探してみるか。
「あら、ノアルジーさん、どちらに行くんですの?」
分身体が席を立つとエミリアも立ち上がった。
「いや、少し忘れ物を」
「何を忘れたんですの? もう! ノアルジーさんの大好きなシロネ先生の授業が始まりそうですわよ」
いや、あの、俺、別にシロネの授業が好きなワケじゃないからね。じゃなくて、だ。何だか、このまま講堂から出ると、エミリアも着いてきそうなんですけど。いやいや、1人で大丈夫だからね。
「1人で大丈夫だ。今日はシロネの講義は休むことにする。心配しないでくれ」
よく分からないが、分身体の片手を上げ、シュタッと講堂を脱出する。エミリアは分身体の素早い行動にあっけにとられ、後を追うことが出来なかったようだ。
さあて、ステラを探しますか。といっても、学院の裏側に行ってみるだけなんだけどな。
途中、講堂へと向かっていたシロネとすれ違い、何か言いたそうな彼女を放置して、そのまま学院の外へ出る。
雑草の生い茂った学院裏に向かうと、そこにステラの姿が見えた。前回と同じように壁を抜け、結界の外へ行こうとしている。
これは、どういうことだ?
姫さまは確かに結界の綻びは閉じたと言っていたよな? 何で、ステラが外に出れるんだ?
壁に偽装してあるし、これは元からあった結界の綻びなのか? いや、元からあったのなら綻びと言わないな、裏口か。元からあったものだから姫さまが結界を修復しても、そのままだったと。うーむ、その可能性が高そうだな。でもさ、それなら学院のトップである姫さまが知らないのはおかしく無いか?
むむむ。
まぁ、でもさ、これで俺も出入りがし易くなったしさ、今度、外出して姫さまに聞いてみるのが手っ取り早いよな。うむ、それが一番だな。
―2―
――《飛翔》――
深くフードをかぶり、霧の中を目立たないように飛んで行く。日が落ち、薄暗くなった空の中、王宮近くにある姫さまの別荘まで飛び、そこへ降り立つ。
勝手知ったるなんとやらでもないが、そのまま2階の窓から屋敷の中へと侵入し、姫さまの部屋を目指す。
と、その途中で声がかけられた。
「何が侵入したかと思ったらランか」
ああ、赤騎士さん、こんばんは。
「こんな時間にどうしたんだ?」
『セシリア姫は在宅か?』
赤騎士は肩を竦める。
「俺が居る時点で分かるだろ? 奥で食事中だ」
ふむ。食事の邪魔をするのは悪いか。
『何処か適当な部屋で待たせて貰っても?』
「案内するぜ」
赤騎士が呆れたように笑い、俺を案内してくれる。
「にしても、なんでこんな時間に」
『この姿だからな。目立たない時間となるとこうなるのだ』
俺の天啓を受け、赤騎士は再度肩を竦めていた。
案内された客室でしばらく待っていると姫さまがやって来た。
『突然の来訪すまない』
「良いのじゃ。公務がサボれて良いのじゃ」
おいおい、姫さまってば、こんな時間でも働いているのか。
「姫さま!?」
青騎士が姫さまの言葉に反応する。
「む。王宮には、無駄に口うるさくて、無駄に優秀な者が多いのじゃ。わらわが居なくても、ある程度は大丈夫なのじゃ」
あー、うん。姫さまは姫さまで忙しそうだなぁ。
「で、ランよ。何の用なのじゃ」
そうだった、そうだった。
『セシリア姫、学院の結界について聞きたいのだが、よろしいか?』
俺の天啓に姫さまが頷く。
『前回、セシリア姫は結界の綻びを閉じたと思うのだが、再度、綻びが発生している』
「そんなはずはないのじゃ」
まぁ、姫さまの仕事を疑っているワケじゃないんだけどな。
『学院の裏側に何か特別な裏口をわざと置いている、何てことは無いだろうか?』
「ありえないのじゃ。ランには話したはずじゃ。学院を危険に晒すことは出来ないのじゃ」
うーむ。やはりそうか。
『前回と同じ場所に結界の綻びが発生している』
俺の天啓を受け、姫さまが腕を組み、むむむと難しい顔で考え込む。そして、顔を上げた。
「明日、もう一度学院に向かう必要があるのじゃ」
へ?
「姫さま!?」
青騎士さんも驚いているじゃん。
「カーよ、準備をするのじゃ」
「姫さま! 明日の公務が!」
青騎士の悲鳴に姫さまは楽しそうに笑う。
「良いのじゃ。あやつらは、優秀なくせに、わらわに仕事を押しつけすぎるのじゃ」
姫さまは不満そうに口を尖らせている。
「でも引き抜かれたのは姫さまでは……?」
そして、青騎士が、そう呟いていた。
何だろう、俺のせいで王宮の仕事が停滞しそうな雰囲気ですね。まぁ、でもさ、このステラの問題も早く片付けたいからな。そうじゃないと紫炎の魔女が怖くて仕方ないよ。俺が燃やされそうだもん。