7-13 姫さま学院訪問
―1―
祝賀会は夜まで続いた。
ファット団の連中が舞台の上で上手くもない歌を歌い、フルールがよく分からない新作の装飾品をユエにプレゼントしたり、空気の読めないスカイがファットとユエのために作られたケーキに手を出したり、商会の皆々が食事に会話に、と、和やかな雰囲気のまま時が流れていく。
14型に命令して周囲の警戒を行い、俺自身も《剣の瞳》で怪しい人物が居ないかを探る。そこまでしていたのが馬鹿らしくなるくらいに、祝賀会は普通に終わった。
うーむ。こういう会を狙って八常侍の連中がちょっかいでもかけてくるかなぁ、なんて思ったけどさ、杞憂だったか。
―2―
「ノアルジーさん」
――《分身》――
その言葉を聞いた俺はとっさに分身体を作り出す。
――《魔法糸》――
俺はそのまま天井に張り付き、
――《隠形》――
《隠形》スキルで気配を消す。
「入りますよ」
俺の部屋に入ってきたのは寮母の沈黙の魔女さんだった。
「最近は、学院の方で寝泊まりしていると聞きますけどね、たまには寮に帰って下さいね。魔法を学ぶことが楽しいのは分かりますが、体を休めるのも重要ですからね。無理をして体調が悪くなれば、それだけ……」
長い。だから、話が長いってば。それと、俺は別に学院で寝泊まりしているわけではなく、ここに居ない時は本社に戻ってるだけなんだけどな。まぁ、それはわざわざ言う必要も無いか。
「……というわけなんですよ」
へ? 完全に聞き流していたけど、何だ?
「ノアルジーさん、聞いていましたか? これからセシリア姫さまが、こちらへと視察に来られます。私たちは、その準備をしないといけません」
はー、へー、そうなんだ。で、準備って何をするんだ?
何だか、よく分からないまま、寮生の全員が追い出され、学院の敷地内の掃除をすることになった。えーっと、これ、裏の生え放題の雑草とかも掃除するのか? さすがに日が暮れるぞ。目に見える場所、結界の入り口から学院前だけでいいよな。
――[クリーン]――
これで綺麗になるだろ。面倒なのでクリーンの魔法を唱えて綺麗にしていく。
「おやおや、子猫ちゃんは変わったことをするね」
「非効率ぅ」
あ、ダンソンさんとメディアさん、ちーっす。お二人が掃除とか似合わないですね。
「もう、ノアルジーさん。クリーンの魔法だと対象物しか綺麗に出来ないからMPの無駄ですわ」
豪華な髪型のエミリアから指摘される。あー、確かに。まぁ、それは数でカバーするからさ。俺には体を動かして綺麗にする方が合わないんだぜ。といっても分身体だから疲れるわけでもないんだけどな。
しばらく掃除を続ける。そして、ある程度、目に見える場所が綺麗になった所で終了となった。
その後、結界入り口にて整列し、セシリア第三王女さまを待つことになった。えーっと、セシリーが来るまで整列したままで待つのか。何というか、大変だなぁ。まぁ、俺は分身体だからさ、本体は寛いでいるんだけどね。
それから二時間後、結界の外に豪華な飛竜馬車がやって来た。やっと来たよ。凄い、待たされたぁじゃないか。
飛竜馬車から姫さまと護衛の赤、青、両騎士が降りる。その姿が見えた瞬間、整列していた皆が膝をついた。へ? さーっといったね、さーっと。離れた所に立っていた教師陣も膝をついている。
赤と青を結界の外に待たせ、姫さま1人だけが結界を越えて学院の中へと入る。
「ノアルジーさん」
分身体の隣に居た少女が声をかけてくる。何かね。
「あの、姫さまが、あの……」
ああ、分身体の膝を折らせていないな。いや、だってさ、俺が膝をつくのは違うじゃん。
1人だけ立っている分身体が目立つからか、姫さまが分身体――俺の方へと歩いてくる。
「ほ、ほら、姫さまが……」
分身体の隣の子はあわあわして大変だ。大丈夫、大丈夫なんだぜー。
姫さまが立ったままの分身体をじろじろと興味深そうに眺める。
と、そこへ1人の少女が前に出た。
「申し訳ありません。彼女は……」
えーっと、確か、このおっとりとした生徒会長的な少女はフェンだったかな。よし、俺の記憶力凄い。
「よいよい」
姫さまは立ったままの俺をかばって、フェンが喋ろうとしたのを止める。この国の権威とか権力とか分からないけどさ、他の子をかばうために王族の前に出て意見しようとするとか勇気があるなぁ。
「もしかして……ランなのじゃな!」
「正解」
姫さまはにしししと笑っている。
「今はノアルジだよ」
「わかったのじゃ。ランが学院に居ると聞いてはいたが、こういう絡繰りだったのじゃな」
あー、そういえば分身体は説明していなかったか。姫さま的には《変身》スキルで潜入していると思っていたのかもしれないな。でも、あれ、常には使えないから、使えないからッ!
「ノアルジーはわらわの友人なのじゃ。そこの者も気にするでない」
フェンが膝をついたまま頭を下げる。
「ノアルジーは変わり者ゆえ、大変だと思うが、仲良くして欲しいのじゃ」
う、姫さま。まるで俺の保護者みたいなお言葉ですね。いや、まぁ、確かにさ、俺の協調性のない行動は迷惑かけていると思うよ。でもさ、譲れないコトってあるじゃん。
「ランもランなのじゃ。他の生徒や教員に説明しとらんのか?」
「学院では一生徒だからね」
分身体の肩を竦めさせる。
「それでも友人には膝を折りたくないんだよ」
「わがままじゃのう」
姫さまは楽しそうだ。