7-9 タクワンを勧誘
―1―
心ここにあらず状態のエミリアを放置して本社へと戻る。
そこで本社の調理場へと戻ろうとしていたタクワンを呼び止める。
「何の用です?」
ぐにゃーっと広がったペルシャ顔のタクワンが振り返る。
「今日出されたケーキはタクワンが作った物で間違いないな?」
俺の言葉にタクワンが何度も首を傾げ、やっと納得がいったのか手を叩く。
「ケーキ、ケーキ……。ああ、そうです」
「あれはどうやっているんだ?」
この世界にスポンジケーキがあったことに驚きだよ。もしかすると俺以外にも誰か元の世界のことを知っている人間がいるんじゃないか?
「お、おい! オーナー、レシピを聞くのは御法度じゃん!」
慌てたポンちゃんが俺を止めようとする。いやいや、違うからね。
「アレは誰かから聞いて作った物か?」
ペルシャがムッとしたようにこちらを睨む。むむ。
「タクワンの国では良くある料理なのか?」
「アレは! 私が考えた物です!」
あ、ちょっと怒っているぽい……。料理人の自尊心を傷つけるような言い方をしてしまったか。
「卵と牛乳、それに小麦粉を使った料理だよな?」
俺の言葉を聞き、ペルシャが怒り顔を鎮める。
「ほう、よくご存じですね。アレはグァグの卵を使った料理です」
当たりか。にしてもグァグって何だ? 鶏みたいな生き物か?
「なるほど、グァグか」
とりあえず知ったかぶってみる。
「ええ、鮮度を保つために、国からこちらに4匹ほど連れてきてます」
やはり鶏みたいな生き物ぽいな。うーむ、この帝都で飼育出来るなら、量産したいなぁ。卵料理最高だよね。
「タクワン、君をノアルジ商会へ引き抜きたい」
そうそう、スポンジケーキをゼロから開発するような料理人、是非、欲しいからな。
「今回は我が国に恩のある貴族の要請ということで来ましたが、それ以上は国王と相談して欲しいです」
何だろう、キリッとした顔で拒絶された。にしても、国王か。
「ポンちゃん、タクワンを雇っている国は何処だ?」
とりあえずポンちゃんに聞いてみよう。
「だから、ポンちゃんは止めろって。タクワンなら帝国領のナリンじゃんかよ」
さも、当然とばかりに言いますな。それだけタクワンって料理人が有名ってことか。ナリンか。行ったことが無いなぁ。
「分かった。今度、ナリンに行って、その国王と相談してみよう」
俺の言葉を聞いたタクワンが驚きこちらを見る。瞳孔開いてますよ。
「本気ですか」
本気だぜ。
「すぐではないが、覚えておいてくれ。まぁ、タクワンが嫌なようなら無理強いはしないが」
タクワンは首を横に振る。
「いや、このような大きなところで腕を振るい、そして私の力を広められるのは願ってもないことです。しかし、優れた料理人は国の宝。国王が私を手放すとは思えませんよ」
この猫、自分で優れたって言っちゃったよ。
にしてもナリンかぁ。行ったことがないんだよな。山岳地帯の近くで砂漠の手前ぽいらしいが、うーむ。ま、そのうちだな。
―2―
それから数日が経ったある日のことだった。
何故か紫炎の魔女が俺の寮にやって来た。
「虫、入る」
だから、虫じゃねぇって言って、って、おいおい、少しくらい待てよ。
――《分身》――
《分身》スキルを使い、急ぎ分身体を作成し、扉を開ける。
「遅い」
はいはい、で、何の用ですか?
「ステラ」
ステラがどうしたんだ?
「様子がおかしい。監視を」
へ? 何だ? ステラの様子がおかしいから監視しろってコトか?
それくらい自分でやればいいのに……。
「生徒同士」
はぁ、なるほどね。で、俺に何のメリットがあるんでしょうか?
『報酬は?』
俺が天啓を飛ばすと紫炎の魔女は口をへの字に曲げた。そして、お子ちゃまローブの袖に手を入れ、そこから何かを取り出し、恐る恐る、こちらへと差し出す。
って、銅貨かよ! しかも1枚じゃないか!
もうね、何なの、何なの、この子!
そして、捨てられた子犬みたいな瞳でこちらを見る。
はぁ、なけなしのお金ってことか。わーったよ、分かりました。分かりましたよ。
『また今度、何かあった時に手を貸してくれたら、それでいい』
もうね、もうね! 紫炎の魔女さんは貧乏なんですか? 学院から給料が出てないんですか? 有名人なのに、何で、こんなに貧乏なんだ。お金を稼ぐ方法を知らないのか?
うーむ。
にしてもステラか。余り絡みがないんだよなぁ。ナハンの時も微妙に避けられていたぽいしさー。ちょっと大人しいというか、臆病そうな性格ってのは分かるけどさ。
まぁ、《隠形》スキルで隠れて様子を見ますか。