6-99 神へ至る道
―1―
さあて、先に進んでいるであろうアオたちを追いかけるぜー。
シロネ、シリア、ステラ、14型、羽猫、ソフィア、セシリア、俺たちは八大迷宮『空中庭園』へと突入する。にしてもかなりの大人数になったな。
そのまま迷宮内を駆けると大きな扉が見えてきた。しかし扉は閉じられたままだった。あ、鍵。今から禁書庫に戻るか? いやいや、あちらはあちらでブラックオニキスを持っている人しか入れないし……。
「鍵を使います……」
何故かステラが紋章を取り出していた。アレ?
「あ、私も出しますよー」
シロネも紋章を取り出す。アレ?
「私も」
紫炎の魔女も取り出した。アレ?
アレレー?
ま、まさか、前回の時にこっそり鍵を作っていたのかよ!
「ラン、パーティを組むのじゃー」
あ、ああ。
俺がパーティを組もうと皆を見回して指定していると、シロネが驚いたような顔でこちらを見ていた。
「ら、ランさん……?」
あ、そういえば、言っていなかった。
「むふー。なんでランさんがここに?」
説明が面倒臭いなぁ。
『シロネ、話は――説明は後だ』
今は急ぐ時だからね。
シロネは何かを言おうとして、そのまま口を閉じる。そして動き出す。
「むふー、私が先行します」
シロネが前に出て、扉に紋章をあてると、扉はゆっくりと開き始めた。さあ、どんどん進むぜ。
―2―
『アオたちが目指しているとしたら、何処だろうか?』
通路を走りながら確認する。
「制御室、動力室、どちらか」
紫炎の魔女が気怠そうにしながらも答える。制御室か動力室か。二手に分けるべきか?
『場所は分かるか?』
紫炎の魔女が頷く。
「動力室、右。制御室、左、左、右」
なるほど、動力室は台座があった行き止まりか。そちらの道なら分かるな。
『ソフィア、制御室は任せていいか?』
「銀貨一枚」
はいはい、お腹一杯食べさせてやるから、頑張れよ。
「私はマスターと共に、当然なのです」
「にゃ!」
14型と羽猫は俺と一緒か。
「私もお姉様と一緒ですわ!」
いや、シリアさんは要らないんですけど。
「では、わらわもランと一緒なのじゃ」
姫さんが一緒なのは心強いな。
「むふー。では私はソフィアちゃん先生と」
「師匠と……です、か……」
シロネとステラは紫炎の魔女と、か。
そのまま全員で駆け抜け、広場に到着する。そして、そこには二人の銀仮面を付けた騎士が立っていた。
「兄者、アオ様が言われたように残って正解だったな」
「弟よ、アオ様を信じるのが正しいのだ」
――[エルファイアランス]――
何やら喋っている二人を無視して紫炎の魔女が炎の槍を飛ばす。問答無用だな。
炎の槍は銀仮面の騎士を貫く。
――[エルファイアランス]――
もう一方にも炎の槍を飛ばし、銀仮面の騎士を貫き倒す。いやはや、もうね、お前一人でいいんじゃないかって勢いだな。
「先を急ぐ」
紫炎の魔女がそのまま先を急ごうとした時だった。
倒したはずの二人の騎士がむくりと起き上がる。
「兄者、こやついきなり攻撃してきたぞ」
「弟よ、アオ様によって強化された俺らに刃向かうつもりだぞ」
二人の体から鎧を壊して筋繊維の触手が伸び、体を覆っていく。
……。
なるほど、魔石をいじっているのがアオってヤツで間違いないみたいだな。
「魔法なぞ効かぬよ」
「何度でも甦るぞ!」
たく、足止めとしては充分過ぎるくらい面倒な感じだな。
と、そこでシリアが大きなため息を吐いた。
「お姉様、申し訳ありません。シリアは、お姉様と一緒に行きたかったのですが、ここでこやつらの相手をするのが正しいようです」
そして手に持った槍を構える。
「すぐに追いつきます。どうぞお先に」
巨大化した二人の騎士の前にシリアが立ち塞がる。
「行かせぬぞ」
「行かせぬぞ」
巨大な筋肉がシリアを押しのけようとする。それを手に持った槍で打ち払い、そのまま足払いを入れ、筋肉を倒す。シリアが作ってくれた隙に、俺たちは騎士2人の横を駆け抜けていく。
『シリア、任せた』
俺たちはシリアに任せ、先を急ぐ。と、羽猫が一声、「にゃ」っと鳴き、シリアの元へ飛んで行った。ふむ、お前はシリアを助けるのか。確かに浄化のスキルが使えるお前なら、あの筋肉たちと相性がいいだろうからな。エミリオ、シリアを頼んだぜ。
―3―
最初の台座がある三叉路へと駆け抜ける。
『では、自分は右に』
俺の天啓に紫炎の魔女が頷いた。
「むふー。ランさん、これを」
シロネが手に持っていた紋章を俺へと手渡す。あー、そうか、鍵がないとダメだもんな。
「ランさん! むふー。後で色々と話を……」
そして、シロネ、ステラと紫炎の魔女は左の道を駆けていった。まぁ、紫炎の魔女がいれば大丈夫だろう。
俺はそれを見送り、転送の台座に触れる。そして周囲の風景が変わり、姫さま、14型と共に動力室の前に転送された。
ふむ。一応、今の段階で《変身》しておくか。戦闘に入ったら《変身》する暇がないかもしれないからな。
――《変身》――
糸を紡ぎ、繭となり、そして孵る。
「お、おう、ランの姿が変わったのじゃ」
恥ずかしいので余りジロジロみないでください。
「マスターお召し物を」
はいはい。14型が居ると着替えが楽でいいね。
着替え終わり、正面のうっすらと線が見えていた壁に紋章を近づけると大きな音を立てて、壁が上下に分かれていく。
扉の向こうには『空舞う聖院』にあった巨大な砂時計のような装置が置かれていた。ここが動力室で間違いなさそうだな。
そして、そこには3人の男が居た。
髭を生やし筋肉が溢れている男、やせ細りローブを着込んだ銀仮面。バレンタイン王子の近衛騎士と女神騎士長か。
「ラン、あの2人はわらわの獲物なのじゃ! やらぬぞ!」
ああ、そりゃ当然だな。
そして、もう1人、静かに真銀の剣を構えた銀の仮面を付けたグレイ。グレイさんよ、ホント、どうしたんだよ。
「アオは何処だ?」
俺の言葉にやせ細った銀仮面が反応する。
「アオ様を呼び捨てとは無礼な奴め!」
「アオ様なら鍵を持って制御室よ。はっはっはっは」
筋肉がこちらを馬鹿にするような声で笑う。むう、こっちは外れか……。いや、俺と姫さま的には当たり、か。
――《真紅妃召喚》――
真紅妃が巨大な蜘蛛の姿へと形を変える。
「姫さま、14型、真紅妃、そっちの2人は任せた」
「任せるのじゃ!」
姫さまが光の剣を生み出し、構える。
「当然なのです」
14型も凶悪な篭手を打ち鳴らす。
そして巨大な蜘蛛の姿の真紅妃が吼える。
「な、なん、なんだと」
「巨大な蜘蛛が、卑怯ではないか!」
この3人なら安心して任せられるな。俺は……、
―4―
スターダストを剣状態で持ち、グレイさんの元へと歩く。グレイさんは真銀の剣を構えたまま動かない。
「ナハン大森林で冒険者をやっていたグレイ・カッパーだよな?」
「お前は誰だ?」
俺は、俺はあんたと共に戦ったことのある……!
「ナハン大森林で冒険者をやっていたグレイさんが、なんで、ここで、こんなことをやっているんだよ!」
「お前に答える必要は無い」
グレイさんから赤い光が走る。危険感知スキル! 俺を殺す気で来るか。
俺はとっさに、走った赤い光をスターダストで受け流す。お、重い。
「ナハン大森林には、あんたの妹と森人族の友達がいるんじゃないのか!」
「くっ、何故、それを!」
俺が振るったスターダストをコトも無く真銀の剣で逸らす。くそ、辺境伯のじいさんになまじ剣技を習ったから、力量の差が分かりすぎて辛いぜ。
「クランを作って、冒険者として一流になって――その夢は嘘だったのかよ!」
「違う! それよりも大事な事があるんだ!」
真銀の剣から放たれる赤い光と重なる高速の突きを白竜輪で打ち据え、勢いを殺し、スターダストで滑らし逸らす。
「アオってヤツに言いように使われるのが大事な事なのか!」
「そうだ! お前は知らないだろうが、俺は、俺は、昔、魔人族の罠にはまり命を落としかけた、そこを助けてくれたのがアオ様だ! 俺は恩を返す必要がある!」
知ってるよ。俺は知ってる。俺は、その時、一緒にいた。俺は知っているんだよ!
「その場には芋虫の魔獣の姿をした星獣様が一緒にいなかったか?」
「何故、それを……」
グレイの真銀の剣が揺らぐ。
「教えてくれ。エンヴィーたちが立ち去った後、何があったんだ?」
「お前は……誰だ?」
グレイが一歩後ろに下がる。
「教えてくれ」
「俺は、あの時、死んだと思った。しかし、偶然通りかかった流浪の治癒術士、アオ様が新しい魔石を俺の体の中に入れてくれた。そのお陰で生きながらえることが出来たんだ!」
そうだったのか。
グレイの言葉は続く。
「ランさんが、ランさんがくれた世界樹の葉がなければ、アオ様が通りかかるまで持たなかったらしい。だから、俺はランさんとアオ様には返しきれない恩があるんだ」
そうか。俺の行動も無駄じゃなかったんだ。あの時、俺がたまたま世界樹の葉の欠片を持っていたから……。そうだな、俺は言わないとダメだな。
「俺がランだ!」
俺の言葉にグレイさんが大きく後ずさる。
「いや、そんな、そんなことが……」
グレイさんがラースとの戦いに駆けつけてくれた時にはすでに銀の仮面を付けていた。つまり、もう、その時にはアオの手先になっていたのか。
「グレイさん、もうナハン大森林に帰ろうぜ」
そうだよ、もういいじゃん。魔族の手先なんてやる必要無いぜ。
「いや、そんな」
と、そこでグレイさんが急に膝をつく。
「な、何が、胸が……」
そして心臓部を、魔石があるであろう部分を押さえる。ま、まさか、魔石が暴走している? 『空舞う聖院』の時のコウ・コウやコラスの時のように、そんな……嘘だろ。
「アオ様の敵は死ねー!」
グレイさんが叫び、片手で胸を押さえながら立ち上がり、真銀の剣を振りかぶる。魔石の暴走が始まる前に……俺は、俺は!
――《フェイトブレイカー》――
スターダストが真銀の剣を砕き、線が走る。横へ、斜めへ、上へ、下へ、星が描かれていく。命を刻む、運命を壊す軌跡。
そして、必殺の突きが放たれ、グレイの胸を、魔石を打ち砕いた。
暴走しかけた魔石を打ち砕かれたグレイは、ゆっくりと崩れ落ちていく。
「ランさ、ん、ランさんだよ、な。これで良かった、んだ」
グレイさんが言葉を絞り出す。
良くねえよ! いいわけあるかッ!
魔石の暴走が始まった人は見てきた。一度、魔石の暴走が始まってしまえば助からない。その前なら、その前ならばッ! だから、俺は、今、魔石を砕いた。
人は魔石で動いている。この世界では、魔石が心臓の代わりだ。命だ。
魔石を失って死にかけたバーンがエリクサーによって魔石を修復し生き返った。しかし、今、手元にエリクサーはない。
アオは謎の魔石を移植することで、人を意のままに操ったり、暴走させたりしていた。
ならばッ!
考えろ、考えろ。グレイさんの命が尽きる前に考えるんだ。
魔石は――そもそも魔石とは何だ?
考えろ。
経験値やMSPがある世界。そもそも、それは何だ? 魔獣の命を吸収している? 魔獣が溜めている何かを? それは何だ?
俺の周囲に漂っているモノ。魔法の源。
魔素。
魔素が集まり、魔法となる。魔素が集まり、固まり、魔石となる。魔素が人や魔獣を成長させる元となる。
魔素を集めれば魔石は作れるはず。
人の情報は魔石に残っている? 魔石が人の元? いや、それだと魔石がなくなれば人としての情報が無くなってしまう。他に何が?
俺は何処かで聞いたことがあるはずだ。
ステータスプレートの情報を参照して……。そうだよ、このよく分からない板きれが情報を管理しているはず。
出来るか?
出来るはずだ。
いや、やってやる。
今の俺なら、この《変身》した状態なら、魔素の流れも、魔法の流れも、全て見える。
やってやる。
あわせた手の平の中に魔素を集めていく。固めろ、凝縮しろ、作れ。謎器官に魔素を取り込むように、俺の手の平の中に集める。俺は普段から《魔法糸》を精製しているんだ、同じように作れるはずだ。
さあ、発動しろッ!!!!
【神業《魔石精製》が開花しました】
――《魔石精製》――
俺の手の中に周囲の赤い魔素を取り込んだ綺麗な赤い魔石が作られていく。これでッ!
これをッ!
【オーバースキル《リインカーネーション》が開花しました】
――《リインカーネーション》――
赤い魔石がグレイさんの体内へと埋まり、その体と同化していく。これで、これでッ!
これでグレイさんは助かる……はず、だ。後は、姫さまと14型の……たた、か、い……を。
俺は、そこで、全ての魔力を奪われた感覚と共に気を失った。